有効度が高そうなアレンジ技術の紹介を交えつつ、必要とされる音楽理論が比較的高度なため後回しにした事項を補足し、間奏やブリッジなど付加価値的なアレンジについても触れる。
キーを解釈しないまま放置していた人向けの話なので、候補をある程度絞れている人はこの項を読み飛ばそう。
解釈に迷った場合は、まず「トニックはどれか」を耳で探し、ついで代理コードの可能性を疑ってみる。たとえばF>Db>Eb>Cmという循環があったとしよう。出現するメジャーコードをどう組み合わせても「1と4と5」の組み合わせは作れない。そこで音を出して考えるのだが、耳で聴いてみるとトニック感はCmがもっとも強い(違う受け取り方もあると思うが、別の解釈でムリのない説明がもしできるならそちらを採用してもまったく構わない)。
ではCmをトニックと仮定して各コードの役割を考えてみよう。Fはメロディックマイナーで解釈すれば普通にIVである。EbはIIIbでこれも問題はない。Dbは少し面倒だが「トニックの半音上のメジャーコード」なので「ドミナントの裏コード」と解釈できる(裏コードの詳細については知識補充編を参照)。結局SD>裏D>T>Tの展開だったと解釈でき、とくに矛盾もないのでキーはCマイナーだと考えて問題なさそうである(逆循環っぽい感じ)。
もしこれをEbメジャーで取ると、II>bVII>I>VImということになり、bVIIはミクソリディアンモードで解釈できる(ドミナントかサブドミナントか微妙な感じの音)。しかし、IIがメジャーコードになっているあたりの説得力が今ひとつ弱い(II>Vならばごく自然なのだが)。ということで、Ebメジャーでも取れなくはないが、Cマイナーで取るのと比べると納得感を出すのにホネが折れそうである。慣れないうちは、このような「シンプルな説明がしにくい解釈」を避けた方が無難だろう。
別の例として、Em>D>C>Dの循環を軸に展開する筆者の自作曲を見てみよう。Em>D>C>Dの部分だけ考えると、どうしてもEmがトニックに聴こえる。しかし、Eマイナーで解釈してしまうと、I>bVII>bIV>>bVIIつまりTm>SD>SD>SDということになり、ドミナントが一度も出現せずに曲が進行することになる。実はbVIIをDと解釈する立場もあるのだが、DはDでもドミナントマイナーのそのまた代理で、メジャーキーでのIIImと同様、Tに進んで初めてドミナント感がわかるような、かなり弱いドミナントである。
もう少し刺激的な(=ドミナントの存在感が強い)解釈を探すと「Emはトニック扱いだが、Iではなくてトニック代理コード」という可能性に思い当たる。EmはCメジャー(IIIm)で取ってもGメジャー(VIm)で取ってもトニック代理になれるが、明確なドミナントが欲しいのだから、Dを有効利用できるGメジャーで取るべきだろう。実際にGメジャーで解釈するとVIm>V>IV>VつまりT>D>SD>Dになる(または、EmをG6 omit5 on E(I6 omit5 on vi)と捉えることも一応可能)。
繰り返しになるが、これはどちらが正しいかという問題ではなく、曲にどのような可能性を期待するかという問題である。どちらの解釈にせよこのパートが「どこかスッキリしない感じ」を喚起することには変わりない(並んでいるコードを見ただけでぱっとキーが決まらないということは、結局そういうことである)はずで、状況をどういう風に活かして解決したいのかという問題になる。
Eマイナーでの解釈は、スッキリしない感じの原因を「ドミナントモーションが明確でないこと」と「サブドミナントっぽい音が長く続くこと」だと捉えるのと同義である。このシチュエーションを活かすアイディアは思い浮かばなかった。Gメジャーで解釈すると「本物のトニックが出てこないこと」にスッキリしない感じの原因を求められるだろう。このシチュエーションを活かすアイディアはすぐに浮かんだ。
筆者が思いついたのは、Em>D>C>Dの循環の後にG>D>C>Dという展開を入れてやり、「本物のトニックが出てこない欲求不満」を「やっぱGメジャーだよという解決感」に変えてゴッソリ回収する案である。また、Dを本物のドミナントとして扱えるので、ターンバックにC>Dを入れて緊迫感をガンガン煽ることもできる。
・・・というのは後から考えた理屈で、Em>D>C>Dの循環を回した後何となくGを鳴らしたら非常に気分がよく「Gメジャーでいいや」と思っただけで、Gを鳴らしてみるとDの緊迫感も説得力を持ったので調子に乗ってぶん回した、というのが実情である(しかし、耳と手を使って作業を進めるという観点からは、それほど酷いやり方でもないような気がする)。ちなみに、Dをぶん回す伏線として前奏でもGの「チラ見せ」をやっている(前奏の作り方については後述)。なお、後で気付いたことだが、6545の循環といえば「天国への階段」の後半がそうで、あちらはマイナーっぽい雰囲気を活かす方向に寄っている(のだと思う)。
心得として「理論的な解釈が複数可能な場合はおトクな方を勝手に選んでよい」「解釈を1つに絞る必要はあまりない」ということを頭に入れておこう。たとえば上記の曲なら、筆者の基本的な理解はGメジャーだが、ところどころにEマイナーな雰囲気を散りばめて調性感を揺らしてやるのも一興である。何度も繰り返している話だが、理論は自分に都合よく使うべきである。
ベースアレンジは面倒な話が多いのでどこまで踏み込んでよいのかいまひとつピンとこないのだが、平易な理論で比較的大きな効果が得られるため、リーディングノートの話に少し触れておきたい。リーディングノート(導音)の定義は(例によって)立場や解釈によりさまざまだが、ここでは、機械的に「コードチェンジの直前に鳴らす音」を指すことにする。また「リーディングノートの使い方」を「(次の小節への)アプローチ」と呼ぶ(「アプローチノート」という言い方もする)。
リーディングノートを重視する理由は「次の小節のコードをスムーズに引き出すため」なのだが、この目的のためにもっとも効果的な音は「次のコードのルートから見て半音低い音」である(もっと強力なリーディングノートがある、と思う人は12音すべて試してみるとよい)。とくに、V7>Iの動き(ドミナントモーション)でV7の小節の最後の拍にviiの音を置いておくと非常に効果が高い(ドミナントアプローチと呼ばれる:この用法の音だけを「導音」と呼ぶ狭義の言い方もある)。
実際にやってみよう。まずはベタ打ちのベースでI>IV>V>Iを回したパターン(キーがGメジャーなのは筆者の好みで、他意はない)。ここで、Cの前にCより半音低いB音、Gの前にGより半音低いF#音を入れてやると、コードのつなぎ目が滑らかになる(サンプル)。
しかし、それまでコードのルートしか弾いていなかったベースが急に違う音を出すと、ちょっと違和感を感があるかもしれない。これを解消したい場合は、普段からルート以外の音をたくさん使うようにしてみる(この「急に違うことをやると驚く/普段からやっていれば驚かない」という考え方は、驚いて欲しい場合にも驚かないで欲しい場合にも重要なので、よく覚えておこう)。とりあえず、コードの最初はルートのまま手をつけず、その他の音はコードの構成音(コードトーン)だけを使って動かしてみよう(サンプル:コードトーンだけを使うので、結果的に分散和音を演奏していることになる)。1拍めから4拍めに至るまでの流れに注意してラインを作ろう。何度も繰り返しているが、もちろん、唐突に動いた方が曲に合うなら唐突に動かしてよい。
この「小節の頭にコードのルート音、最後にアプローチノート、間の音でつなぐ」という方法はかなり便利で、メロディっぽく聴こえるように意識して動かしてやると、ウォーキングベースもどきのラインを手軽にでっち上げることができる(サンプル:他の楽器がアプローチを取っているときにベースもアプローチを取ると和声法的に面倒なことになるが、ポピュラーミュージックではあまり気にしなくて大丈夫だと思う)。
この手法はウォーキングベース以外でももちろん有効で、前回使用したサンプルにアプローチノートの工夫を追加したところこんな感じになった(何度聴いても16ビートバージョンの方が好みだったので結局乗り換えたが、このくらい速いとヴォーカルのブレスがちょっと大変そうではある:ピアノのベロシティやドラムスのパターンなど細かい調整もある程度加えてある)。すべての小節に強力なアプローチを盛り込む必要は当然ないので、なめらかな進行が欲しい部分にだけ使えばよい(リーディングノートで引っ張る部分とそうでない部分を作ることで、パートごとの雰囲気を変えることができる)。また、ベース以外の楽器(たとえばピアノやヴォーカル)がリーディングノートを担当しても差し支えない。
余談になるが、当初の予定では「レギュラーチューニングの4弦ベースで演奏できるように」という方針だったにも関わらず、ベースを動かした都合でD1の音が出てきてしまった。これは大失敗である。読者が実際に作業する際は、このようなことがないよう事前にしっかりと計画を練っておこう。
さて、メジャーコードから4度上昇で進行する場合にコードのルートから見て3度の音がアプローチノートとして有効だということはわかったと思う。しかし、たとえばサンプルファイルに出てくるC>D(IV>V)の展開はどうすればよいのだろうか。
ひとつの回答として「ちょっとだから気にするな、半音下から上がっちまえ」という案がある(サンプル)。やや妙な響きになるがこれはこれで面白く、コードネームで言うとC#m△7(-5)という音になる(シーケンサーのコード解析だと違う名前が出るかも:トニックドミナントという技を使うときに出てくるIm△7(-5)と同じ形)。ピアノではできない技だが、音程を滑らかに変えることで奇妙な感じを緩和することができる(サンプルその1とサンプルその2)。
反対に、この変な音を強調することもできる。C#m△7(-5)をC#dim7に変えてディミニッシュの違和感を強調してみよう(サンプル)。かなり派手な感じになったのがわかると思う。面白い手法だがあまり悪ノリすると収拾がつかなくなるので注意しよう(あえて収拾をつけないジャンルの音楽もある)。コードのルートが全音1つ分上がる場合に、わりとよく使われる方法である。また、このようにベースだけでなくコード演奏のパートも協力してアプローチを作ることはよくあるので、頭の片隅にでも置いておこう。このようなディミニッシュコードの使い方をパッシングディミニッシュ(CからC#dim7を通過してDに行くイメージ:知識補充編でさらに詳しく紹介する)と呼ぶ。
C#の妙な響きを生かすアイディアとして、間に挟むコードをC#dim7ではなくC#にしてやる案もある(サンプル)。こうすると「同じ順番で並んだ音が平行移動する」ことになり、独特の進行感が出る(パラレルモーションという)。今回はメジャーコードでやったが、IIm7>#IIm7>IIIm7とかIIIm7>bIIIm7>IIm7とかIVm7>IV#m7>Vm7とか、マイナーセブンのコードを使ってやることが多い。
別の案として、リーディングノートにA音を使うという考えもある(サンプル)。半音上昇はたしかに強力なアプローチだが、ルートの4度上昇(強進行)も強力な進行感を持っている。Cのコードの下でベースがA音に動き、全体の響きをAm7に摩り替えてDに強進行するわけである。さらに発想を変えて「リーディングノートはCで我慢する」(つまりこのサンプルのまま)というやり方もある。なんだかんだ言って全音上昇は(4度上昇や半音上昇には敵わないものの)そこそこ強力なアプローチだし、安定した音でベースラインを構築したい場合には有効な方法である。
もちろん実際にはベースだけでなく、上モノの動きなども含めてコードのつながりを構成していくことになる。たとえば全音下行の場合、知識補充編で紹介する裏コードも応用しやすい。とくに5>4の展開、たとえばキーがCメジャーでG>Fという動きにCを挟み込んでG7>C>Fになったとしよう。CをセカンダリードミナントC7に変え、さらに裏コードのGb7にしてやると結局G7>Gb7>Fで、FメジャーでII7>V7>Iのダブルドミナントを裏返したのと同じ展開になる。ここでFもF7にしてやればドミナントセブンを使ったパラレルモーション(サンプル)になるが、F7は解決先が面倒なので、解決をウヤムヤにしてよいジャンルの音楽に向く手法だろう。V>IVをVm>I>IV(作曲の知識補充編で出てきた形)にしてIをI7に変えてVm7>I7>IVというのも面白い(たとえば元のキーがCメジャーならGm7>C7>Fで、下属調のFメジャーに一時転調したと見ればツーファイブワンの形である)。
用語として、V7の3度音(vii)から半音上行でIに向かうドミナントアプローチ、パッシングディミニッシュを使うディミニッシュアプローチ、半音上下行で次のコードのルートに向かうクロマチックアプローチ、同じ形で平行移動するパラレルモーションあたりを(暗記する必要はないが)知識として仕入れておくとよい(重複してあてはまる場合は威力が強い方or今注目したい方で呼ぶ:たとえばパッシングディミニッシュを使った半音上行のアプローチは普通単にディミニッシュアプローチと呼ぶが、半音移動がとくに意味を持つ場合ならクロマチックアプローチと呼んでも問題はない)。
アレンジ作業は計画的に行うのが大切だが、必ずしも一本道でわき目を振らずに進める必要はない。ここで、先ほどのサンプルの伴奏をピアノからアコースティックスチールギター(要するに普通のアコギ)に変更してみよう。面倒なので前半部分しか作業していないが、このようになった。
DTMで1人作業が前提の人は、もし試してみて他の楽器(or音色)の方が合うようなら、ためらわずに楽器を変更してしまおう。バンド前提で楽器の変更は現実的でない、という人も、伴奏を考える上で参考になるので一度くらいは試してみよう。シンセの設定、ドローバーオルガンのドローバーやレスリーユニットの操作、ギターアンプやギターイフェクトの選択なども、楽器の変更と同じくらい大きな影響があるので、ここで候補を検討しておこう。
さて、アコギバージョンだが、以前のピアノ伴奏に比べると音域が上に伸びている(これは楽器の特性によるもの)ため、どうしてもメインメロディへの干渉が強くなってしまう。高い音域の音を小節の後半(ヴォーカルが薄くなるあたり)に持っていくことである程度対策はしているが、それでも重なりが気になるときは定位を振って解決(前回の話を参照)することが多い。
しかし、たとえば単純にアコギを左に振ると右側の音が寂しくなってしまう。左右のバランスを取るには、ヴォーカルを右に振ってしまうか、右側に何か別の音(ギターをもう1本とか、シンセとか、ピアノとか)を入れる必要があるだろう(追加した音がヴォーカルを邪魔すると逆効果なので注意)。この辺の事情を考えずに作業を進めるとミックスの段階で困ることがあるため、繰り返しになるが、最終的な曲の構成をある程度意識しておこう。
また、前回ベースの音が低すぎて4弦ベースでは弾けなくなった、という話をしたが、アコギ伴奏が前提なら、Aはそれほど不便なキーではないので丸ごと移調してしまってもよいかもしれない(Gも演奏が楽なキーではある)。ただし、ギターでローコードを使っている場合、キーを変えるとヴォイシング(音の重ね方)が大きく変わってしまうので、そこにも注意が必要である(サンプルファイルをシーケンサーで開いてみれば、DとEmやGで厚みが全然違うことがわかると思う:アコギの場合カポタストが使えるのでそう大きな問題ではないのだが)。
これまでドラムスのアレンジにはほとんど言及してこなかったし、サンプルファイルのドラムスパートにも断りなく手を入れてきたが、この辺で一度触れておきたいと思う。
結論から言うと、ドラムパターンは自分で作るよりどこかから(ライセンスのクリアなものを)拾ってきて改造した方が早い。このサイトでも、ローコスト制作コーナーのファイル配布ページでいくつかのサンプルを提供している。
自作する場合には、まず拍子とアクセントから決める。ポピュラーミュージックでよく使われるのは圧倒的に4拍子で、大きく差が開いた次点が3拍子系だろう(「実は2拍子」な曲もけっこうあるが、たいてい2小節をひとまとめにして4拍子扱いされる)。ついでアクセントの位置を決める。アクセントの拍にはスネアドラムの音を配置することが多い。その他の拍にはバスドラムかスネアドラムのどちらかを配置しよう(拍の位置は多少前後にズレてもよいし、休符になる拍があってもよい)。さらにビート(ここでは拍の分割数のこと:具体的にはシンバル類を叩く回数)を決める。
ここまででリズムの基本は完成で、たとえばこのようになる(サンプルはすべて4拍子のパターン、ベロシティ110のスネアドラムがアクセント:シンバルはハイハットを使っているが、好みでライドなどを使ってもよい)。基本パターンが決まったら、不要なシンバルを抜き、補助的な音(主にバスドラム)を入れて、強弱をある程度調整する。こんな感じだろうか。面白そうなパターンができたら、細かい調整は後回しにしてとりあえず曲に合わせて(または曲を作り始めて)みよう。
候補がいくつか出てきたら、タイミングやベロシティの微調整をしてみて、うまくハマるパターンを選ぶ。ドラムパターンを先に完成させて後から曲を、というスタイルでも構わない。打ち方によってテンポの調整も必要な場合がある。ここまでのサンプルファイルを聴けばわかるように、筆者は、だいたいの感じだけ決めて曲を作り始め、他の作業の進み具合に合わせてだんだん細かく調整していくスタイルである(細かく調整してもどうせ後から変更が入るので後回し、という考え)。
たいていの曲では、前奏はあった方がよい。というのは、イキナリ曲を始めると、聴き手の集中力がリズムや調性感を掴むことに向いてしまって、曲の印象が薄れるからである。
作曲の基礎完成編を思い出して欲しい。曲の調性感がわかりにくい場合、曲を始める前に1>5>1などの展開を聴いておくと効果的だという説明をした。これは前奏の中心的役割の1つで、これから始まる曲はこのキーで、こんなリズムと展開で進みますよ、ということを予告するわけである。もう少し踏み込んで考えてみよう。
メロディが始まるまでに聴き手に伝えておくべき事柄はいろいろあるが、まずは調性から。上に挙げた1>5>1(起立、礼、着席のアレ)は、調性感が非常に明確なフレーズである。1だけずっと鳴らすのも手ではあるのだが1>5>1と比べると「鮮明な調性感」に欠ける(ドミナントを解決してこそのトニックなので:もちろん、1だけ続けるのがダメなわけではない)。1>5>1>4>5>1とできればもっと強力なのだが、フレーズ的に使うにはちょっと長い(サブドミナントには調性を揺さぶる効果があり、最初を1>4にするよりは1>5>1で入った方が調性感ははっきりする:作曲の知識補充編参照)。
1>4>1などと4を使った調性のアピールも可能だが、あえて裏切る(Fメジャーの151と見せかけてCメジャーの414:転調していると取れなくもない)ことも可能。CメジャーをGメジャーに見せかけようとすると、裏切られた感じが薄まって予定調和な印象が強まる(トニックからの強進行を使った下属調転調と解釈すれば「重力に従ってストンと落ち着く」雰囲気がイメージしやすいかもしれない)。5を利用する場合、1>5を前奏にして5のドミナント感を強調する形など、勢いのある動きを演出しやすい(ドミナントモーションを利用できるのだから、当然といえば当然)。代理コードを使って曖昧さを出すのも選択肢の1つだし、1>4>1で入って「Cメジャーだよね、Fメジャーじゃないよね、ああよかったCメジャーだ」という印象(=SDの解決感)を誘うのも一案だろう(この辺の小技についても作曲の知識補充編を参照)。どの程度明確な(あるいは正しい)情報を出すのか、意識して構成しよう。調性をしっかりアピールした後「やっぱ今の調性うっそ~ん」と転調してしまうイケズな技もある。
リズムについては、ドラムスの音が耳に入れば普通にアピールできる。少ない楽器数からだんだん増やしていく入り方(筆者は勝手に「ボレロ式前奏」と呼んでいる:リズムをまず紹介して、次にメロディ、最後にコード展開による解釈、といった具合に1つづつ紹介していくやり方)の場合、ドラムスが先に入ることが多い。そのようなスタイルでなくても、フィルイン(隙間を埋める音のことで単に「フィル」とも呼び、ドラムスの場合タムタムなどを使うことが多い:アレンジャーはフィルインをどのように演奏するか細かく指定せず、プレイヤーに任せる傾向がある)を入れることはよくある。
これまで使ってきたサンプルファイルでずっと用いている手法だが、前奏を用意したくない場合でもカウント(シンバルのチッチッチという音や、ウタものならヴォーカルが「ワン・ツー・スリー」と声で入れてもよい)くらいは入れておいた方がよい(あえて聴き手の混乱を誘うのでなければ)。前奏のある曲でも、前奏の前にさらにカウント(やフィルイン)を追加して、テンポだけ先に知らせておく場合がある(単に演奏上の都合で入れる場合もあれば、前奏の補助として入れる場合もある)。
コード展開については、曲中で特徴的な(または多用する)展開を最初に紹介しておく場合がある。派手な展開を連発するのか、単純なループで押すのか、といったといったあたりが伝わるように(あるいは伝えておいて裏切ったり、曖昧なまま引っ張ったりするように)意識して構成したい。もちろん、意外さが重要な展開は隠し球として取っておいてもよい。たとえば、メジャーキーのスリーコードだけで進めて途中で不意打ちのマイナーコードを繰り出す、などという予定なら、マイナーコードの存在は伏せておくのも一案である(裏の裏で、前奏にマイナーコードを使った後何食わぬ顔でメジャーコードだけの展開を続け「前奏で出てきたあのマイナーコードは何だったんだよ」と思い始めたところにマイナーコードをぶつける手もある)。この辺の具体例についてはキーを見直すの項ですでに触れた。
上記を踏まえてサンプルファイルに前奏をつけてみた。ぱっとした感じは微塵も感じられないしょっぱい前奏ではあるが、前奏に求められる「曲の紹介としての機能」はそれなりに満たしている。フィルインで3拍めがハシり気味の16ビートであることを紹介し、前奏に入ってすぐI>V>I>V>Iとやって調性をクドいほどアピール、マイナーコードのアルペジオでメロディのイメージを予告して、Em>C>Dの展開にも伏線を張った。
ちなみに、何箇所か出てくる「パワーコードではない2和音」は「5度を省略した、ルートと3度だけのコード」で、軽い音を出したい場合に重宝する。ついでに覚えておこう。ベースがルートを弾いている個所ではルートも好きに省略してよい(1度と5度を両方省略すると3度の単音になってしまうが、ぶっちゃけ、ベースがC音を弾いている上でピアノがE音を出せば、合わせ技でなんとなくCのコードの雰囲気は伝わる:3度音がいかに重要か、という例でもある)。Bm>Amの部分は3拍めでA音の鍵盤を押したままダンパペダルを放す前提。
この他には、サビのパートを簡略化して前奏代わりにしてしまう(後ろに本来の意味での前奏をくっつける場合もある)案や、曲中に繰り返し出てくるメロディをただ繰り返す案などがある。他のパートを使い回すのは、作業的にラクなうえ効果も高いおトクな方法である(サンプルファイル)。このパターンでも、ピアノの右手に5度省略のコードを使っている。
いづれにせよ、聴き手に曲のイメージをどう印象付けて、あとからそれをどう利用するのかということがポイントになる。
間奏はパートとパートをつなぐ演奏のことで、Aメロとサビの間に入ったり、サビからAメロに戻る前に入ったりする(Aメロ>>サビ>>Aメロ>>サビ>>間奏>>Aメロ>>サビのように、毎回間奏が入るとは限らない構成もある)。前奏と間奏で同じメロディを(アレンジを変えながら)繰り返す曲も多い(「展覧会の絵」など)。
ブリッジという言葉は耳慣れないかもしれない。サビなどと同様厳密な定義があるわけではないのだが、やはり他のパート同士をつなぐ(橋渡しをする)パートのことである。雰囲気が一転して、変化が強く感じられるパートをとくにこう呼ぶことが多い。有名曲ではクラプトンの「Tears In Heaven」(「Time can bring you down」のところがブリッジ)あたりが印象的。歌モノでは間奏的なパートのうち歌詞がついた部分を、循環コードの曲の場合はコード進行が一時的に変わる部分を、ブリッジと呼ぶことがある(サビの直前に入れる場合「サビ前」と呼ばれることもある)。
間奏やブリッジは(前奏と違って)「ほぼ無条件に必要」というものではない。曲全体のバランスを考え「必要に応じて」付け足せばよいものである。「ここにこんな間奏を入れると、イメージ通りの曲に近付くかもしれない」というアイディアが浮かんだ場合、ヴォーカリストから「休みをくれないと最後まで持たない」と苦情がきた場合などに導入を考えればよい。前回コード伴奏の項目でも触れたが、シンプルな構成でまず聴き込んで「必要なもの」を補うという手法はここでも有効である。
さて今回は、サンプルファイルの曲は転調も借用コードもなしの曲を扱っているので、本格転調を入れ雰囲気を大きく変えてみたい(ついでに歌詞もつけてブリッジにしてしまう)。属調のDへ転調して、メジャーコードを多用るすパターンにしよう。本編では小節内でのコードチェンジもあまりやっていないので、この機会に盛り込んでみる。作業してみたところこんな感じになった。・・・調子に乗って何も考えずにフレーズを入れたら長さのバランスがエラいことに。無計画に作業するとトラブルの元である。
多分、Aメロ>>サビ>>Aメロ>>間奏>>Aメロ>>サビ>>Aメロくらいに引き伸ばしてやればそれほど違和感はないのだろうが、このままではとても間奏やブリッジには思えない(転調しているため「主調はG」というイメージが薄れるのもマズい)。全体を伸ばすと歌詞を作るのが面倒なので(という理由で作業するのは問題だが、サンプルなのでとりあえず)間を16小節削ってみた。少しマシになった気がするが、この長さでもやはり少し主調部分が短い感じである(とりあえず放置する)。
ついでにつなぎ部分に少しだけ手を入れたが、調性をアピールする前奏と似たような処理である(ベースアレンジでちょっと小細工をした以外は、メロディが途切れた部分に「次はこんなキーですよ」という音を入れてやっただけ:現段階であまり突っ込んで考える必要はないと思う)。ちなみに、本格転調するパートを設ける場合、元のキーのままとりあえずメロディとコード伴奏を作って、キーだけ変える方法もある(慣れないうちはその方が手軽だと思う:詳細は知識補充編を参照)。
今回はたまたま転調で「雰囲気の変化」を出したが、他の方法も数多くある。筆者の自作曲などは、間奏やブリッジに入っても循環コードをひたすら回しつづけているような曲ばかりである(ロック系の曲ではこのパターンが多い)。リズムやビート、メロディの構成、伴奏のアレンジなど、変化を付けるための手段はいくらでもあるので、まずは自分が得意なものから順に使い方を覚えてゆけばよい。何を変えて何を繰り返すのか、という意識が重要である。
ソロを聴かせるための間奏についても少し触れる。狭義の「ソロ」は文字通り1人で演奏することを指すが、少なくともポピュラーミュージックの文脈では、ヴォーカル以外の奏者が中心になって演奏するパートを指す(伴奏なども入るのが普通)。
ソロもフィルインと同様に、アレンジャーがいちいち「ここはこう弾く」と指定することはあまりない。ぶっちゃけ、ソロの構成はソロプレイヤー(ソリスト)に丸投げしてしまうのが一番である。ソロを取りたいと言い出すくらいならパートの構成くらい自分で何とかできるのだろうし、何とかできない人にソロを任せるのはちょっと心許ない。
とはいえ、初心者がいつまでもソロ取りを躊躇していたのでは上達もしないし、曲全体を考えて必要性があるのなら、積極的に取り組むべきだろう。楽器の習熟度が大きくものを言うのでしっかりと練習しておくのはもちろんだが、初心者にも比較的容易だと思われる方法を紹介しておく。
一番手間が少ないのは、他のメロディパートを丸ごとなぞってしまうやり方である。たとえばAメロ>>Bメロ>>間奏>>Bメロ>>サビと進む場合、Aメロのメロディと進行をそのまま流用して、楽器に合わせたアレンジだけを行うのである。一見芸がなさそうに思えるかもしれないが、アコギのメロディ弾きなどでやると絶妙にハマることがある(アコピが入る曲で、ワンコーラス丸々ピアノアレンジで演奏するという大技もあり、決まると非常に格好よい:ピアニストの技量次第だが)。
ごくごく安直に作業するとこんな感じだろうか。これはようするに「同じメロディを違う楽器で演奏している」わけで、メロディに関する印象が厚みを増す効果を期待できる。同様に「同じコード進行で違うメロディ」とか「違う調で同じメロディ」とか、反復する部分と変化させる部分の按配でいろいろとバリエーションがある。
もうちょっと手の込んだことを考えて、コード展開のみ流用するパターンも考えられる(ロック系の循環コードを使う曲ではごく普通のやり方:作曲のページでコードにメロディをつける練習をキッチリやった人なら、それほど困難な作業ではないと思う)。ラッキーなことに、間奏を入れた副作用として「主調のパートが相対的に短い」という問題もほぼ解決された(今回はちょっと行き当たりばったり過ぎるが、アイディア出しが大方終わるまで細かい問題はあまり深く考えないのも手:詰め込むアイディアによって問題の質が変化するため、アイディア出しは一定の時点で締め切った方がよいと思う)。
繰り返しになるが、こうやって変化をつける場合、何を変えて何を繰り返すのかという意識が非常に重要になる。メロディもリズムもハーモニーも同じでメロディの担当者だけが変わる、というパターンが有効な場面もあれば、ブリッジ的に大きく雰囲気が変わるソロが有効な場面もあるだろう。初心者の練習としては、変化幅が小さいケースから順にやってみて、だんだんと急激な変化を出すパターンにも手を出していくのが効率的だと思う。
さて、これまでほとんど思いつきだけで増改築を繰り返してきたため、パート同士のつながりが酷いことになってしまった。このページでは、筆者が記事を書きならが「あ、アレも説明しないと」といったノリで次々にいろいろな要素を投入しているため、本当に無秩序な制作手順になってしまっている。読者が実際に取り組む場合は、ある程度の見通しを持って作業して欲しい(ある程度経験を積まないと見通しを立てること自体難しいが、あとから反故にしても構わないので「こうしたい」というイメージは持っておくべきである)。ともあれ、このままでは曲としてバラバラすぎるので、パートのつながりを見直そう。
この作業は、音楽理論をある程度勉強すれば、頭の中だけで考えても何となく「うまく納まった風に」まとめることができる。しかし、理詰めでやると「曲のコンセプト」がどうしても希薄になってしまう。脈絡のない部品はいくら上手につなげても全体の役に立たない。
曲を「何度も繰り返し」「最後まで通して」聴き、また演奏して、どこにどんな動きが必要で、各パート(Aメロとかサビといった時間軸の分類と、ピアノとかギターといった楽器別の分類の両方)にどんな表現が求められ、どのような相互作用を強調するべきか、じっくりと考えたい。もし不要なパートがあれば、丸ごと削ってしまうことも検討しなければならないし、不足する要素があれば新たなパートを作らなければならないだろう。
1人ですべての制作を行う場合、この部分はかなりのネックになる。バンドでの制作なら、どんなに苦労して書いたパートでも「使えなければボツ」だし、ここが足りないとなった場合に「こんなのどう」というアイディアが出てきやすい(担当楽器が異なることの意義は大きい)。また、すべての楽器のアレンジを1人でやるというのはかなり大変なことである(才能に溢れた人でも、ベースが苦手とかメジャーコードの進行が苦手とか、どれか1つくらいは苦手なパートがあって当たり前である)。1人で作業を続ける以上は仕方のないことなので、注意すべき点として意識しつつある程度は妥協して制作を進めよう。
サンプルファイルで作業してみたところこんな感じになった。ピアノソロ部分は「回想シーン」的なイメージで「引っ張られるような感覚」を心がけた。ブリッジはメインパートから一時的に逸脱するイメージで、休符を利用して(次の項目を参照)Aメロに戻る。パートのイメージに合わせて歌詞も書き足した。
今度はパートを区切ろう。曲の進行に合わせて「ここからパートが変わります」という印象をアピールしたい場合があると思う。クラシック方面では、曲の中にいくつかのパートがあるだけでなく、複数の曲を集めて組曲を作るようなジャンルも発達しているので、区切りの技法が豊富である。この文脈では「パートを明確に区切る」ことは「前のパートを明確に終わらせてから次のパートを始める」ことと同義である(雰囲気の変化などはとりあえず度外視する)。
以前ブルース用語として「ケーデンス」という言葉を「ドミナントをトニックに解決するパート」だと説明した。今回は「パートの終わり方」という意味で同じ「ケーデンス」(終止形)という言葉を使う(もっと古い用法では「トニックからトニックまでがひとまとまりのパート」と考え、このまとまりをケーデンスと呼び、コード進行のルールまで含めた言い方である:混乱を避けるために名前を伏せていたが、考え方自体はかなり前に紹介したものである)。文脈で用語の意味が大きく変わることにも、そろそろ慣れてきただろうか。
ケーデンス(パートの終わり方)を考える場合、ドミナントの解決感が重要になる。たとえばV>Iと進んでドミナントを完全解決すると「めでたしめでたし、これでおしまい」という感じが非常に強くなる。一方、パートの最後がVで終わっていると未解決の緊張感を後に残すことになり「まだ続きがあるよね、解決してくれるよね」という期待感が高まる。また、サブドミナントにも(ドミナントほど強くはないし質もやや異なるが)ある種の不安定感があり、トニックに進むことで解決がなされることもすでに紹介してある。
これらをまとめて「5>1で区切れる全終止」「5で区切れる半終止」「4>1で区切れる変終止」「5>4で区切れる偽終止」の4つに分類するのだが、ポピュラーミュージックでは、代理コードも含めてTかSDかDかで考えた方がスッキリするのではないかと思う(全終止には充分/完全終止と不充分/不完全終止という区別もあり、IとVのコードがともに(回転形ではなく)基本形でかつメロディがiのトーンで終わるものを充分終止または完全終止という:充分終止は、ルート音をオクターブで重ねまくる三重根音という技と併用することが多く、たとえばこんな感じになる)。
書き換えると「D>Tで区切れる全終止(キッチリ区切れる)」「Dで区切れる半終止(後に続きそうな感じ)」「SD>Tで区切れる変終止(穏やかに区切れる)」「D>SDで区切れる偽終止(区切れると思わせて引っ張る)」という感じだろうか。もちろん、代理コードを使わない方がそれぞれの特徴がはっきりする。
トニックが「区切り」=「終わりと始まり」を意識させる響きを持つことに何度か触れているが、前フリのやり方(トニックが出てくるまでの経路)によって区切れ感が変わったり、またあえてトニックを経由せずに場面展開することでウヤムヤな展開にできたり、ということを意識すると活用しやすいだろう。
さらに、先ほど「休符を利用して場面を変える」という手法について少し触れた。基本的に、音が途切れると聴いている人は「曲が終わったのではないか」という印象を持つ。つまり、コードによる区切れ感をさらに強化することができる(「すべての楽器がいっせいに休む部分」を「ブレイク」と呼び、サンプルファイルのように、ブレイク>フィル>演奏再開という手順を踏むのも効果的である)。
実際、V7>Iで充分終止した後に全休符を挟んで次のパートに進んでやると、同じ曲の中でパートが変わったというよりは、前の曲が終わって違う曲が始まったような印象になる。また、半終止の後に4分か2分くらいの休符を入れると「まさかここで終わらないよね」という不安を煽ることができる(次のパートがIで始まる場合はとくに、曲が続くことである種の「安心感」が生まれる)。ターンバックにドミナントを使う手法をすでに紹介したが、これは全終止を半終止に変更する手続きだと考えることができる。
追加する音はその傾向によって、フィルイン(または単にフィル)、カウンターメロディ(またはオブリガート)、オクターブユニゾン(または単にオクターブ、または単にユニゾン)、テンションノート(または単にテンション)などに分類される(厳密なものではないし、テンションとフィルを兼ねた音なども普通にある)。
フィルインという言葉についてはすでに説明したが、直訳すると「隙間塞ぎ」のことである。ドラムスのタムタム、ピアノの右手、リードギター、シンセなどで入れることが多い(もちろん、スネアドラムやベースギターでフィルを入れていけないことはまったくない)。サンプルファイルにはすでにかなりのフィルが入っているが、曲全体を聴き返してみて、音が足りないように思える場所があれば足し、余計だと思える場所があれば切りそろえてやろう。
カウンターメロディも、実はシンセを重ねたときにそれっぽいものがすでに入っている。この用語も歴史的な用法やジャンル特有の用法があって面倒なのだが、ポピュラーミュージックの文脈では「1つのパートに2つ以上のメロディを同居させる場合のメインメロディでない方」だと解釈してよい。カウンターメロディとかオブリガートと呼ぶよりは「裏メロ」と呼んでしまったほうが正確で誤解が少ないようにも思う(このページでは以後そのように呼ぶ)。
裏メロの入れ方にはある程度法則性があり「メインメロディから見て3度と6度の音を多用」「メインメロディが上がるときは下がり、下がるときは上がる動きを多用」「メインメロディが細かく動くときはあまり動かず、メインメロディがあまり動かないときは細かい動きを多用」といったあたりを意識すると、それっぽい感じになりやすい(詳しくは知識補充編参照)。もちろん、ここぞという場面ではメインメロディとオクターブユニゾン(後述)したり、同じメロディを音程違いで平行させたりしてもよい。
ユニゾンは「同じ音程の音」を指し、オクターブユニゾンは「音程が同じでオクターブが違う音」をとくに言う。オクターブユニゾンを重ねると、音の厚みがぐっと増す。前述のようにメロディに被せることもあるが、コード伴奏に被せることが多い。ピアノのコード弾きの上にシンセでオクターブ違いの同じコードを置いておくような使い方である。ギターなどはコードフォーム自体にオクターブユニゾンの要素が最初から入っているし、ピアノでも似たような押さえ方は可能である(サンプルファイルでも1箇所だけ使っている)。鍵盤楽器で「左手ベース/右手コード」のような弾き方をする場合は、ベースをオクターブユニゾンにすることもある。
2つの楽器がユニゾンorオクターブユニゾンで音を出すと強い一体感が生まれる。この効果は非常に強烈で、2つの音が重なっているというよりは、2つの楽器で1つの音色を出しているように聴こえる(人が多いはず)。とくに、メインメロディがコード伴奏に埋もれたように感じる場合に、コード伴奏とメインメロディがユニゾンになっている時間を(アルペジオやコード伴奏の省略などで)調整してやると、メインメロディがクッキリする場合がある。
テンションは初めて出てくるが、コードの響きからやや外れた音をあえて重ねることだと思っておけばよいだろう。とくにV7などのコードに重ねる場合を指して言う。こうすることで、コードの響きがもつ緊張感(テンション)を高めることができる。普通はコードトーン(少なくとも一番低いオクターブのルート音)よりも高い音になるように入れ、不安定な音なのですぐ下のコードトーンに解決することが多い。テンションとして使う音の選び方にもいろいろと流儀があるのだが、詳しい話は鍵盤あれこれのページに譲る。
上記を全部盛りにして音量的に強調してやるとこんな感じになる(面倒なので一部のパートしか作業していない)。もちろん、これではわざとらしすぎるので、実際にはもう少し控えめにする。ちなみに、筆者のイメージで調整するとこんな感じになるが、ここまで音量を落とすことはあまりなく、とくに裏メロはもっと大きく入れるのが普通である(こういう「ほんのり系」の使い方はけっこう好き)。
なお、コード弾きで入れたフィルはアッパーストラクチャートライアド(UST)やら偶成和音やらで解釈可能な場合が多いが、単純に「フィルは単音で入れても和音で入れてもよく、またコードチェンジは小節内でも好きなときにやってよい」と認識しておいた方が便利だと思う。ダイアトニックパラレルモーションやら循環コードへの変換やらも、単に「コードは好きに振ってよい」という意識で、その中でも「独特な雰囲気を作れるパターン」がたまたまそう呼ばれていると考えておけばよいだろう。
いづれも手癖の良し悪しとセンスが問われる作業だが、何度も繰り返しているように「必要な音を探す」姿勢が重要である。一方で「面白そうな音をとりあえず乗せてみて、いい感じだったら採用」という方針にも大きなメリットがある。基礎編の最後で「余計な音を出さない」という心得を紹介したが、「余計なことをしない」という原則と「面白そうなことはとりあえずやってみる」という原則の間を取り持つのは常に「試行錯誤」である。ボツネタの積み重ねを恐れることなく、着実な作業と自由な発想のバランスを探ろう。
これで、編曲を始めるにあたって知っておくべき作業をほぼ一通りなぞれたのではないかと思う。参考までに、ここまで使ってきたサンプルをmp3に変換したものを掲載しておく。ピアノの定位を振って、軽く音量調整をして、ベースのアタックタイムに合わせてややタイミングをずらして(Aメロの部分はまあこんなものだろうが、間奏とブリッジの部分はちょっと早すぎなので、使用音源を変えないなら後から様子を見て調整する必要がありそう)、シンセをAメロと間奏にも被せたくらいで、大幅な編集は行っていない(筆者が普段使っている音源で録音し、録音後の処理はノーマライズだけ:本当はリバーブなどもかけないとハイハットオープンのサステインなどが不自然になるが、この段階で細かいことを気にする必要はない、というか気にしてもメリットがない)。
大まかな枠組みが見えたら、ウタものの場合は一度仮歌を入れてみよう(もっと早い段階で入れておいてももちろん構わないし、むしろ早い方がよい)。生楽器を使うパートも実際に何度か演奏してみる(必ず録音しておくこと)。実際に音を出してみると、コンピュータだけで作業していたときには気付かなかった問題点が明らかになったり、演奏からのフィードバックでアレンジのアイディアが得られたりする(本来、アレンジと演奏を切り離して考える方が不自然である)。ここまでやってきた作業はあくまで「仮の」アレンジなので、アレンジに合わせて演奏を工夫する部分、演奏に合わせてアレンジを工夫する部分、両方に大きく手を入れる部分などを素直に洗い出していこう。シンセやドローバーオルガンやギター用イフェクトなどを使う場合は、その設定もある程度煮詰めておく。しばらくの間デモを作っては修正を重ねる作業が続くことになるだろう。
DTMだけで作業を完結させる人も、手元に楽器がなければ鼻歌でよいので、ぜひ自分の身体を経由させて音を出してみるとよい(手元に楽器があるなら、せっかくなので自分が作った曲を演奏できるように練習してみよう:編曲の役に立つのはもちろん、演奏の練習自体もなかなか面白いものである)。複数の音源を使い分けているなら、打ち込みトラックについても音色の候補を探っておくとよい(エレキベースをアコースティックベースに差し替えるとか、そういう大掛かりな変更ではなく、複数のエレキベース音源を取り替えながら、あるいはオーバードライブなどの設定を変えながらアレンジを検討してみるとよい、という意味:もちろん、大掛かりな変更をしてはいけないというわけではない)。
後奏(エンディング)を付け足すのは、ここまでの読み進めてきた読者が戸惑うような作業ではないだろう。間奏の作り方やケーデンスなどの話を思い出しながら取り組んで欲しい。ここでも、もっとも安直な方法は単純な繰り返しで、最後の2小節か4小節くらいを繰り返して終わるパターンはわりと多い。延々とループさせてフェードアウト(だんだん音量を落として最後は無音にする)をかけるのもよくあるパターンだが、ライブでの演奏だとちょっと面倒になる。
ベース、リズム、ヴォイシングなどの詳細な調整については、音楽理論関係や打ち込み関係のページを読んだり、外部リンクから辿れるサイトを参照して自分なりのやり方を見つけて欲しい。手癖がものをいう作業が多いので、楽器の練習も十分に行いたい。ミックスの経験があると全体の見通しを立てやすくなるため、できれば一度くらいは取り組んでみよう。何度でも自分の曲を聴き返し、またいろいろなアレンジに触れて発想力を鍛えて欲しい。作曲の基礎完成編や余談のページにも同じことを書いたが、コピーと称して1曲丸ごと音符をなぞってもあまり意味はないので、曲の中にある工夫や流れを見極めて自分で試すことを重視しよう(これも繰り返しになるが、形にした結果が元の曲と全然異なるものでもまったく問題ない)。
基礎力がついたところで、予習編では触れなかった巧妙なアレンジ(一部作曲や演奏の領域に食い込む)のお手本も紹介しておこう。筆者の嗜好に傾いた選択になることを断っておく。ベースやドラムスに懲りたい人にはなんと言ってもTotoだろう。初代ドラマーJeffと初代ベーシストHungateのキレと発想力、2代目ベーシストMikeと2代目ドラマーSimonの安定感と職人芸は特筆に価する(Mikeの代役をこなしたLeland SklarやNathan Eastも、もちろんすごい)。ベーシストではZepのジョーンズ先生も忘れてはならないのだが、やっていることが突き抜けすぎていてあまり参考にはならない。ボンゾも同様。
上記の人たちはいづれもプレイヤーとしての技量がとんでもなく高いため、同じ楽器を担当している人は、演奏を単に真似してみるだけでも「よい手癖」を身に付ける助けになるだろう(このときばかりは、できるだけ「似た音」を出せるように全力を注ぐべき)。そのほか、ベーシストとしてJames Jamerson、Chuck Rainey、Louis Johnson、Gordon Edwardsなど、ドラマーとしてBernard Purdie、Steve Gadd、Vinnie Colaiuta、Carlos Vega、Buddy Hollyなどが非常に参考になる。筆者はソリスト的なベースorドラムスプレイにあまり興味がないが、Ray Brownだけは聴いておいて損がないと思う。上記のメンツに比べると派手さはないがRandy Jackson(マイコーの弟の方ではなく"The Emperor"の方のランディ・ジャクソン)のベースやスイングをやっているときのBuddy Richもすばらしい。いわゆるブリブリ系のベーシストにはLarry GrahamやChuck Loebがいる。
ギターやキーボードはスタイルの違いが大きいので、とくにオススメできるプレイヤーはいないが、ギターではLarry CarltonやAl Di Meola、キーボードではRichard TeeやChick CoreaやKevin Mooreあたりの演奏を(真面目にでなく「こんなこともできるんだなぁ」程度にでも)聴いてみるとよいだろう。ちょっと異色な人たちだが、ギターではStevie Ray VaughanやBob BrozmanやMonte Montgomeryが、キーボードではJon LordやBilly Prestonが面白いことをやっている。地味めな人ではSteve Winwoodあたりがいい味を出していると思う。
コード進行に凝りたい場合のサンプルとして、中島みゆきのコード使いが実に巧みでかつ理に適っている(あまりに自然に使いこなしているので、複雑なことをやっている印象が薄い)。凝った展開のウタものを作りたいならぜひ聴いてみるとよい(理に適っていないはずの進行を腕力でぶん回す天才は他にもいるが、この人の場合はやっていることがやたらと素直である)。ウタもののアレンジでははっぴいえんども秀逸なのだが、音楽理論が得意な人でないと参考にしにくいかもしれない。
ポップスのアレンジに取り組みたいギタリストはRoxetteを聴いてみるとよい。ギタリストでない人がポップスにギターサウンドを取り込みたいという場合にも参考になるだろう。DTM中心の人は中期のPSY'Sがオススメ。曲自体は最初の3枚くらいまで(とくにファースト)が筆者好みなのだが、松浦博士がミラクルパワーを発揮しすぎていてあまり参考にならない(4枚目のMint-Electricくらいからだんだんと「普通に優秀なアレンジャー」になり、TWO HEARTSくらいで円熟の域に達したように思う:HOME MADE以降は一時「ひしゃげた天才」の毒気が強まっていたが、2015年にSoundcloudで活動しているのを発見、どこか吹っ切れたような印象)。もう少し新しい音源だと、Radioheadの投げっ放し和声とかColdplayのごん太ベースなど、イロモノ系の面白いアレンジがいくつかある。
読者のもとにいつも音楽があることを祈る。
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