トッププロが教えるレシピやらノウハウやらは他にたくさんあるので、変なものを読んでみたいという物好きな人に捧げたい。タイトル通り、筆者は店で客に出す料理を作っていた経験がほんの少しあるが、技術的にはいわゆるハイアマチュアにも歯が立たないドン底の最低レベルである。しかし、調理技術で勝とうが負けようが、プロしか知らないであろうあんなことやこんなことを目にして耳にして生活していたので、そういう話も織り交ぜていきたい。
この記事は「無駄に商売目線」「無闇に本格派」「無意味に伝統路線」をモットーとするが、いづれもネタでやっているつもりはなく、内容自体はごく真面目なものである。読者として「現在中華以外の職業料理人で、中華も覚えてみたい人」または「これから中華屋になりたい人」を想定しており、アマチュアの方が読み物として楽しめるよう(というのは取って付けたタテマエで、実際は筆者の趣味のために)無駄話も盛り込むが、すし屋さんでもケーキ屋さんでもたこ焼き屋さんでも(分野は違っても食べ物屋さんには違いない)、魚屋さん(売り物の魚捌くでしょ)でも肉屋さん(肉も切るだろうけど揚げ物とかも作るよね)でもパン屋さん(焼いたり揚げたり毎日するはず)でも、なにかしらの調理を職業的に行っているor行っていたorこれから行いたい人が読んでいるという前提で進める。
以下に出てくる中国語の読みは、筆者が聞き齧ったものをごちゃ混ぜにしたデタラメであることを断っておく(人数的には、日本、大連、福建、東北、四川、香港、台湾の順に知り合いが多い)。炒飯はチャーハンで炒肉片はチャオルーペンで回鍋肉はホイコロ、棒棒鶏はバンバンジーで油淋鶏はユーリンチーで鶏油はチーユで醤油はショーユ、肉絲はルースーなのに青椒肉絲はチンジャオロース、といった環境で習ったのをうろ覚えで思い出しながら書いているのだから仕方ない。書き方に至っては、キクラゲが木耳なのか木茸なのか木犀なのかも判別がつかないのが筆者のレベルである。
以下で「中華屋では」と知った風に説明している事情は、安価な昼飯や晩飯をたくさんの人に提供する、いわゆる大衆中華店の話であって、予約を取って晩餐するような高級中華店では事情が異なると思う。それでは気を取り直して「炒飯を作る」ところから始めよう。
なぜ「炒飯を作る」流れで最初が包丁砥ぎなのかと思った人は反省して欲しい。炒飯を作るならネギくらい切るだろう。料理鋏でもネギは(切ろうとさえ思えば)切れるが、どうせなら切れ味のよい包丁で切った方が気分がよい。そして料理は気分よく作るべきである。
包丁は中華屋で使われる数少ない「消耗品でない道具」(手で扱う道具だと他にはジャーレンくらいじゃないかな)であり、同時に唯一の「個人持ちの道具」であることが多く、仕事の荒っぽさからは想像がつかないくらい手入れには気を使う。
小見出しを読んで拍子抜けした人は深く反省して欲しい。職業として料理を作っている人なら(完全分業制の人以外)包丁くらい自分で砥げて当たり前ではあるが、プロとしての自分が「料理を作れる」ことと家庭の主婦or主夫が「料理を作れる」ことにどれほどの差があるかと考えてみるといい。朝から晩まで仕事で包丁を研いでいる人の技術を舐めたら、自分が恥ずかしい思いをする。
実際問題、仕事でハードに使っている包丁なら半年に1回、家でたまにしか使わない包丁でも買ってきた直後に1回、本職の砥ぎ屋さんに砥いでもらうとメンテナンスが段違いにラクになる。手入れに変な癖があれば教えてもらえる機会もあるし、他人に見られると思えばいっそうの緊張感を持って道具を扱える。仕事に使うものなのだから、たかだか数千円の砥ぎ代なんて安いものである。
砥ぎ屋さんはネットで検索して探す手もあるが、大きなホテルやレストランで(働いている厨房の中の人に)聞くと「店で利用しているところ」を教えてもらえることがある(数を当たらないとムリだけど)。家庭用の包丁に特化した業者は、必ずではもちろんないが、耐久性だけを重視した極端な研ぎ方をするところがあるので注意したい(「安い包丁は切れない」というのは8割方迷信で、よほど酷いもの以外はちゃんと研げば切れるようになるのだが、家庭用の安い包丁には小刃だか二段刃だかわからない妙な鈍い刃がついていて、ちゃんとした刃を作るまでやたらと研ぎにくい:せっかく研ぎに出してあのナマクラ刃をまた付けられたのではたまったものではない)。
実際に包丁を預ける際には「こういう風に研いでくれ」的な注文は極力避けよう。相手はプロである。自分はこういう風に包丁を使っているということを伝えれば十分だし、それで研ぎ上がりが気に入らないならどんなに注文をつけても(酷くなることはあるかもしれないが)良くはならない。持ち主が片刃に研いでいる包丁を黙って両刃にしてしまうような「プロの」研ぎ屋もいないわけではないが、そんな相手にこちらから注文を付けてもムダなのは目に見えている。
専門家の手を借りることが大きな助けになるのはすでに紹介したとおりだが、日常の手入れを自分できちんとやらないことには話にならない。きちんとした手入れをするには、手入れのための道具をきちんと手入れしなくてはならない。
まず砥石の面ならしをしっかりやろう。筆者がお世話になっていた砥ぎ屋さんは、フタコブラクダの背中みたいに丸くヘコんだ砥石で文句の付けようがない立派な刃を(なぜあの砥石で真っ直ぐな刃ができるのかいまだに理解できないものの、とにかく現に)付けてくれていたが、そういうのはプロの領域であって、シロウトがちゃんとした刃を付けようとしたら砥石は平らでなくてはならない。反対に、一度プロに面倒を見てもらってから十分水に浸した平らな砥石で研げば、よほどのヘタクソでないかぎりそれなりの切れ味を出せる(天然砥石には浸水させないで使うものもあるらしいが、砥石なんて消耗品なんだし、安くて品質が安定した人工砥石の方がオススメ)。
研ぎ方の前に少し脱線すると、たいていの中華屋は合わせや割り込みの包丁が苦手である。というのはもちろん、中華包丁の多くが全鋼だからではあるのだが、筆者が知る限りモリブデンステンレス(これもよくわかんない用語だけど、おそらくたいてい8Aステンレスのこと:モリブデンバナジウム鋼のつもりで言う人もいるのかもしれない)なんかもおおむね好かれているようで、全鋼が好きというよりは合わせ包丁の研ぎ味がキモチワルイのだと思われる。筆者は鋼の中華包丁を持っていないが、初めて買った仕事用の包丁が全鋼だったためか、今でも研いでいてキモチイイのはやはり鋼である。
さてでは研ぎ方。イキナリだが、筆者はいわゆるハマグリ刃というのが嫌いである。切れ味と刃保ち(耐久性)の両立には有効なのだろうが、研ぎ直しが面倒すぎる。かといって真っ直ぐな刃では厚みが出過ぎる(牛刀を片刃に研いでいるという都合もある:中華屋は「両刃で切れるものは中華包丁で切ってしまう」ことが多く、洋包丁を片刃にしている人はけっこう多い)、となれば糸刃を引くしかない。この糸刃というのも感覚的な用語だが、ようするに「刃先だけ鈍くした薄刃」の鈍い部分で、2段刃>小刃>糸刃の順に幅が狭くなるというのが筆者の理解。
なお「返りが出たら研げている」はそれなりに正しいが万全な基準ではない。というのは、痛んだ刃だと研げていなくても返りが出てしまうことがあるから。このため、ナマクラにしてしまったときはいったん(中砥で)鈍い刃をつけて、2段刃を均して消すようなつもりで(荒砥で)形を整え、それから(中砥で)刃をつけるのが本式である(と筆者は教わった:裏すきのある和包丁はこの限りでない)。また、最後に(仕上げ砥で)磨くときは返りが出るほどは研がないのが普通(糸刃を引くときは別)。まあ荒砥はプロに任せた方が無難ではあるのだが、荒っぽく使っている雑用包丁をうっかり欠けさせたときにでも、練習を兼ねて自分でやってみれば経験にはなる。
筆者が料理屋に入りたてのころに言われた言葉に「シロウトは先で切りたがる」というのがあるがその通りで、包丁というのは和洋中問わず刃渡りをしっかり使うのが基本になる(一部しか使わないならもっと短い包丁を使えばよい)。包丁は滑らせるから切れるのであって、上から押し付けても切れない。押し切りと引き切りの別はあるにしても、中華包丁での叩き切りだって単純な振り下ろしではない(いるけどね、マサカリみたいにひたすら振り下ろす人)。
刃渡りをまんべんなく使って、研ぐときも「切れないところだけ研ぐ」ようなことをしなければ、刃の形が大きく崩れるようなことはめったにない。反対に、和包丁でいうソリ(先端近くのカーブしている部分)をまな板にゴリゴリ押し付けて使いながら「全部の箇所で返りが出ればそれでよし」という方針で研いでいると、あっというまにソリが逆ゾリになって、鶴の首(酷いものだと鷲のクチバシ)みたいな形の包丁ができあがる。これは大変恥ずかしいので、どうしても鶴首になってしまうという人はこまめに研ぎ屋さんに出そう(こんなネタをぶっちゃけられるのも、筆者がとうにプロでなくなっているからである)。
ついでに、チンチクリンになるまで研いだ包丁を自慢気に使っている人がまれにいるが、自分はヘタクソですと宣伝しているようなものなのでやめた方がよい。上手に使って上手に研いでいれば、目に見えてサイズが小さくなるなんてことはそうそう起きない(過酷なハードワークを長年共にしてきた相棒、という意味で小さくなった包丁を労わっているなら尊敬できる話だし、単に折れた包丁がもったいないからという理由で再利用することまで止めようとは思わないが、少なくとも、マトモに包丁を扱える人がチンチクリンを見せびらかしているのを筆者は見たことがない)。
正直に言うと、筆者も「皿の底」はやる。やるが、相当なナマクラに一時的な「気付け」をするときだけだし、まして他人の包丁なら「これだけでもやらないよりマシ」な状況でない限りやらない。が、実際にやる。
まあ、やりたくてやっているわけではないし、やらずに済ませるためにハンディ砥石(エビ印のママ砥石という製品で、220番と1000番のコンビ:同じシリーズに1000番と3000番がコンビになったパパ砥石というものあるようだけど、アレはナンセンスというか、3000番当てて何とかなるような状態ならハンディ砥石なんていらないと思う)も持ってるのだが、皿の底はよくないね、うん。
烙鍋というらしいがなんと読むのか筆者は知らない。また道具の手入れの話だが、すでに触れたように、ちゃんとした仕事にちゃんと手入れした道具が必要なのは分野を問わない真理である。というか、後で紹介するエビ炒飯のように「鍋を上手く焼けたら半分勝ち」な料理もある。
なお「鍋拭き布」(調理器具を直接拭くので新しい布を・・・という思いは筆者にもあるが、消耗が激しいので、たいていの店ではボロくなった布巾などを使い回している)を用意するのは中華屋の常識なので、ぜひ用意しておこう。ささらはタワシで代用できなくもないが、やはり普通のささらの方が手早く洗える。また「鍋つかみ」的に使う布巾は濡らさないようにする(濡れると熱くなる:ミトンだって濡らして絞ったりはしないと思うのだが、誤解している人が一定数いるよう)。
普通の業務用コンロで炒飯を作るなら、最初は30cm鍋が取っ付きやすいだろうと思う(詳しくは道具と火のページを参照)。山田工業所製の鍋がプロに人気だという売り文句は間違っていないが、店で買ってもらえるのは激安のプレス鍋ばっかりで、打出し鍋なんて使わせてもらえない(のでいい鍋を使いたい人は家で使っている:筆者も、引退して随分経ってから家用に買ってしまった)。
鍋の手入れの第一歩は焼くこと、中国では炙鍋(たぶんヂーグォかジーグォ)というらしい。五徳を上手く使うとラクができるが、焼けた鍋がひっくり返ると大惨事になるので、自信がない人は経験者の指導を仰ぐか手持ちで頑張ろう。焼き方の目安について、中華屋では「煙が出なくなるまで」と教わるが、ようするに、付着した有機物が炭化して燃え尽きるまで加熱する。これを家庭用のガスコンロでやろうとすると気が遠くなるほどかったるいが、普通の業務用コンロ(10KWくらいの)なら根気さえあればできるはず。鍋のフチまでしっかり焼こう。
で、焼いたら水をぶっかけてススを落とす(これも熱気が立ち上ってけっこう危険なので、初心者はベテランの指導を仰ごう)。極端な急冷はとても鍋に悪いはずだが、焼いた鍋が冷めるまで待つ中華屋は(中国なら広いからひょっとするかもしれないが)日本には多分いない。ちょうどスチームクリーナーをゼロ距離で当てているような要領で、汚れが粉というか泡というかシュワっとした感じになって落ちる。
汚れが吹き飛んだら、金属タワシとクレンザーで表面をツルツルにする(ボンスターみたいな細かいものはめったに使わず、ゴツいステンレスタワシをメインにしているところが多い)。中華鍋は洗剤で洗わないというような説明を目にすることがあるが、筆者が内部を知っている中華屋(といっても両手の指で足りるくらいだが)はすべて、毎日金ダワシとクレンザーで鍋を磨いている(言うまでもないことだが、ほとんどのクレンザーには界面活性剤(つまり洗剤)が入っているし、中華屋で使っているのはごく普通のクレンザーであって鍋用の磨き粉みたいなもの(も世の中にはあるのかもしれないが)ではない)。というか、汚れがキツい場合は営業中でもクレンザーでゴシゴシやる、のが普通だと筆者は思う(鍋をキレイな状態でキープできないと恥ずかしいような雰囲気の店もあるし、鍋洗い専門の人がいる店もある)。家庭で使っている分にはそう頻繁に洗剤洗いする必要はないと思うが、炒め200~300回に1回くらいは金ダワシをかけた方がいいと思う。
磨いてすすいだ後は普通の食器洗いスポンジに普通の食器用洗剤を付けて洗い、よくすすいでまた焼く。濡れた鍋を火にかけて湯気が出てきたあたりで水滴を落として鍋拭きで拭き、カンカンに熱してから冷たい油をお玉に1杯回し入れる。理由は知らない(たぶん油の瞬間最大温度の問題なんだろうと思う)が経験則として、この「熱い鍋に冷たい油」という組み合わせが鍋に油を馴染ませるのに必要なようで、ぬるい鍋に油を入れてはいけない(油が熱いのはある程度なら差し支えないが、熱すぎたり量が少なかったりすると鍋に入れたとき黒くなるし、水分を含んだ油だと炎上することもある)。馴染ませた後で鍋の油を容器に戻すことから上記の作業を「油返し」と呼ぶのだが、油の水分を飛ばすために鍋で熱してから戻すことも油返しと呼ぶことがある(両方を兼ねることも多い)。追記:家庭用の鉄鍋の注意書きを読んでみたところ、低めの温度でも時間を(数分くらい)かければ油馴らしできるらしい。
油をしっかり馴染ませたら作業終了だが、念を入れるときは野菜屑などを軽く炒めてから(熱いうちに)水洗いしてもう一度焼いておく(ここまでやるのは1日1回くらいだけど:もちろん店では屑野菜を炒めるなんてまどろっこしいことはせず、自分用のまかないを作るだけ)。よくわからない迷信があるようだが、ここまでの作業を毎日しっかりやっていれば、使っている最中によほど酷いことをやらかさない限り、鍋はちゃんとツルツルになる。鍋をしまうときは、半日くらいなら焼いたまま放っておいてもそう酷く錆びたりしないが、油を塗っておく人もいる(酸化した油を焼き飛ばさなければならなくなるので、筆者は塗らない方がよいと思っている:もちろん、2日も3日も使わない予定なら油を塗った方がよい)。なお、鍋に塗る油は(ホントはあんまりよくないそうだが)たいていごま油(包丁用の「刃物椿油」なんかの方がよいのかもしれないが、中華屋で椿油を(個人で持っている人はいるのだろうが普通店には持ってこないし)店に置いているところは見たことがない:冷蔵庫に馬油が入っているところならけっこうある)。
営業中の鍋の扱いは地域によって異なり、1皿作るごとに鍋を(水で)洗って油を返す地方もあれば、極力鍋を洗わない地方もある(昔の水の入手性とかに左右されたのかね、わかんないけど)。中華屋では油の管理も重要な仕事で、油馴らしをしながら油の水抜きも同時にできるなら、いちいち鍋を洗うのもそう無駄な手間ではないと思う(筆者は洗いたい派、というか、洗わない取り決めの鍋を無意識に洗ってしまい怒られたことが何度かあった)。油の状態がよいと油馴らしがスムーズなので、鍋と油の好循環を生むことができる(地道に育ててきた油壺を、ちょっとメシを食ってる間にドロドロにされたりすると、働く意欲が一気になくなり旅にでも出たくなる)。
正しく磨いて正しく油を馴染ませた中華鍋を正しい温度で使えば、炒め物がくっつくなんてこととは無縁で、炒飯あたりを作った後は鍋がツルツルになっているのが当たり前の状態である。1皿ごとに鍋を洗っているのに炒飯を炒めた鍋に卵や米粒がくっついていたら、中華屋にとっては相当恥ずかしいことで、指をさして笑われても文句を言えないレベルの失態といえる(そういうことやらかすのはえてして笑われても「自分がヘタクソだ」なんて考えない奴だけど、反対に、ロクに手入れもしていない鍋をポンと押し付けられて「はい炒飯作って」なんて言われても「あーいやまいったなー」以外に反応のしようがなかったりする)。
鉄のフライパンなんかだと煮たり茹でたりはあまり頻繁にやらない方がよいようなことが言われることもあるが、中華屋の中華鍋は、何にでも使い回す店もあれば全部専用にしている店もあり、揚げ物だけ鍋が決まっている店もあってバラバラである。ただし、区別しているところも大きさや形(汁物は北京鍋、揚げ物は四川鍋、炒め物は広東鍋、みたいに用途別になっていることもある)で使い分けているだけというか、炒めた後に汁(スープ)を入れるメニューがやたら多いため、汁用だけ区別してもあんまりメリットがないのかなという気もする。べつに、スープを作った後でもあんかけを作った後でも、油返しさえちゃんとやれば鍋の状態は維持できる。
なお油を返した後は調理用の油を改めて鍋に入れるのが普通だが、筆者が思うにおそらくこれは、コークス(火力が強いのでガス普及前には主流だった)や木炭など火力調整がしにくい熱源を使っていたころの名残で、油(場合によってはお玉も)の過熱を防ぐための工夫なのだろう。鍋のフチまで油を行き渡らせようとすると油をいったん戻す動作にも合理性があるし、もしかすると、洗浄効果というか鍋を焼いたススの残りが油壺の底に沈んでくれることも期待しているのかもしれない(ちょっとグータラなやり方かもしれないが、中華屋にとって速さは正義だからねぇ)。まあ油の一部を容器に返さず鍋に残し調理に使ってもきっと問題はないが、炒めという調理法のリズムを崩してまでそんなことをしても、さほどのメリットはないだろうと思う。
これは中華屋の厨房の中でも意見が分かれる。鍋を焼くときに鍋の中に伏せておく派、同じく上向きに入れておく派、とにかくカンカン叩いて水滴を飛ばす派、マンジュウからはみ出た炎で焼く派、鍋をどけてお玉だけ焼く派などさまざまなうえ、鍋拭きとお玉拭きを兼用にする派と別々にする派も分かれており、実にバラバラである。
ちなみに筆者はマンジュウからはみ出た炎で乾かす派で、手が離せないときは鍋の中に上向きでおきっぱ(熱くしすぎるとお玉に取ったものが煮えたり焼けたりするので注意)、鍋拭きとお玉拭きは兼用が好きだが鍋とお玉以外のもの(ボウルとか)はまず拭かない。だからなんだということはないが、中華屋のまとまりのなさが現れているようにも思う。
食品を扱うのだから衛生管理が重要なのは言うまでもないが、中華屋には中華屋の特殊事情がある。
普通の飲食店でどんなものを使っているのか筆者は知らないが、中華屋が使うのはスリットが入った鉄板を2枚かみ合わせたようなフィルタである。清掃業者が入っていて自分たちでイジれない(イジると怒られる)店もあるかもしれないが、触れるなら手入れしておくべきだろう。
後で何度も繰り返すが、炒めをやると大量の油が蒸発する(オマケで触れるように、実際の油煙は細かい液体なのだが、このページでは蒸発で通す)。普通の飲食店並の換気扇だと店じゅう煙幕を張ったようになる(多分)ため、負圧でドアが開けにくくなるほど強力なものを使う(ので普通の中華屋は引き戸だけど)が、このとき吸い出される大量の空気を鉄板に当てて油を結露させるのである。液体に戻った油は樋を伝って油受けに流れる仕組みで、毎日油を捨てないと大変なことになる(すでに溢れ始めてから油を捨てようとして油受けをひっくり返すという惨劇が、どこの中華屋でも年に1回くらいは起きている)。屋外の最終的な排気口も油汚れがたまりやすい箇所だが、こちらは定期的に清掃業者が入っていることが多いと思う(店舗と大家さんの契約なんかにもよるのかもしれないが、筆者は雇われていた経験しかないのでよくわかんない)。
立ち上る大量の油煙を効率よく排出できる換気扇は炒めをやるうえで欠かせないものなので、普通の飲食店用の換気扇しかついていないならなおさらに、しっかり掃除して通りをよくしておかなければならない。どんなにうまく炒めても、油臭い店の中で食べるのでは台無しである。見た目の清潔感も必要なので、週に一回は厨房全体を床から天井まで洗剤で洗っておきたい(中華屋の厨房はほぼ間違いなく水を流せる仕様なので、給湯器に園芸用や洗車用のホースをつなぎ、ときにはポータブルの高圧洗車機なども使って、豪快に掃除することがほとんど)。
ちゃんとした計算は専門家にやってもらうのが当然として、ざっくりした数字も紹介しておこう。燃料を燃やすために必要な空気は意外と少なく、プロパンの場合、1m^3がだいたい2kgで熱量100MJ、燃焼用の吸気だけ考えた空気の必要量は24m^3くらいになる(都市ガスの場合倍くらいの空気が必要)。炒めと餃子台と茹麺とスープで合計100KW使うとすると、360MJ/hだから消費する空気だけで85m^3/hくらい。排気の方が必要量が多く、プロパンで100KWなら3000m^3/hくらい(濃度の高い排ガスを外に出せれば必要換気量も少なくなるので、フードの有無や形状にも左右される)。多くの場合空調能力(換気扇が入れ替えられる空気の体積)の基準になっているのは厨房自体の換気回数(単位時間に部屋何個分の空気を入れ替えるか)だろうと思われ、小規模厨房では30~40回、大規模厨房では40~50回くらいが目安(三菱電機のサイトに掲載されていたオーム社「空気調和設備の実務の知識」の数字を孫引き:https://www.mitsubishielectric.co.jp/ldg/ja/air/guide/support/knowledge/detail_01.html)らしい。70m^2で天井2.6mの厨房を50回/h換気すると9000m^3/hくらい、40m^2で天井2.6mの厨房を30回/h換気すると3000m^3/hちょっとになる(狭い厨房で大火力を用いる場合は、排気能力について専門家とよく相談すべき)。
なお、家庭用の換気扇フィルタ向けに売られている紙やナイロンの補助フィルタは絶対に使ってはならない。油が燃え上がったときに引火するとそのまま建物ごと丸焼きになる(油を含んだ紙ってよく燃えるよ、ホントに)。そもそも、家庭の台所のような制限のキツいところでの炒めは、それなりの技術を持った人でないと無謀な挑戦である。腕が伴わないうちは家で練習しようなどと考えず、環境の整った厨房を必ず使うべき。
ドブといっても水道局が管理しているマンホールの中ではなく、その前にあるオイルトラップ(グリストラップ、グリース阻集器、油脂分離阻集器)のことである。炒めが主原因ではないはずだが、現実問題として、中華屋のオイルトラップには大量の油がたまる。たまった油を捨てるのはもちろんのこと、オイルトラップまでの経路もキレイにしておかないと途中に油がたまって酷い目にあう。
筆者はオイルトラップが屋外にある店にいたことがあり、店内からオイルトラップへの配管が詰まるというトラブルに遭遇した。こういうときは給湯器にホースをつないで、一番熱いお湯を全開で出しながら詰まった部分をホースの先で突っつき、水が通ったら一番大きい鍋(とは言ってもさすがに寸胴は大きすぎるので、普通は茹麺器)に沸騰させたお湯に中性洗剤を混ぜてザブザブ流す。この事件の後屋外のドブをさらったら、握り拳ほどもある油の塊がトラップの中に浮いていた。
油のたまり方については、メニュー(ラーメンなんかが多く出る店では、下がってきたスープに含まれる油がどうしてもトラップに流れる)や使っている油の種類(植物油は常温で液体のものが多いが、動物油は常温で固体のものが多い)でも左右されるが、トラブルになったときにとても面倒なので、いい機会だと思っていちど様子を見ておくのが賢い選択だと思う。
なお下水関係は法令が複雑で、おもに、建築基準法第129条、下水道法の規定に基づく下水排除基準、水質汚濁防止法 施行令第1条 別表第1 66の6、各自治体の条例により規制を受ける。例によってもちろん、正確な法律情報は専門家に相談するべきだが、聞き齧ったところによると屋台なんかはけっこう難儀をするらしい。
他の業務用コンロがどんな作りになっているのか筆者は知らないが、自然吸気の中華コンロは予備混合されたガスが穴から出てくるだけの仕組みで、汚れてきたらワリバシかなにかで突っつくのが(多分)一般的な手入れの仕方。汚れが酷いときは他のコンロの上でバーナーを焼き、(本来ガス管を繋ぐところに)ホースを繋いで給湯器から熱湯を流し、苛性ソーダを溶かしたお湯に一晩漬け、すすいだ後もう一回ホースでお湯を流してからまた焼く。
ちゃんと掃除するだけで火力が2割(筆者の体感)くらい変わるので、重要な作業である。なお、抉りすぎて折れたワリバシの先っちょだけが刺さった状態になるとメンドクサイので注意が必要(たいていラジオペンチで取れるけど、焼き切ろうと思ったらきっと大変)。新品でコンロを買うと専用の清掃ブラシとかも付けてくれるはずなのだが、筆者が知っている中華屋はなぜかみんなワリバシを使っている(余談だが、中華コンロの火口棒(点火用のトーチ)を使う人もほとんどおらず、チャッカマンが大活躍している)。
当然のことながら、コンロの周りも片付けておかなくてはならない。火力が強いと油のハネ方も派手になることがあるため、可燃物はもちろん、汚れて困るものも近くに置いてはならない。中華屋では調味料入れ(インド料理に使うカトリにフタをつけたような、普通の飲食店で使うヤクミ入れを大きくしたような、平べったい蓋付容器:中華レンジの上に置くのでかなり熱くなる)もザル(プラスチック製だと鍋やマンジュウに触れたとき溶けるし、油がつくと滑る)もたいていステンレスである。半日炒めをやっていれば冷蔵庫(コールドテーブル)の扉なんかにも油膜がついてくるので、ガンコな汚れになる前に洗剤で洗ってやる。
余談だがIH中華レンジなるものがあるらしく、写真を見るとちゃんと丸い形をしている。2016年現在、マルゼンやタニコーはもちろん電気調理器系のメーカーからも製品が出ている(中華がわかっているメーカーのものはちゃんと水道蛇口付き:ただしどこも鍋は専用品でサイズの融通もきかないよう)。せいぜい10KW程度の出力ではあるがガスとは熱効率が1.5倍くらい違うので、これを「半日ずっと出し続ける」ことができるなら、中華用でない業務用レンジくらいの火力にはなる。家庭用のコンロでさえ、IHの「暑くない」という利点は魅力的だが、あの灼熱地獄が少しでもマシになるならうらやましい。
これは炒飯を作る準備ではなく技術的な練習。普段仕事で(フライヤーを使わず鍋で)揚げ物を作っている人は飛ばしてよい。
なぜ炒めの前に揚げ物を練習するかというと、油温と水分などの関係を知るためである。できれば揚げ物用の温度計なども用意しておきたい。衣を付けない素揚げ(中華だと清炸(チンジャ)といい、片栗粉をまぶす程度の衣なら清炸に含めてしまう)が理想だが、べつにから揚げでも冷凍のポテトフライでも構わない。
中華屋では(フライヤーを置いている店もあるが)中華鍋とジャーレン(ザルとして使う穴あき中華鍋)を使って揚げ物をすることが多い。底が平らな鍋の方が温度を一定にしやすいようなことも聞くが、筆者が仕事で揚げ物に使ったことがあるのは中華鍋とフライヤーだけである。ただ、鉄鍋(や銅鍋)で揚げ物をやると油の劣化が一気に進むので、揚げ鍋を持っている人はそちらを使った方がよいかもしれない。
揚げ終わった油は容器に戻して雑用油にする(鍋の油返しとか、注文を受けてから行う油通しなんかに使う)店が多く、魚介>肉>野菜の順で揚げるのが普通(だと思う:一般に言われる(油を廃棄する前提の)揚げ物の順番とは少し異なる)。揚げカスが残っていると油が悪くなるため、常に掬って鍋の中をキレイに保つ。一品揚げ終わるごとに油を(温度が上がり過ぎない程度に)加熱して水分を抜くのを忘れない。
中華では油の温度を、煙が出ない(低温)、少し出る(中温)、たくさん出る(高温)の3段階くらいでしか「表現」しない(サラダ油レベルまで精製された新しい油で230度くらい、疲れた油で180度くらい、多くのバージンオイルで100~160度くらいが発煙点らしいから、油の状態が一定でないと意味のない基準になってしまう)。揚げ物の温度も「高め」と「低め」くらいの表現しかしないことが多い(調理する人が(自分の感覚で)把握はする:把握の方法は、指で油に触る、菜箸を入れる、鍋の上に手をかざすなどいろいろ)。世間で言われる「高温の油」とかいった説明と違う温度を指すこともあるので注意して欲しい。
いちおう、温度の目安を書いておこう。指で油に触ったときに、一瞬で指の表面のタンパク質が変性し白くなる=高温=250度以上、指の表面のタンパク質が変性しうっすらと白い膜のようになる=中温=二百数十度、一瞬しか触れなくても明らかに熱い=低温=揚げ物高め=200度弱、一瞬しか触れなければそう熱くはない=揚げ物低め=160度くらい。なお、煙がさかんに出ている明らかに高温の油に指で触れるのは、慣れていても相当危険なので煙の出具合を目で確認した方が無難。
まず食材投入時の温度が重要。油が冷たいうちに食材を入れて加熱すると中までゆっくり熱が通るし、高温の油に食材を入れると表面が一気に加熱される。野菜なんかは、表面が焦げやすく完全には火を通さない目的であることが多いため、低めの油温で入れることが多い。同じ野菜でも、冷凍のポテトフライなんかを揚げるときは、高めの温度で一気に表面を揚げる(すでに加熱済みの食品で中に「火を通す」必要がないことと、もちろん凍っていて食材の温度自体が低いことが理由:フライヤーを使う場合は、凍ったままの食材を入れても油温が(中華鍋なんかに比べれば)あまり下がらないので、そもそもの温度設定を控えめにしておく)。鶏のから揚げなんかも、高い温度で入れて表面を焼き固めた方がジューシーになる。水分が少ない食材(極端なものでは干した桜エビとか:衣をつけない場合)を揚げる場合は投入時の油温を低めにするということも確認しておくとよいだろう。
食材を入れると油の温度が下がるわけだが、下がって問題ない(というか、焦げる心配がある食材は火を消してから投入するとよい)。食材が落ち着いたら、泡がわーっと出てくる程度の火力を維持する。揚げ物をするときに出てくる泡というのは、ようするに食材の水分であって、これをどの程度抜くのか、つまり今度は時間管理が問題になる。よく言われる「浮いてくるまで」という把握方法も、ようするに「水分が抜けて軽くなるまで」というのと同義である。もうひとつの把握方法として、泡が大きくなり始めるまでという目安もあり、食材内部が一気に加熱されて出てきた水分は大きな泡になる(油温が高いとすぐに出てくるし、低いとなかなか出てこない:ずっと弱火にしておくと内部までカラカラの仕上がりにもでき、香味油を作るときなどはそのようにする)。泡の大きさが、中(表面の水分)>小(食材本来の水分)>大(内部にたまった水分)の順に変化することを押さえておこう。
もし可能であれば、6割がた揚がったところで食材を金ザルかジャーレンに取り、油を高温にして仕上げたい(2度揚げ)。食材が入ったまま火力で温度を上げる方法もなくはないのだが、食材から泡が出ているということは水分が蒸発して潜熱を奪っているわけで、火力を強めても蒸発が盛んになるだけで温度が上がりにくい。仕上げ温度を上げることで表面のカリっとした感じを出せる。低温の油で揚げた後数分休ませて余熱を均してから高温の油で揚げるのがよく、揚げ鍋は1つしかなくても大丈夫(時間が惜しいときは鍋を2つ用意して、低温の揚げ鍋から高温の揚げ鍋にすぐ移す)。
と3部構成で紹介したが、投入時温度、水抜きの勢いと時間、仕上げ温度の3つをいろいろと変化させて、どのように揚げるとどのように仕上がるのか、観察してみて欲しい。
焦げ目や焼き色がつくのはなぜかというと、温度が上がるからである。なぜ温度が上がるかというと、水分がなくなるからである。何度も繰り返しているように、水分が豊富な間は蒸発潜熱で冷やされ続け100度前後にしかならないが、水分が飛ぶと油の温度である180度だとか200度だとかまで温度が上がる。揚げ物に限らず、トーストに焼き色がつくのも、焼肉に焦げ目ができるのも、結局は表面の水分がなくなって温度が一定以上に上がるからである。反対からいうと、色が変わってきたということは表面の水分が減ったということである。
多くの揚げ物は高めの温度で仕上げて、中はジューシー外はサクサクな状態を目指すが、たとえば後のページで紹介する鳥油を作るときのように、トロ火でひたすらじっくり加熱すると内部の水分が蒸発し続け、最終的には中までカリカリの状態を作ることもできる。この事情は炒め物でも同様で、表面の水分がなくなると焼き色がついてくるし、ゆっくり加熱すると(水が出るものもあるが)全体に水分が抜ける。
いわゆる「揚げ物を焦がしてしまう」パターンは何通りかあるが、ようするに、中まで火が通らないうちに色がつき過ぎるのは油温が高い(内部と表面の差が大きくなりすぎる)、中まで火が通っても加熱をやめないのは時間が長い(全体に水分が抜けてしまう)、ということになる。これを避けるうえでも、低温の油で中まで加熱してから高温の油で表面を仕上げるのは、理に適っていると思う。繰り返しになるが、乾物などもともと水分が少ない食材は焦げやすいので、油温に注意が必要である。
一口に炒飯といっても途方もないほどのバリエーションがあるが、最初なのでそんなに凝ったものには挑戦しない。スープも付け合せ程度のものにしておく。
ラーメン屋さんと違い、中華屋はありきたりなスープを普通に使う。本場では葷湯(フンタン:動物だし)と素湯(スータン:植物だし)が区別されるが、日本人がやっている中華屋ならたいてい骨ベース+野菜の切れ端の混成だろう。鶏の胴ガラと豚のゲンコツが定番で、店によってネック(首ガラ=鶏の首)とかモミジ(足ガラ=鶏の足)とか背ガラ(豚の背骨)とか丸鶏(「中抜き」でなく内蔵つきの「丸」)とか魚だしとかが入るくらい。香味野菜以外に植物系の材料を入れるとしたら、タマネギの芯とか、キャベツや白菜やきのこの硬いところ(使う前によく洗おう)とか、ニンジンの端っこなんかだろうか。いちおう、豚鶏混合なのが毛湯(マオタン)系で鶏だけなのが鶏湯(ジータン)系になる。鶏はひね鶏(肉は固いが風味が濃厚)が理想なのだが手に入りにくい。余談:ひね鶏は若鶏(孵化後90日未満、典型的には50~60日で出荷される:いわゆるブロイラーがほとんどを占める)に対応する言い方で、親鶏ともいう。ようするに飼育日数が長いニワトリだが、卵を産み終えた卵用種のメス(廃鶏)、繁殖を終えた肉用種のメス(種鶏と書いてシュケイと読む)、オス(筆者は見たことがないし扱っているという業者を聞いたこともない)と3種類あり、たんに「ひね鶏」というと廃鶏を指すのが普通、なんだろうと筆者は思っていたが世間の常識でどうなのかは知らない。
基本的には、骨を茹でて、水とタワシで洗って、ゲンコツはハンマーで割りモミジは皮むき、ネギの青いところや生姜や肉と一緒に寸胴で煮て、灰汁が盛大に出てくるまで待って、まとまって出てきたら手早く掬い取り、弱く沸騰する程度の火力で3時間くらい(蓋はすかせて乗せる)、とやればスープは取れて、茹でて使う食材(チャーシュー用の茹豚とかバンバンジーにする蒸鶏とか)を一緒に調理するときは途中で引き上げておけばよい(水から茹でないと表面だけ硬くなる)。ゲンコツ割りや胴ガラ洗いはけっこう危険な作業なので注意して行うこと(最初からカットされたゲンコツだと下茹でで味が抜けやすい)。骨を水に漬けて血抜きすることもあるそうだが、下茹でを2回にした方が早いと思う。
本来は出来上がったスープを漉して使うのだが、麺類メインの店なんかでは漉さずに水で薄めながら使うことが多い(オープンキッチンの店でも堂々とやっているのが普通で、スープ寸胴に細~~く水を注いでいたらたいていこれ)。そうすると営業中にスープの質が落ちてくることもあるわけだが、これには2つの大きな要素があって、ひとつは単に希釈されすぎてうまみ成分が薄まってしまうこと(「スープが弱くなる」と表現する)、もうひとつはスープの脂分が酸化すること(「スープが疲れる」と表現する)である。この2つを緩和するために、途中で出の速い肩ガラを足す店もある。ともあれ筆者が思うに、高級中華とか本格中華などと名乗るならスープは漉すべきである(客数が多かった日の閉店間際、お湯に臭みを追加しただけみたいなスープを使わされると、疲れが倍加してたいへん切ない:濾す場合でも、取り置きスープをあまりに高い温度にしておくと簡単に酸化するので、ある程度気を使っている店では、衛生上必要な70℃弱で取り置きして高温が必要な用途には小鍋で再加熱して使っている)。また野菜類を入れている場合、煮すぎるとえぐ味や雑味が強まるので、野菜類だけでも取り除いておいた方がよい。
なお、灰汁は捨てるのが基本。灰汁というのはようするに、熱で変化しやすい水溶性の成分が固まったもの(油分も多く含んでおり、タンパクが凝固するとき脂肪酸類を抱きかかえるのだそうな)だが、これが入ったまま調理を続けると雑味が強くなる(フランス料理で言うシュックは、おそらく油溶性の成分主体でいったん高熱に晒されるため別物)。ステーキを焼くときに閉じ込める肉汁の成分と同じだから風味の元になる、という主張は完全な間違いではないが、ステーキだって焼肉だって肉の中心が100度に達して10分も20分も持続するくらいの超ウェルダンにしてやれば、肉汁の成分が雑味に変わる。だから、中華屋でこま切れ肉を揚げるとき(あんかけ炒飯をやるときに紹介する)は水洗いして水溶性の成分をある程度抜くし、グレイビーソースを作るときも肉汁は後から戻し入れ加熱時間を短くする(例外的な調理法として(本場かつ一部の)久留米ラーメンがあり、強烈な臭みと雑味が特徴)。和食なんかだと事情が違うようだが、少なくとも中華屋が中華スープを取る場合、灰汁がある程度まとまってから掬うのが普通。
茹豚を作るときに水からじっくり加熱してやるとわかるが、温度が上がってくると水が白く濁ってきて、沸騰して水蒸気に触れると紐が絡まったような灰汁に変わるのを観察できる。沸騰した水の温度が(気圧や不純物の加減にもよるがおおむね)100度なのは変えられないわけで、熱でまずくなる成分を捨てるのが灰汁取りという作業である(200度とかまで加熱できるなら、熱による変化も違うためまた話が変わってくる)。いわゆる低温調理をする場合は上記の限りではないが、再加熱をしない場合は温度管理をしっかりやろう(食品衛生法の75度1分とか「食品別の規格基準について」の63度30分なんかが基準になると思う:実際に試すときは最新の基準を各自で確認すること)。低温調理で肉を茹でた後茹汁だけ沸騰させると大量の灰汁が出ることでもわかるが、低い温度で茹でても水溶性の成分自体は肉の外に出る。もちろん、野菜の一部など、最初からえぐみとして含まれている成分を取り除くための灰汁取りもある。
スープを漉して使う場合、部位や下ごしらえや煮出し時間にもよるが、できあがりのスープは肉骨の2~3倍くらいが目安。1.5倍くらいにするとかなり濃いスープが取れて、溶液が濃い分ガラに残るダシが増える(通常は二湯(2番ダシ)を取る前提の使い方:トリガラを量の多さに任せていい所だけ煮出したらさっさと漉し、豚のゲンコツなど風味が力強いものを加え改めて煮出す)。炒飯のお供に小湯碗でそのまま出すなら、醤油、酒、塩、香辛料あたりを加える。他の飲食店でどうなのか筆者は知らないが、中華屋は味付けをあまり気にしないし、レシピを秘密にする人も少ない(大きい店だと人の出入りがあるので秘密にしたくてもできない、という事情はあるが、そもそもが普通のものを普通に使っているだけで、秘密にする意味が最初からなかったりする)。調味料はあくまで「味を調える」もの、だと思う。
シロートさんには強く言っておきたいのだが、中華屋にこんなことを聞いてはいけない。聞けば「アンタ商売舐めてんのか」と思われるのがオチである。個人経営の店でなら使っているところがないとは思わないが、それなりの規模の店ではまず使っていない。ハイミー(味の素よりちょっと高い)でさえ周りを伺いながら遠慮がちに使わなきゃならんというのに、ウェイパーなんていったいどこの高級中華店なんだと、こっちが聞きたいくらいである(しかし実は、ぱっと見の価格にインパクトがあるだけでそんなに高くなかったりする:オマケ参照)。中華屋が使うのは業務用の味の素(オマケでも触れるが、中華スープと相性がよい)。うまみ調味料は大半がこれで、ハイミーを置いていない店もある。
油についても誤解があると思う。中華屋といえばラードを使っているように思っている人がいるようだが、本流は白絞油。これはサラダ油ほど精製されていない油で、原料は大豆>なたね>綿実くらいの順にメジャー(「てんぷら油」と書いてあったら白絞であることが多く、ようするに「揚げ物で大量に使っても惜しくないような安い油」のことである:本当は違うが実際上)。もちろんラードもよく使うし、ラードしか使わない店も多いが、中華といったら大豆白絞、だと筆者は思う。ただし、大豆油には独特の匂いがあるため、安いグレードのサラダ油(白絞は数が出ないので結局似たような値段になる)で代用している店もある。他に使うのはごま油と、高級料理用の落花生油あたりだろうか。四川料理なんかでは菜種油も使う。
塩は普通の精製塩で、塩化ナトリウム99.9%だかのやつ。中華は味付けが濃いという印象を持っている人がいるかもしれないが、油の量はともかく、中華専門の店はあまり塩辛くない料理を出す傾向がある(単品でスープを注文したときのあの量を見ればわかると思うが、薄塩のものを大量に食べるスタイルが基本になっている:もちろん、気候が厳しい地域の郷土料理なんかを中心に濃い味のものもある)。醤油はキッコーマンが多い(中国でも人気で、日本風の醤油を普通名詞的に「キッコーマン」と呼ぶ地方もあるのだとか)。家庭用の醤油には「保存料を使用していません」が売り文句として書いてあるが、業務用の醤油には「保存料を使用しています」が売り文句として書いてある(のだと筆者は解釈している)。酒はたいてい紙パックの飲用酒で、黄酒なんかは中国人向けの店くらいでしか使っていない。砂糖もやたら使う(とくに中国人には砂糖好きが多い)が普通の上白糖。ごま油は中華の切り札なので、これだけはちょっといいもの(というか、スーパーで売っている普通の銘柄)を使おう。
プレーン炒飯には使わないが、中華調味料の類はテーオーが多く、ユウキが続いてたまにいし本、中国人がやっている店ではリキンキも見た。店が選んで使っているというよりは問屋の都合で、全部面倒を見てくれる問屋は上記のどれかを扱っていることが多い、のだと思う(街の作りや交通事情や業者数の影響で、都心の飲食店は仕入れを配達に頼るところが多い:中国人の経営者なんかは自分で買出しに行く人もいる)。豆板醤くらいならまだしも、業務用の芝麻醤や豆鼓醤を作っているところはそう多くない。かどやのごま油を使っているところだと芝麻醤(なぜか知らないが、筆者が知っている日本人の中華屋はみんな「チーマー」と略して呼ぶ:豆板醤を「トーバン」と略す人は見たことがない)もかどやにしていることがあるくらいだろうか。
食材も調味料も安物ばっかりで値段で選ばれている感が強いが、油は日清が大人気。中華屋にとって油は、勤め先の店を選ぶ(決め手にはなり得ないが)要素にもなり得る関心事である(どこの店の待遇がいいとかここの店の厨房が立派だとかいう話に「あそこはいい油使ってるよね」という話が混ざっても、面子によっては怪しまれない程度に:まあ「油がいい」という評価には厨房の中の人の評価も混じっているのではあるが)。中華屋の従業員も経営者も、大事なものとなるとブランド品に流れる人が(世間の水準よりもいっそう)多い。
ベーシックな具材といえばこの3種だろう。最安レベルのありきたりな材料でも、技術と気合と気配りさえあれば「わざわざお客さんが通ってきてくれる」炒飯は実際に作れるし、それができるから炒めは面白い。
卵は近隣の食品業者を全部当たって一番安いのを買う。そんなことのために労力を使いたくないという人はスーパーかコンビニで普通に買おう。溶いて使う場合は空気が混じらないよう手早く混ぜる。卵自体には味をつけないのが普通(だと思う)。揚州炒飯みたいな例外もあるが、事前に火を通すこともあまりない。大きさにもよるが、卵4個で225ccの中お玉1杯分くらい。もし大量に卵を使う店なら、炒飯用の卵は全卵4:卵黄1くらいの割合でブレンドしておくと仕上がりがよい(普通に全卵を使っても問題はない)。
肉はちょっと面倒。中華屋ならチャーシューの切れ端をこま切れにしたもの(筆者がいた店ではチャーコマと略して呼んでいた)でよいのだが、なければテキトーな肉でなんとかする(下ごしらえとして少ない油で炒めておく:醤油と少しの砂糖でやや濃いめに味付け、お好みで生姜をきかせてもよい)。実は牛肉も悪くない(牛丼とかにするようなこま切れが使いやすく、これも先に火を通して味をつけておく:もちろん、大きすぎるときは適宜切る)。なおチャーシュー(叉焼が肩ロースで焼肉がバラ肉なんだそうな)は調味料と香辛料を塗った肉を焼いて作る(タンドーリチキンとかと似た系統)のが本来だが、たいていの店では豚の肩ロースをスープで茹でて、荒熱を取ってから醤油ベースのタレに漬けて作る(茹豚の作り方はホイコーロをやるときに紹介する:茹でる前に焼き目をつけた方が仕上がりがよいし、いちおう「焼き」はしましたと言い張れる)。
タレを作るときは、酒1:砂糖2:醤油3(しょうゆ味)とか、酒1:砂糖1:醤油1(あまから)とか、塩1:酒2(しお味)といった「基準」の配分を設け、そこからの増減で考えることが多い(和風の家庭料理なんかでは、酒1:醤油1:みりん1にお好みで砂糖という組み合わせも一般的)。チャーシューを漬けるなら砂糖と酒をひっくり返し、酒2:砂糖1:醤油3くらいから始めて好みの分量を探ると手っ取り早いだろうか。ラーメン屋さんなんかは「醤油漬け」に近い作り方のところも多いが、中華屋のチャーシューは甘めのものが多い(ぶっちゃけ筆者はこの甘いチャーシューがあまり好きでなく、酒1:醤油3くらいで十分だと思う:漬けた後で甘味を足した汁をかける広東風の作り方もあるようで、そっちの方が無難だと思う)。漬けすぎるとしょっぱくなり、肩ロースのブロックまるごとでせいぜい90分くらい(砂糖を使ったとしても、このくらいの時間では染み込まず表面近くに留まる)。長時間漬けるときは醤油の量を少なくして、キッチンペーパーに包みポリ袋などに入れ空気を抜いて漬ける(あんまり中心まで塩が入るとチャーシューとしては使いにくいと思うけどね)。甘味も控えめにした方が無難(完全に染み込んでしまうとクドくなりがち)。
ネギは青い部分を荒めのみじん切りにする。粘りが出ている部分(新鮮なネギの粘液成分には旨みが含まれているので捨てる必要はなく、すぐ火を通す用途にはかえって適するが、ある程度の量を冷蔵庫に入れておく場合、水分が少ない方が扱いやすい:乾燥して見た目に嵩が減ったものでも、水分を補うとまたゼリー状に戻るらしい)は避けて、できれば切ってすぐ使いたい。中華屋では安物の食材を使うことが多いが、大量に使うために鮮度だけはいいものを使える(のが強みのはずだが、それを台無しにする人も必ずいる)。中華屋では野菜を洗わずに(泥がついているものは濡れた布巾で拭いて)使うことが多いが、筆者は家では洗っている(どうせガッツリ火を通すので感染症の問題はあまりないのかもしれないし、残留農薬なんかも基準が厳しくなっているので大丈夫なのかもしれないが、少なくとも気分的には洗いたい:あくまで炒め用の野菜の話であって、生食用の野菜は必ず十分に洗うこと)。なお、ネギと生姜とニンニクが中華の3大香味野菜で「葱姜蒜」(ツォン・ジャン・スワンまたはツォン・ジャン・ソン:必ずしも3種類全部を毎回使うわけではない)と呼ばれる。
飯を(卵と)炒めて炒飯なのだから、飯を炊かなくては話が始まらない。炊飯のメカニズムについては、このページのオマケや土鍋でご飯を炊くのページを参照。
米は極端に粘りのあるものを避けた方がよいが、銘柄にこだわる必要はない。多くの中華屋では、米も値段を基準に選んでいる(あまりに酷いものを買ってくると従業員の不満が爆発するので、ある程度の節度を持つのが普通ではある:中華レンジ2台回しで繁盛している店だと、平日でも1日に15kg前後、週末には下手をすると25kgくらい使うので、経営者がケチりたい気持ちもわからないではないが、仮に1月500kg使う米の10kg単価が500円違っても2万5千円で、売上や利益の規模を考えるとインパクトは大きくない)。注意すべき点として、米は精米すると鮮度が落ちやすい。冬季で60日、夏の盛りだと15日くらいで酸化が進む(精米しない状態で高温多湿を避ければ1年くらいは普通に保つ)。虫がつきやすい食材でもあるので、管理はキッチリとしたい。米びつは(中華屋では袋から直に計るところが多くほとんど使わないが、もし使う場合は)継ぎ足しにして使わず、必ず定期的に空にして掃除すること。
炒飯が大量に出る店では、半完成(店によって、味をつける直前だったり完全に調理したものを暖め直すだけだったり、さまざま)の状態で「炒飯種」を準備しておくところもあるが、油が酸化するとまずくなるため、せいぜいランチタイム用の裏技にとどめておくべきである。炊いた飯を保温ジャーで保温する(量が減ってきたら1箇所に集める)のは止むを得ないし、半日くらいなら保温しておいてもまあ大丈夫、実際には一晩置いたもの(量が少ない場合ジャーの中でステンボウルか丼を被せておくと少しマシ)も使わされるが炒めを頑張ればなんとかなる。
なお中国でも白飯で食べる米は短粒のジャポニカ米が主流。メジャーどころで長粒のインディカ米を主に使うのは広東料理くらい(そもそもジャポニカ米の発祥は長江流域らしく、日本で品種改良が大きく進んだのは事実だが、種として日本独自の米ではまったくない:また短粒長粒の別とジャポニカインディカの別は必ずしも一致しない)。中国北部ではタイ産の長粒インディカ米がブランド品化して、中国産をタイ産と偽るまがい物まで出回っているそうな。インディカ米の場合湯取り(洗って、熱湯に入れ、アルデンテに茹で、湯切りして、軽く火入れして、蒸らして完成、米は洗うだけで研がず、茹でる際or湯切りした後にお好みで油・酒・塩などを入れる:炒飯にするなら塩はいらないと思うが、料理酒を使うと最初から入っている)するのが一般的だが、多めの水加減で長めに浸水すれば炊飯器でも炊ける。
米の研ぎ方には実に多くの種類がある。中華屋で一番多いのは恐らくザル研ぎで、ボウルに水を張って米を金ザルごと入れて洗い、ボウルを外して流水を勢いよく当てながらザルのまま揺すって研ぐ(これを機械でやる水圧洗米機というのもある)。乱暴な研ぎ方だがザルの目から割れ米やゴミが落ちてくれる利点がある。ボウルで研ぐ場合でも、研いだ後どうせザルにあげる場合は、すすぎをザルだけでやった方がラクかもしれない(すすいだ後で乱暴に水を切ると研ぎが入って粉っぽくなるためやさしく)。反対にザルを使う場合でも、水に浮く米(虫食いの可能性が高い)は取り除きたいので、最初のすすぎだけボウルを併用した方が早いかもしれない。中国人がやっている店では袋研ぎのところもあり、布袋に米を入れて水をかけながらゴシゴシやり、さらに水をかけてすすぎ、袋のまま炊く。手間はかからないが割れ米などがそのまま残ってしまうのが欠点。
筆者が知っている一番優しい研ぎ方は、和食をやっていた親方に教えてもらった揉み研ぎで、米を両手に掬って拝むような感じで揉み合わせる。鍋やボウルの肌に擦りつけるようなことはせず、洗うのと研ぐのとの中間みたいな意識。左手に米を掬って右掌で研ぐ(鍋研ぎと同様だが、左手を使うことで米を鍋肌に当てない)方法もあるし、筆者は指でつまむような感じの揉み研ぎをすることもある。ただし優しく研ぐとはいっても、手放しに研ぎ方が浅ければ浅いほどよいとするのは、あまり賢い考え方ではないと思う(浅く研ぐのがダメということではないが、後のページでまた触れるように、糠にもうまみがあると思うなら、よく研いだ米に(糠の風味がよいものを選んで)玄米ないし単品の米糠を混ぜるのが中華屋の発想である)。
世間で一般的と思われる掌を使った鍋研ぎも、滑らせる距離だとかスピードの使い方だとか、バリエーションが無数にある。実害があるのかどうか筆者は知らないが、イメージ的に、樹脂加工された釜ではやりたくない研ぎ方。とくに、3合炊きくらいの小さな釜では手を動かしにくく効率もよくない。3~5合くらい研ぐときは、混ぜ研ぎ(5本の指を熊手のように(ガチョーンの形)広げ、米を混ぜるようにして研ぐ)が効率的だと思う。筆者自身は、ザル研ぎ(自分の家ではたいていこれ)、混ぜ研ぎ(ヨソで飯炊きをさせられるときはほとんどこれ)、揉み研ぎ(初めて買った米とか量が極端に少ないときとか)あたりを、用途と気分で使い分けている。炒飯にする場合は少し深めに研いだ方がラクなので、ボウルを使うのも一案。
どの研ぎ方でも、乾いた米に強い水流を当てないこと、最初に出るヌカを含んだ汁はさっさと捨てること、米粉が残らないようしっかりすすぐことが重要。研ぎ汁の表面に油のような粉のような膜が浮くときは研ぎが甘く、底から出てくる米粉の澱が粗い粒子になっていたら研ぎ過ぎである(ただし後のページでやる中華粥なんかに使うときは、洗ってすすぐだけで研がないことが多い)。研いだ後はすぐ水に浸す派といったんザルで水を切る派に分かれるが、筆者としては、よほど硬い(強い)米でなければ水切りは必須でないと思う。飯が大量に出る中華屋では、朝の仕込みの時点でまとめて米を研ぎ、水を切って大きなタッパー(というのは商品名だけど、もう普通名詞でいいでしょ)に入れ冷蔵庫に保管しておく。
また余談。米の研ぎ方に限らずそうなのだが、モノを識らない人はえてして、自分がたまたま聞き齧った方法を唯一正しいと信じ込んでいるものである。さらに悪いことに、他人をバカだと思いたがる傾向があり「米の研ぎ方なんて世の中には無数にある」ということは当然知っている前提で「米はどうやって研ぐんでしょうか」なんて聞くと「米の研ぎ方も知らないのか」的な返事が返ってきてびっくりすることがある。
炊き方といっても、店でも家庭でもたいていのところは、炊飯器のスイッチを入れたらあとは勝手に炊き上がるだけだと思う。保温ジャーを使う場合は(というか、ほぼ必ず使うだろうけど)飯布を使った方がラクで、布ごとひっくり返してからざっとほぐせばよい。飯布を使わない場合は、大きな飯ベラを使いケーキを切り分けるような感じで移す。重要なのは、適切に研いで、過不足なく浸水させて、ちゃんと蒸らして、蒸らし終わったら時間を置かずにほぐして、すぐに使わないときは保温ジャーに入れるという普通の手順をしっかり踏むこと。
ガス釜vs電気釜みたいなことが言われることもあるが、加熱さえできれば熱源なんてなんでもいいわけで、まあマイコンとかで細かく制御できる分電気の方が小細工はしやすいのかなといった程度だろう。ただし200Vが使えず大量に炊く必要がある場合には、火力の都合からガスしか選べない(のでたいていの中華屋はガス釜を使っている)。圧力鍋での炊飯は・・・筆者が試した限り、加熱時間が短縮できるのは間違いないのだが、水切りと圧抜きの時間が長めに必要なのでトータル時間がそれほど変わらなかった。米の表面組織が崩れやすい炊き方でベタっとしがちだし、後始末もやや面倒なので、炒飯にするなら避けた方がいいと思う。
使い終わった炊飯釜はお湯を張って15分くらい置き、タワシ(普通の亀の子束子でよい)で洗えば簡単にキレイになる。片付けの手際も料理の腕のうちなのでちゃんとできるようになりたい。樹脂加工の釜なら、使い終わってすぐお湯ですすぎ、食器洗いスポンジで洗えば、頑張らなくてもすぐにキレイになる(筆者は洗剤も使うが、一般的な家庭用の食器洗剤だとデンプン自体にはあまり効果がないらしい:食洗機用の洗剤とか業務用のアルカリ洗剤や酸素系洗剤なんかにはデンプンに効くものもけっこうあるし、白米にもそれなりに脂質(炊く前の米に対し質量で0.9%くらいだそうな)が含まれているし、汚れが乾いていたときには水が浸透しやすくなる効果もある)。
なぜだか知らないが、炊飯器の容量表示はメーカーによって異なり、マルゼンはキログラム+升、タニコーはリットル+升、タイガーや象印は升、リンナイは合で表記している(立体炊飯器と呼ばれる冷蔵庫みたいな大型機器になると、どのメーカーもキログラム表記が普通)。使う側からすると、米はキログラムで買ってくる(米袋は普通、1袋20kgか10kg3袋セットの30kgで、一斗とか一俵とかの単位で買うことはまずない)都合から、マルゼン方式がわかりやすいような気がする(慣れればどれでも一緒だけど)。
いよいよである。上で用意した、卵と肉とネギだけの炒飯を便宜上プレーン炒飯と(勝手に)呼ぶ。
分量は感覚。炒飯1人前は何gかと聞かれると筆者も困るのだが、多くの中華屋では「2号(中=6両≒225ccあるいは240cc前後)お玉に乗るだけ乗せて皿に返した量」を基準にしているだろうから、多分300gくらいだと思う(ふわっと炒めてあれば見た目ほどは重くない、はず)。いちおうの目安として重量で、油1:卵5:飯15くらい(油の分量には油返しに使う分と仕上げ油を含まない:上達すればするほど蒸発させられる油の量が増えるので、自分の感覚で調整するしかない)。溶き卵75gに対して飯が225g(大盛1膳~丼1膳)の油が15g(大匙1杯ちょい)で、油分と水分が蒸発する分とかネギとか肉とか考え合わせると仕上がり300gちょいになるだろうか。
上の分量はおそらく、中華屋でない飲食店で「チャーハン」として出しているメニューよりも、卵が多いのではないかと思う。できあがり300g(繰り返しているようにできあがりで何グラムなのか筆者は正確に知らない:とにかく中お玉山盛り1杯分)に対して卵60g(L玉1個の中身くらい)というのは、卵10gを飯10gと入れ替えると(ざっくり計算の材料費で)3円くらいは違うので料理を作る立場からの意見だけ聞くわけにはいかないのだろうが、プレーンチャーハン用にはやや少ないと思う(卵がメインを張るメニューだからであって、後のページで触れるエビチャーハンなんかは少なめの卵で作ることが多い)。3人前作るならL玉4個(240gだからちょうど中お玉に1杯、1人前80g)で作りたいのが本音だろう(現実的にはこの分量で4人前作れと言われることの方が多いのかもしれないけど)。なおほとんどの中華屋ではポットに大量の卵をあらかじめ溶いておくが、使う都度に卵を溶く場合や溶かずに使う場合は、卵の大きさに他の材料を合わせるしかない。火力に不安がある場合はできるだけ少ないor小さい卵を使って他も相応に減らそう。
ご飯は熱い方がよいが、過剰な加熱は避ける(保温ジャーから普通に使えばよく、電子レンジ加熱などはしない)。卵は常温に近いくらいだと鍋の温度が下がりにくいが、割った卵は痛みが速いので、すぐ使う分以外は(もしまとめて割ったら)冷蔵庫に入れておくのが普通(卵を都度割って使う場合は、常温で扱う店もある:業務用の卵は流通の時点から常温だし)。流儀は数え切れないくらいあるので鉄則ではないが、少なくともここで紹介する炒飯の場合、卵自体には下味をつけないので覚えておいて欲しい。調味料は食材表面の水分が飛んだところで一気に入れ、表面にだけ味の濃い層を薄く作るのがポイントになる。ネギと肉は一緒の小皿に用意しておく。最初のうちは油分をうまく飛ばせなかったり染み込ませてしまったりするので、大豆白絞ではなくこめ油や紅花油などクセのないものを使うのが無難。
調味料もあらかじめ混ぜておくが難しいのは塩で、他はともかくこれだけはバッチリ決めないと酷いことになる。詳しくはいろいろな炒飯のページのオマケに譲るが、目安としては仕上がり100gに対して(合計の)塩分が1g、肉についている味も加味するなら、仕上がり300gに対して塩小匙半分(2.5gくらい)といったところか。筆者としては、プレーン炒飯は白飯の互換品だと思うわけで、薄味にした方が食べやすいし風味も楽しめるような気がする(ので筆者の塩加減は上記より控えめ)。油の量もできあがり300gに対して大匙1くらいと書いたが、大匙2くらい使う店もあるだろうと思う(油の量は飯粒の状態に合わせるもので、飯の水分が多いほど油も多く使う:作り置きせずにチャーハンを作るときは保温してあった飯を使うことが多く、上の分量もその場合のものなので、炊きたての飯を使うときはもう少し油が増える)。まあともかく調味料の準備として、適量の塩を小皿に盛ったら味の素とコショウを一振り加えておく。
またまた脱線になるが、プレーン炒飯と味の素は素晴らしいマッチングを見せる。飯を卵と炒めるというのはたいへん画期的な調理法で、味の素なしでもうまい炒飯は作れる、というか歴史を考えたらほとんどの炒飯には味の素なんて入っていなかった。しかし、あんかけでない炒飯には他の炒め料理と違い「スープを入れるチャンス」が(入れるレシピも次のページで紹介するが、普通は)ない。水分を増やさずにうまみ(グルタミン酸)を補える味の素は、まさにうってつけの調味料なのである。なお、イノシン酸は肉だけで十分というか、全体に広がっているより散在している方が味覚を刺激しやすい(と思う)ので、ハイミー(クドい感じになりがち)ではなく味の素がよい。量もごく控えめに使う。
先に断っておくが、この調理法は設備が整った安全な厨房で、アマチュアの人は熟練者の付き添いを得て練習して欲しい。中華コンロを使っていない限り、火力は常に全開でよい(ただしこれは炒飯に限った話で、慣れないうちに普通の炒めを本当に高い温度から始めるときは、お玉に水滴がついてないかどうかしっかり確認し、食材を入れる数秒間だけでも火を消しておいた方が安全:燃えている油に水を入れると勢いよく燃え広がるのは有名だが、煙がさかんに出るくらい熱した油だと、火を消した状態でも水分が入ると一気に燃え上がる)。なお中華屋では、わーっと勢いよく混ぜる場合は「鍋を煽る」、中身をパタっとひっくり返す場合は「鍋を返す」と表現することが多い。
まずは鍋を焼いて油を返す。卵に吸わせる分の油と飯を炒める分の油を別に用意するやり方もあるが、ここでは一緒くたでやる(火力が足りていて動作に自信があれば継ぎ足した方がコントロールが効くし安全)。分量の油を熱して煙がモウっと(普通の新しいサラダ油でよほど分量が多くないのなら、モクモク出るのはやりすぎ)出てきたら、鍋をくるりと傾けて油を広げ、お玉から卵を入れて油と和える。仕上がりの半分以上はここが上手いか下手かで決まると思ってよい。1点にドボっと入れるのではなく(お玉に卵を入れたまま油を混ぜるような感覚で)回し入れ、激しい混ぜ方は避ける(局部的に温度が下がるとその部分でくっつき、結果的にコゲになる)。
十分な量と温度の油であれば卵が膨らんでツヤっとした感じになるはずなので飯を入れる。ここでもお玉を使った方がスムーズだし安全(蒸発する温度まで熱した油がハネて身体にかかると、痛すぎて悲鳴も出ないくらい痛いし、数年は跡が消えない火傷になる)。鍋の上(低い位置)にお玉をかざして、器からお玉に着地させるように飯を移し、サっと置くようにお玉を外してすぐ混ぜに入る。もし卵を焦がすとしたらおそらくここなので、飯をやや手前に入れて直後に鍋を返し、飯の上にオムレツが乗ったような格好を作ってもよい(ただし油ハネに注意して派手なアクションは控える)。
ダマをほぐしながら混ぜて、油が黒くなるちょっと手前の温度をキープしながら、香りが変わるのを待つ。ここまで来れば注意が必要なのは温度管理だけである。比較的ヒマになるので、慣れてくればスープの用意とかちょっとした片づけをすることもできるし、本当に追い詰められると焼き上がった餃子を盛り付けて出しながら新規の客に水を出して注文を聞きながら炒め続けることも不可能ではない(が、筆者は二度とやりたいと思わない)。
中華コンロを使っていない場合、キッチリ混ぜてさえいれば仕上げ以外で煽る必要はほぼない。というか、鍋を炎から遠ざけると当然温度が下がるわけだし、空気と触れることでも温度が下がるので、返すのは温度が上がり過ぎたときだけに留める。もちろん、鍋を持ち上げてブンブン振り回すのはご法度である(そもそも中華鍋ってのは五徳から持ち上げないで使うものだし、持ち上げて振り回してたら腕とか肩とか痛くなるだろうと思うのだが)。本当は(マンジュウの切り欠けに合わせて)Vの字に混ぜると火力を効果的に使えるのだが、火力が足りているなら単に円を描いてグルグル混ぜているだけでもちゃんと作れる(半日ぶっ通しで炒める場合、こういう省エネがけっこう重要になる)。
卵の香りが変わってきたら、手早く何回か煽る。ここで煽るのは温度を下げるためと水分を飛ばすためで、水蒸気を追い出すのと引き換えに潜熱で持っていかれて温度が下がる。水蒸気が抜けたら、ネギと肉を入れてひと混ぜ、調味料を入れてもうひと混ぜして、火力が足りているなら鍋の温度を上げ、また手早く煽って塩分に引き出された水気を飛ばし、ごま油を少しだけたらして混ぜたら完成。火力が足りない場合、いったん煽ると(炒めに許される時間の中では)もう二度と温度は上がらないので、2回目の煽りをごく短くやりすぐごま油でよい。なお、卵の香りを出すのにかかる時間は(鍋の面積と)作る分量によるため、当然ながら炒め時間も分量によって変わる。
器の話をしていなかったが、好きなものを使えばよい。ただしドンブリ状のものは蒸気が下にたまるので避けた方がよい。平たい皿に鍋から掻き出すような感じでサラっと盛るのが筆者好みだが、ドーム形に盛りたい場合は左手で鍋を煽って炒飯をお玉に着地させ、水を切るような動きで隙間を減らしてから皿に返す。お玉と鍋で挟むようにして成型する方法もあるが、筆者としては、ふんわり炒めた炒飯を押しつぶして盛り付けるのには反対である。
中華レンジを使っている場合は水が手近にあるはずなので、盛り付けの前にお玉を水ですすぎ、鍋のヘリでカンと叩いて余分な水を落としてから盛り付けるとくっつきにくい(ちゃんと炒めてあれば、んなことしなくてもくっつかないけど)。調味料を事前に混ぜずにお玉で取る場合、お玉に調味料が残っていることもまれにあるため水洗いは必ずやった方がよい。
付け合せについても触れていなかったが、これもお好みで。紅生姜(汁が染みないように工夫したい)とかミント(苦手でなければ香菜でも)の葉なんかを添えると色合いが鮮やかになるし、松の実とか揚げにんにく(丸揚げじゃなくて薄いやつor砕いたやつ)を小皿に出すのも悪くない。ちなみに筆者が自分で食べるときは何も添えない。
炒飯の賞味期限はだいたい2分間くらい(ただし1口め限定)だが、30秒くらいは落ち着かせた方がよい。上記の手順でキッチリ炒めた場合、できた直後の炒飯をすぐ食べると、噴出す大量の湯気とともに「熱い!しょっぱい!油が多い!・・・と思ったけどそうでもないか」という感覚を繰り返し味わえる。風味が濃縮された高温の油が食材の表面にだけ薄くまとわりついているためで、このバランスが「うまく崩れる」のに必要な時間が30~120秒くらいなのである。
どうだろう、うまく作れただろうか。毎日作っていれば3か月くらいでなんとか形にはなるので頑張って欲しい。
一番大きな仕上がりの差はやはり香りである。中華料理を毎日仕事で作っている人なら、隣で煽っている炒飯がキッチリ炒められているかどうか、味なんて見なくても香りでわかる(厨房の強烈な換気の中でも)。香りをしっかり出すには油と高温の両方が必要で、ぬるい油では香りは出ないし、高温でも油が足りないと卵焼きにしかならない(卵焼きならまだしも、ゆで卵みたいな見た目と香りになってしまったら大失敗である)。十分な量の油を高温に保てば、どんどん香りを引き出しながら、油の蒸発によって(ちょうどスープを煮詰めるように)濃縮することができる。
仕上げた時点での水と油の量と状態もチェックしておきたい。温度が高すぎると油が黒く変色し、低すぎると油が蒸発せず水だけ蒸発してベトベトに、温度が高くてかつ油が足りないと飯が焼けてパサパサに、温度が低くてかつ油が足りないと粘りが出る(これらの仕上がり方が即ダメだというわけではなく、浅黒くなるまで温度を上げて炒めるのも筆者はけっこう好きだし、濃い味であえて少しパサっと仕上げるのも面白い)。
盛り付けた直後に湯気が(ある程度は出るものだが、邪魔になるほど)大量に出てくるのは、最後の煽り(筆者は「息抜き」と呼んでいる)で水蒸気を十分に飛ばせていないため。飯粒の中には水分を閉じ込めておくべきだが、表面の水分は飛ばして作る。炒めというのは高温の油で短時間加熱する調理方法であり、ゆっくり加熱すると食材全体が均一に仕上がるが、一気に加熱すると表面と中心の状態に差ができる。反対からいうと、内部と表面に差を作るのが炒めであって、ここでいう「表面」の領域は浅ければ浅いだけ食感がよい。
キッチリ油を飛ばせば、食べ終わった後の炒飯皿に油がベットリ残っているようなことはない(食べる人が自分でラー油をドッサリかけたりしなければ)。理想的な炒め方ができれば、ちょうど油が切れた(蒸発し切ってなくなった)ところが仕上げのタイミングと重なり、仕上げ油で少し補って盛り付け、という流れになるはずである(もし途中で油が切れてきたら、仕上がる頃にちょうど切れるくらいの量を足せばよい)。食べ終わった後の皿に残る油の感じとしては、点線になるくらい(の仕上がりを好む人もいるだろうがバランスとして)だとやや多め、細かい点々になるくらいだとやや少なめくらいだろうか。プレーンチャーハンの場合は卵の影響でやや特殊だし、あくまでイメージであって実際と食い違うことも多いが、中華の「炒」は「少量の油で揚げてから油を焼き飛ばす」イメージにかなり近い。
炒飯がベトベトになるのは水分の抜き方がゆっくりだからで、表面の水分だけをスパっと飛ばして、そこに油が取って代わり、内部の水分を閉じ込めるのが本来の仕上がりである。もしチンタラ加熱していると、表面から追い出す水の量が中から染み出てくる水の量に追いつかず、いつまでも米の表面を水が支配する状態が続く。水をどかさないと油が入り込めないため蒸発が続き、外はベトベト中はパサパサな仕上がりになる。炒めの大前提は、水をどかして油の膜を作ることと表面を焼き固めることにある(俗に「油が回る」という言い方をする:もちろん、あえてそこを外すこともあるが、それは上級者向けの技法)。これらがしっかりできれば炒めは失敗しない。プレーンチャーハンではその先に、すでに挙げた「油溶性の風味成分を引き出して濃縮すること」を目標として設定している。
しかしまあぶっちゃけた話、キレイな鍋をちゃんと焼いて油を極端に(途中で足しても間に合わないほど)ケチらなければ、温度管理で大失敗したりムチャな量を煽ったりしない限りそれなりには仕上がるのが炒飯である。難しいのは卵を入れてから混ぜが安定するまでのせいぜい10秒間くらいだけだろう。
中華屋が作っているものを少量口に入れて味を見るというのは、仕込みのとき、汁物ないし汁が出る料理を作るとき(お玉に口を近付けて空気ごと吸い込むのだが、オープンキッチンだとお玉に口をつけているように見え、やりにくい)、普段作らない分量で作るとき、なにか失敗したような気がしてならないときくらいである。少なくとも、炒飯を1人前作るときに(経営者から有無を言わさず命じられない限り)舌で味を見る中華屋を、筆者は見たことがない(和食や洋食から転向した人は除く)。
実際に中華屋の厨房に立ってみればわかるが、あの灼熱地獄で油煙に包まれながら半日鍋を振っていれば、味覚なんてすぐ使い物にならなくなる。筆者はある同僚に「ラーメンスープに塩を入れたかどうか、どうしてもわからないから味を見て欲しい」と頼まれたことがある(疑うのは読者の自由だがまったくの事実)。だいたい、食べて味がわかる段階まで調理してしまってから「いまこんな味だからあれをこうして」なんて考えても(最後の最後で微妙な調整をするのはアリだと思うが)手遅れである。
頼るべきはまず鼻(中華屋というのは何でも匂いを嗅ぎたがる人が多く、布巾がキレイかどうかも臭いで確認する人がいる:地方によるのかもしれないが、中国人の中華屋には食品が腐るor痛むことを「臭くなる」と言う人が多い)、味付けは目と手(塩をお玉で取るか左手で取るかは流儀によるが、どちらであっても手と目の両方を使う)、鍋の中の状態は耳も使って判断する。
もちろん、各段階の仕事をキッチリとやって間違いなく普段どおりといえる準備をすること(反対から言えば、確認する必要性を事前に減らしておくこと)も重要である。粉末の調味料をダマにする奴は嫌われるし、醤油に水気を入れる人は会社での地位が偉くても尊敬されない。
米は硬く炊かず普通に白飯として食べておいしい水加減で炊く、というのも人によってバラバラなので語弊があるがとにかく、炒飯だからといってわざわざ水を減らすようなことはしない。飯を炒めると水分も急速に蒸発するため、減らすとバランスが取れない。硬い米を使う炒飯ももちろんあるが、硬い米を十分な水で炊くのと柔らかい米を不十分な水で炊くのはわけが違う。柔らかすぎるときは油を増やして少ない分量をごく強火で炒めればある程度リカバリーできるが、中華レンジを使わないとムリだと思う。
ラードを使うと風味が強まる。あんまりヘルシーではないのだが、とにかく濃い味を求める需要もたしかにあるわけで、ぶっちゃけ、油はラードとごま油(とラー油)しか置いていないという中華屋もけっこうある。100%で使わなくても、油馴らしまでは普通にサラダ油でやってラードを足すとか、最初からブレンドしておく手もある。油を3段階(卵に吸わせる用と米を炒める用と仕上げ用)に使うやり方なら、炒め油をネギ油(ツォンユーまたはツォンヨウと呼ばれ既製品も出ているが、ネギを油で煮出すイメージでじっくり加熱するだけで作れるし、その方が風味もよい)にして、そっちにラードを使うのも(筆者はやったことがないが)よいかもしれない。
油の香り付け(香爆(シャンバオ)という)は普通の炒めでは常套手段だが、炒飯で卵に吸わせる方の油に香りを付つけるのは上級者向けだと思う。ガーリックオイル的なものを炒め油に使うのは、風味が誤魔化されるものの実用的ではあるが、中華で蒜油(ソンユーでいいのかな)というのはあんまり聞かない(油蒜(フライドガーリック)は普通に使うので、揚げた油も使うんだとは思う:俗にマー油と呼ばれている焦がしニンニクを主体とした香味油は、熊本ラーメンを中心に広まったものらしく、中華の調味料ではない)。仕上げ油をラー油(中国唐辛子(辣椒)の香味油)や花椒油(ホアジャオユー:中国山椒の香味油)にするのも、好み次第ではアリかもしれない。仕上げに醤油を入れる作り方も一般的だろうと思うが、チャーシューの切れ端(とくに醤油漬けに近い作り方のもの)を入れている場合は必須でなく、香りがボケるような気がするので筆者はやらない。
次の仕事の段取りとしての「片付け」は各自がやりやすいようにやればよいだけなので、ここではまた中華屋の事情紹介を中心にする。
粉末の調味料は毎日篩い(使うのは金ザルだけど)にかけ、調味料の器(油が付いている)も毎日洗う。お玉や左手で調味料を取るので、ある程度のダマはどうしてもできてしまう。たいていのところでは、新聞紙の上で金ザルに調味料を入れてふるい、場合によってはすりこぎみたいなものでダマを潰し、乾かしておいた替えの容器に戻して、汚れた容器を洗う、といった感じでやっている。
液体の調味料も金ザルで漉す。漉紙みたいなものを使っている店は、少なくとも筆者は見たことがなく、調味料を漉すときもラー油を作ったときも金網だけのザルで漉す。液体調味料や油類はほとんど常温保存される。中華レンジの下は棚になっており、口を開けた一斗缶や鍋やジャーレンなどを収納できる(水を流して厨房の掃除をする前提なので、少し高さがある)。
食材は、切りかけで残るということがまずないし、普通は買ってきたものをすぐ使うのであまり保管しない。いちおう、長ネギ・青菜・ショウガあたりは冷蔵庫に入れ、玉ネギ・ニンジン・ニンニクなんかは常温保管することが多いと思う。割っていない卵や炒め場で使う溶き卵は常温保存するが、溶き卵を翌日に持ち越すときは冷蔵庫に入れる(そりゃさすがにそうか)。飯は保温しっぱなしのところが多いと思うが、分量相応のジャーを使った方が劣化が少ない。
中華屋には食器拭きがない。置いている店もあるかもしれないが筆者は見たことがない。少なくとも営業中は、手洗いして食器洗浄機ですすいで水を切ったら棚に置き、すぐまた使う。客数が多いので拭いている暇などない(限界近く忙しい店だと、中華レンジ2発の茹で麺・餃子焼き各1台に洗い場1箇所のレイアウトで1日500人以上の客を捌く:中華レンジ1発の店でも200人超えは普通にある)。食器を使う前に傾けて水滴を落とすのは、中華屋の標準的な作法である。
鍋拭き布は、汚れがキツいのでまな板拭きなんかと一緒に洗いたくはないし、鍋を拭くものだけに雑巾と一緒にするわけにもいかず、意外とメンドクサイ。食器用洗剤か洗濯石鹸を使ってシンクの中で手洗いする店もあれば、完全な使い捨てにしているところもある。デッキブラシはほぼすべての中華屋にあるはずだが、水切りワイパーを置いている店はあまりない。厨房の清掃用に車を洗うスポンジを(最初はたいてい自腹で)持ってくる人が必ずおり、いつの間にかみんなそれしか使わなくなる。
中華包丁の収納は家庭だと大変困る(筆者はキッチンの引き出しに寝かせて入れている)のだが、中華屋に行くとたいていオリジナルの包丁立て(器用な奴がその辺の材料で自作したものとか、キッチンを改装するときに大工さんが作ってくれたものだとか)を使っている。業務用の厨房機器カタログを見ると、中華包丁用のスタンドor包丁差しも売られてはいるようだがお高い。
余談だが、中華屋には必ず巨大なボウルがある(測ったことはないが、おそらく90cmくらいの直径が標準的だと思う:強度が問題になるのでほぼ100%ステンレス製)。餃子の餡を練るのも、戻したきくらげを洗うのも、米のざる研ぎでザルにあてがうのもこれで、店によっては直火にかけて煮込み物の仕込をすることもある。入手性がよくない機器なので、自称中華専門の業者がオシャレな調理器具のカタログを片手に売り込みにきたとき「ボウルは扱ってるの?」で追い返すことができる(中華屋には不可欠な器具なので、それを扱っていないということはドシロウトで間違いない)。
加熱調理を知ることは水の振舞いを知ることだ、とかなんとか怪しげなことを言えてしまうほど、水というのは特異で重要な働きを持っている。
水は比熱(顕熱)が大きい液体だが、気体になるときの潜熱(蒸発潜熱)もバカデカイ。1gの液体の水の温度を1K(ないし1℃)上昇させるのに必要なエネルギーは、条件にもよるがおおむね4.18~4.20J(ないし1cal)、0度から100度に上昇させるときは420J(100cal)ほどになる。いっぽう1gの液体の水を気体である水蒸気に変えるには、100℃のときで2254J(539cal)のエネルギーが必要になる。つまり、0度の液体の水を100度に熱するためのエネルギーより、100度の液体の水を100度の水蒸気に変えるためのエネルギーの方が5倍以上大きい。
このため、水が沸騰しているとか、揚げ物で泡がたくさん出ているとかいった状況では、膨大なエネルギー(熱量)が水の蒸発に使われていることになる。反対にいうと、水が大量の熱を奪っている状況といえる(過熱水蒸気オーブンなんかはその反対をやっている)。だから、温度を上げるにはまず水の沸騰を止めてやることが必要で、鍋の中に100度近い水が豊富にあり熱伝導がとくに妨げられていないとき、加えられた熱量のほとんどは水の蒸発に使われ、熱収支を水が支配しているような格好になる。汁が切れた煮物が焦げ付くのも、圧力鍋で加圧すると高温調理できるのもこの影響といえる。加熱調理で水分のコントロールが重要になる理由のひとつである。
数字を出しておくと、23KWの中華コンロが50%の効率だとして11.5KJ/秒だから1gの熱湯を蒸発させるのに2秒くらい=1分に30gくらい、11.5KWの業務用コンロならその半分、4.6KWの家庭用強火力コンロなら5分の1くらいの蒸発量ということになる。水でなく油の場合、顕熱はだいたい水の半分程度(ただし食用油の沸点は300度を超えるものが多く、沸騰する前に発火する)、潜熱は「サフラワ油」の300度における推定値で360J/g程度だという資料があった(食用油の蒸気圧の測定、村田敏、田中史彦、河野俊夫:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsam1937/54/Supplement/54_Supplement_331/_pdf)。ただし加熱調理では、水と油はセットで出て行くと考えた方が実際に近いはず(湯気の主成分が水蒸気でなく細かい水滴なのと同様、油煙の主成分も気化した油ではなく液体の油で、水分と油分を混ぜて加熱しているときには(沸点の低い水の方が量は多いはずだが)両方が混ざって出てくる:沸騰しない程度の高温でも気化は(低温よりも)盛んになるが、油の揮発性は種類によって大きく異なる)。
なお水の沸点(飽和温度)は、不純物の構成にもよるが、大気圧(標準気圧=101325Pa=1013.25hPa=101.325kPa=0.101325MPaだが、1気圧=100kPaで概算してもそう大きな誤差はない)で100度くらい、1.6気圧で115度弱、2気圧で120度ちょい、以後伸び悩み10気圧で180度くらい、100気圧でも310度ちょい、臨界点(相転移が起こる限界)が220気圧弱で373.95度。湯気も白く見えている部分は(水蒸気が冷えてできた細かな)液体の水で、水蒸気自体は白くない。分野にもよるが、理科方面では飽和温度より高い温度の気体を過熱蒸気と呼び、水の場合100度より高い温度の水蒸気が過熱水蒸気になる。
さらに余談を引き伸ばすと、レトルト食品の加圧殺菌を行うオートクレーブという機械(液体の水を使うものと水蒸気を使うものがある)は、2気圧の125度とか3.5気圧の140度くらいまで対応しているものが多い(実際の処理は中心温度120度4分が標準らしく、130度以上の場合ハイレトルトと呼ばれる:加熱時間と冷却時間があるので、4分で殺菌が終わるわけではない)。もちろん、水より沸点の高い液体(油とか)はいくらでもあるので、常圧でも120度とか140度での殺菌ができないわけではないが、普通の食品だと中身が沸騰して袋が爆発する。
メカニズムの概要については土鍋でご飯を炊くのページに譲り、ここでは米の内部と周辺で何が起きているのかに注目してみたい。
まず、研ぎで表面の糠が落ちる。水と出会ったことでアミラーゼ(ジアスターゼ)が働き始め、デンプンを分解する(糖化:分解には十分な水が必要なことに注意)。米のアミラーゼは40~60度くらいが至適温度らしく、お湯で米を研ぐと分解されて水溶性になった成分が捨てられてしまう(捨てなければ再吸収されるので、浸水したあと水を換えずに炊くならぬるま湯で浸水しても問題ない)。この時点で、ある程度の水分が主に胚芽の部分から内部に浸透するそうな。
温度を上げていくと豊富な水に接している表面の糊化(α化)が進む(70度くらいからだそうな)。対流が生じてくると表面から高分子がはがれて保水力が落ち、内部にも多量の水分が入り込む(スパゲティを茹でるときなんかは、対流によるぶつかり合いがあれば必ずしも100度の温度は必要でないとも聞くが、米の場合100度から90度に温度が下がると糊化が5倍くらい遅くなるらしく、実際上100度以上の高温が必要になる、はず)。対流できない程度まで自由水が減ったら蒸らしの工程。表面に多く中心部に少なかった水分が均一に移動し糊化が全体に広がるための時間が蒸らしで、米内部の糊化を促進するために高めの温度を保つ必要がある。
むらし終えた飯を空気に触れさせると、表面が冷却されて老化(β化)が起きる。これはようするにデンプンの再結晶で、具体的には水を吐き出して硬くなる(片栗で作ったあんかけが冷えると水を出すのも同じ理屈)。飯の場合は蒸らし終わったら空気に当てて、表面を少し引き締めつつ余分な水分は飛ばすのが普通。
塩分の「効き」にはだいたいの段階があって、全体が100gに対して食塩相当量で0.9g(生理食塩水と同じ濃度)というのが、単品で量を食べられる目安になる。たとえば炒飯とかトーストとか、単品で食べることがある料理(味付き主食)のラインである。ソーセージなど元が(塩味の)保存食のもの、カレーのルーやスパゲティのミートソースのようにかけて食べるタイプのものは、2倍の1.8gくらいが目安になる。一般的なおかず類は、中間の1.0~1.8gあたり、とくに1.3~1.7gくらいの範囲に多い(水分量にも左右され、揚げ物の冷凍食品なんかは2%くらいのものがある)。炊き込みご飯のような、単体では食べない味付き主食では0.5gくらい、スープ類(味噌汁含む)はばらつきが大きいが、おおむね0.9g前後。なお重さを基準にすると水分が少ない食品の塩分が多く見え、煮干し(減塩のもあるけど)や佃煮類やビーフジャーキーなんかは100gあたり4gを超えるものも多い。
ただし、食事量に対して塩分が0.9%というのは総量がかなり多くなる。2020年修正の値で、WHOの減塩目標が5g、日本高血圧学会による治療時の推奨で6g、厚生労働省の目標量で7.5g(男性)、国民健康栄養調査による成人男性の平均摂取量は11g前後(調査年により多少変動)らしい(参考:https://www.jpnsh.jp/com_salt.html)。仮に男性の標準的な食事量を1200g/日とすると、5gは0.417%、6gは0.500%、7.5gは0.625%。11gは0.917%に相当する。つまり1200gの0.9%で11gというのは、日本人(の成人男性)が日常的に摂取している量ではあるが、健康面の評価からいえば多すぎる、といってよい。0.9%くらいの塩分を含む料理が、メニューの一部にあるとか、3度の食事のうち1回あるといった程度なら差し支えないのかもしれないが、常に食べ続けるのは健康的でないかもしれない。
なお、塩化ナトリウム(CAS番号7647-14-5)のヒト推定致死量は0.5~5g/kgと言われることが多く、LD50は3g/kgと推定するのが一般的なよう。日本医薬品添加剤協会の安全性データによると、単回投与でのマウス経口LD50が4.0g/kg、ラット経口LD50が3.0g/kg、反復投与毒性(高血圧症の進行)があり、がん原性(ラットで腺胃及び前胃の腫瘍を促進)と生殖発生毒性(マウス高用量で胎児毒性及び催奇形性)も指摘されているし、ヒト成人について「0.5~1 g/kgの摂取は,殆どの患者において毒性を示した」(Ellenhorn, M.J. and D.G. Barceloux: Medical Toxicology - Diagnosis and Treatment of Human Poisoning. New York, NY: Elsevier Science Publishing Co., Inc. 1988, p. 545)という報告もある(根拠のない推測だが、食塩の「致死量」を0.5~1g/kgとする言及があるのは、これを急性経口LD0に援用したものかもしれない:急性経口NOELが0.5g/kgと解釈される場合もあるように見受けるが、どちらにどの程度強い根拠があるのか、調べられなかった)。
塩分の重量濃度が2%(食塩水100gのうち塩が2g)を超えたくらいからデンプンの糊化に影響を与え、フランス式にパスタ類を茹でるときは2.5%くらいの濃度にするという(パスタ100gに対して水1Lとして、2.5%なら25gちょい=大匙2弱、というか大匙山盛り1くらい:ただし熱湯洗いで塩分を取り除く前提、そのまま使うなら1%くらいが限度)。海水の塩分は3%ちょっと、平均的には海水100gのうち、塩化ナトリウム2.5g+塩化マグネシウム0.5g+硫酸ナトリウムなどその他の塩類が0.5gくらい(調べてみたら名古屋工業大学が詳細な資料を公開していた)。魚介類の下茹でなどで「海水くらいの塩水」という場合、水3Lに対しにがり入りの塩を100gくらい使う(30:1)。100gあたりの食塩相当量は、醤油で14~17gくらい、味噌で11~13gくらい、中濃ソース・ウスターソース5~9g、トマトケチャップや希釈した麺つゆ3~4g、料理酒が2~2.5g、マヨネーズが2g前後、加塩バターで1.5g前後。
塩分の重量濃度が10%くらいを超えると保存料として機能するようになるが、そのままだとさすがに塩辛いので塩抜きが必要(市販の梅干が10%前後の塩分で、昔ながらの製法だと20%ちょっとらしい)。中華屋で塩抜きするものといえばメンマとザーサイで、メンマは鍋で茹で、ザーサイは切って洗って真水に漬けて絞る。一般に「呼び塩」と呼ばれるのは塩分を引き出すための塩ではなく、食品内部に過剰な水分が移動しないようゆっくりと塩分濃度を下げるための手法。食塩水の飽和量(溶解度)は0~100度で重量濃度26~28%くらい(水100gに対して35gちょっと)。アルコールほどは親水性が高くないらしく、飽和食塩水にエタノールを加えると食塩が析出する。油脂やエタノールにはほとんど不溶。
赤身の肉は、およそ75%の水と20%のタンパクとその他5%くらいからなる。タンパクのうち60%くらいが原線維タンパク(アクチン、ミオシン、アクトミオシンなど:塩溶性)、30%くらいが筋漿タンパク(ミオグロビンなど:溶液成分なので流出しやすい)、10%くらいが結合織タンパク(コラーゲンなど)ということになっている。
筋原繊維タンパクを加熱すると65℃くらいから収縮しはじめ、70℃以上になると固くなり、80℃付近で収縮が止まる。干していないタコやイカや魚などが加熱で硬くなるのは大部分がこの影響(豚肉や牛肉の場合も歯ごたえが増す)。いっぽう肉の硬さはコラーゲンが支配的に左右しており、65℃で収縮を始め、75~85℃で軟化(ゼラチン化)し始める(公共財団法人日本食肉消費総合センターの解説記事より)。
タンパクが変性するということは、非芽胞菌が不活になるのも(もちろん例外はあるが)だいたいこの辺の温度ということで、たとえばサルモネラ菌は68度3.5分で不活となる(菌以外でも、多くの食中毒ウイルスが70度30分程度で感染性を失う:ただしノロウイルスは85~90度90秒以上が推奨値)。またこの辺の温度をいったん超えた後に冷却すると、芽胞菌(とくに嫌気性のもの)が爆発的に増えることがある。
なおセルロースは丈夫なので加熱だけでは壊れにくいが、対流が加わると物理的に破壊されてボロボロになる。卵は、卵白に含まれるオボトランスフェリンが61度、オボムコイドが70度、オボアルブミン(卵白アルブミン)が85度、卵黄タンパクはおおむね70度前後(リベチンは60~80度くらい)で凝固する。
中華屋で使うスープはほぼ毛湯モドキに限られるが、もちろん、それ以外にも使い勝手のよい出汁は数多くある。日本人に馴染みが深いものではやはり、干し昆布(出汁が濁りがちだが濃厚な風味の羅臼昆布、関西で人気のある利尻昆布、用途の広い真昆布、沖縄料理のスタンダード棹前昆布など:地方名が複雑で、ナガコンブやリシリコンブをマコンブと呼ぶ地域もある)、節(鰹節や鯖節など中~大型の青魚が好まれるが、鮭や鮪や潤目鰯などでも作られる)、煮干(鰯とその仲間、アゴ(飛魚)、鯵、鯖など、やはり青魚が中心)、干し椎茸(冬収穫の冬茄=どんこ、早春収穫の香茄=こうこ、晩春or秋収穫の香信=こうしんなどがあり、収穫が早い方が出汁は濃厚だが扱いは面倒になる)あたりだろう。
この中で干し椎茸は、グアニル酸を豊富に含む特異な出汁食材で、複雑なうまみが欲しいときにはぜひ使いたい。グルタミン酸は昆布がとくに多いが他の野菜にも含まれており、トマトや白菜などはダシとしてもけっこう使える。意外なところで、鰯、椎茸、アサリ、マッシュルームなんかもグルタミン酸をそれなりに含んでいる。イノシン酸は動物出汁に含まれ、肉よりも魚の方が多く、とくに青魚(ATPの分解産物で、AMPデアミナーゼ存在下でアデニル酸がイノシン酸とアンモニアに分解されてできる:酵素が存在することとAMPがATP再生産のために回収されない(=死んでいる)ことが条件になる)に豊富だが、なぜかクロダイが鯵や鰯をぶっちぎる含有量を誇る。グルタミン酸とイノシン酸には強い相乗効果があり、3:7~7:3くらいの範囲で混ぜると最大限のうまみを引き出せる(中華屋のスープは動物性の葷湯が主流なので、グルタミン酸を追加する効果が高い)。貝類はグルタミン酸を少し含む(日干しすると増える)ものが多いが、コハク酸(相乗効果がない(らしい)うま味成分で、過剰だとえぐ味にもなるが、独特の風味を出せる)に富むものも多い。
昆布は沸騰させて煮ると苦味が出るので、一番出汁と二番出汁で抽出方法を使い分けるのが普通。一番出汁の場合、水で戻して、戻し汁ごと火にかけ、5分ちょっとかけて70度まで加熱、火を止めて待ち頃合を見て(長くても火を消してから5分くらい)取り出すのが一般的、だと思う(最適抽出温度は60度らしく、60度で30分という抽出方法もあるそうな)。二番出汁では5~10分くらい沸騰させて抽出することが多い。
節はやはり鰹節が人気で、90~95度くらいが最適抽出温度らしく、鰹昆布混合の一番出汁では、昆布出汁を取ったあと沸騰させ灰汁を引いてから差し水して、鰹節を加え、再沸騰したら火を止めて再度灰汁を取り、鰹節が沈んだら漉す(という手順が多いと思う)。二番出汁を取るときは沸騰後数分で追鰹と呼ばれる追加の鰹節を足すのが普通だが、ここに鯖節(鰹と比べると香りが淡白でコクが深い傾向がある)を使う人もいる。煮干の抽出方法はよくわからないのだが、どうやら、水で戻して、戻し汁ごと火にかけ、沸騰したら弱火にして5~10分煮出すのが普通らしい。ワタは取り除いた方が雑味が少なくなり、頭を取る人もいる。
干し椎茸は15分くらい水に漬けてからすすいで汚れを落とし、冷蔵庫で12~24時間くらい(どんこの場合は少し長め)かけて戻す。5度前後が理想らしく、水はあらかじめ冷やしておいたものを使うとよい。戻し汁を漉して沸騰させ灰汁を取ったら出汁の完成。このとき戻した椎茸を取り除かず、戻し汁と一緒に70度まで一気に加熱してから20~30分キープすることで旨みが増す、という説明を見たことがあるが、一般的には汁だけ沸騰させるやり方が主流だろうと思う。汁と分けた戻し椎茸は、低めの温度(最適抽出温度は35~55度だそうな:未確認)でやや長い時間かけて再抽出する(これにそのまま香味野菜と調味料を加えたものを香茹湯というらしいが、筆者は見たことも食べたこともない)。戻し汁を直接摂取する農産物なので、安全性にはとくに配慮し、出所が確かな高級品を使った方が無難である。椎茸以外の乾物では、帆立の干し貝柱(水~熱湯で火にかけずに戻す:戻した後酒を加えて沸騰させることもある)、小エビ(熱湯orぬるま湯で戻したり、煮干と同様に戻したり)、干し鮑(チョー面倒らしいという話しか聞いたことがない)などが代表的な出汁食材。ちょっと変わったところではスルメ(戻して火にかけ沸騰したらすぐ取り除く)なんかも、クセは強いが風味もよく出る(試したことはないが、八宝菜のスープに少し混ぜたら面白そう)。
たいていの野菜や海草は風通しさえよければ干物にできる。ニンニクは普通乾燥させたものが流通しているが、剥いてスライスしてから再度干すこともある(風通しのよいところで1日くらい:同様の干し方で干し生姜も作れる)。乾物は水で戻すことが多いものの、クコの実なんかは酒で戻すこともあるし、北海道では鮭トバ(川に戻った鮭(ホッチャレとかブナとか呼ばれる)に塩味をつけて干したもの)を日本酒で戻すor日本酒に浸して食べる調理法も一部で人気がある。身欠き鰊(鰊からワタと頭を取った干物)や棒鱈(鱈の干物で、北海道では「ぼーだら」と濁って読む:叩いて柔らかくすることもあるが、北海道の人はそのまま齧って食べることも多く、鮭トバや帆立の貝柱の干物も同様にそのまま食べる)は米の研ぎ汁で戻すことが多い。東北~北海道では、乾物を番茶(関東以南でいう「ほうじ茶」)で戻すこともある(漬物の塩抜きに使われたのが先のようで、糠ボッケや糠鰊によく用いられる:山菜の灰汁抜きでも番茶で煮ることがある)。
実はウェイパー(味覇)は高くない。追記:以下の価格はいわゆるコロナ前、ウクライナ紛争によるエネルギー危機より前のもので、現状とは異なることに注意。
実はさらに、ガラポン(商品名だが、味の素みたいなもんで一般名詞化している)というスープの素+普通のガラのセットもある。元祖である丸善食品工業(コンロ屋さんのマルゼンとは別会社)の「特級厨師 ガラポン 豚・鶏」で2kg詰めが1000円くらい、10~20L用だそうな。アリアケジャパンのガラパックはもう少し安い。「ちょっと割高にはなるけど、スープ仕込まなくて済むなら安いもんじゃない」とはある先輩の言だがまったくその通りで、100Lも200Lも使うならともかく、10Lや20Lしか使わないなら合理的な選択肢だと思う(作る量が少ないと廃棄ロスの影響が増すので、濃縮スープの相対的なコストパフォーマンスが上がる)。