ヘッドフォン


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2014年7月更新。

ドライバはほとんどがムービングコイル式のダイナミック型(ダイナミックスピーカと同じく、ダイヤフラムにボイスコイルを固定して一緒に動かす:ダイナミックマイクを反対した構造)で、例外は一部のメーカーが静電容量型を採用しているくらい。スピーカのコーンと違い湿気に晒されやすいせいか、合成樹脂を使ったダイヤフラムがほとんど。どういう都合か知らないが、ソニー(MDR-CD900ST)もテクニカ(ATH-SX1a)もスタジオモデルは40mmのダイヤフラムを使っている(フォステクスもRP振動板でないモニタ用上位機種TH-7は40mm、確認が取れた例外は、ソニーの70x0の50mm、AKGがK240系とK140系に使っている30mm、ATH-M50の45mm:海外メーカーは仕様がわからないところが多かったがSHUREのSRH940やSRH1840は40mm、リスニング用でSENNHEISERのHD650も40mm、f0はおおむね100Hz前後)。日本メーカーは銅のリッツ線を好んで用いるが、業務用機には合金を使ったものもある(ATH-SX1aの銅錫合金絹巻線など)。38mm(≒1.5インチ)はありそうで意外と見当たらない、と思っていたらNEUMANNがNDH 20というのを出したそうな(リスニング用の極限ローエンドではたまに見るサイズ)。

なお、全面駆動方式というのは(ダイヤフラムの中心を押し引きするのではなく)振動板全体を動かす方式で、動電型/静電型の区別とは関わりがない(たとえばヤマハのオルソダイナミック方式や、FostexがRP方式(Regulated Phase)と称しているものはダイナミック型:ヘッドフォン近代博物館というサイトの解説によると、フラットダイナミック、フラットドライブ、プレーンドライブ、ダイナフラットなどはオルソダイナミックの亜流らしい)。ステージモニタイヤフォンなどには、小型化が容易なバランスドアーマチュア型(永久磁石の間にU字型の金属板(アーマチュア、振動子)を配置し、そこに繋がった棒(ロッド、ドライブピン)で振動をダイヤフラム(シーソーやふいごなどに近い動き方をするものが多い)に伝える:周波数レンジが狭くインピーダンスピークが急峻になる傾向があるため、従来は補聴器用などに用いられていた)にして周波数レンジの狭さをマルチユニット化で凌いでいる製品が増えたが、筆者はやはりダイナミック型の素直な出音が好きである。

ハウジングの構造でさらに密閉式と開放式(オープンエアー)に分かれる。密閉式は鼓膜~外耳道~ヘッドフォンのドライバ面でできる空間を外界と遮断し、オープンエアーは(フルオープンの機種もあるが多くの場合バッフルにポートを設けて)閉鎖空間を作らない。半解放(セミオープン)の定義は明確でなくバッフルポートの形状やダンパ(ポートを覆っているスポンジなど)の特性で抵抗を大きくしているものが多いようで、理屈上、密閉の低域と開放の高域を両立できる反面歪みが増える。密閉と開放の典型例(品質云々ではなく形式の特徴が応答によく現れているという意味)としてSENNHEISERのHD280PROとHD650が挙げられる。ドライバ背面の形式であるオープンバック/クローズバックはまた別の問題で、密閉すると空気ばねが1本追加されるのはスピーカの密閉式エンクロージャと同じ。ダイヤフラムの面積に比べてかなり小さい体積なので強いばねとして働くと思われる(ちゃんと計算したわけではないが、ハイミッドにピークを作るくらいの見当か)。少なくともオープンエアーについて、低域のインピーダンスピークは機械的共振が優位になる範囲とその程度を反映していると思われる(高域のインピーダンス上昇はインダクタンスによるものなのでその限りでない:詳しくはスピーカのページのオマケ1を参照)。いわゆる制動のよいドライバは、ピークとノミナルのインピーダンス比が小さく、またインピーダンスが上昇する範囲が狭いものになるはず。

前面と背面をともに開放したフルオープンでの低音の回り込みは、単純にはバッフル(というかハウジング)の大きさと耳からダイヤフラムまでの距離に左右され、耳側を密閉してハウジング内で合流を作る形なら経路に左右される(背面だけ密封するメリットは薄そうに思える)。ダイヤフラムをばね振り子に見立てた場合、より重い質量とより弱いばねを組み合わせるとf0が下がるものの、そうすると制動が悪くなる。複雑な問題だが振幅を中心に考えるとある程度スッキリする。設置位置に対して十分以上の最大振幅をすでに得ている場合、ダイヤフラムを小さくするとその分軽くなるのでより弱いばねを使うことができ、f0は差し引きで変わらないが応答を機敏にできる。または、大きさを変えずに設置位置を遠くしてばねを弱めることで、f0を下げることができる。つまり、近めの位置に小さなダイヤフラムを設置して応答性を重視するか、遠めの位置に大きなダイヤフラムを設置してf0を下げるか、近めの位置に大きなダイヤフラムを配置して最大音量を稼ぐか、といった選択が可能になる(はず)。距離を離すと低音の回り込みがより大きな問題になるので、単純なバッフルよりはハウジング内での合流で細かく調整した方が合理的なのではないかと思う(ビクターが出しているHA-SZ1000というモデルはセパレート同軸で「スピーカーのケルトン方式にダブルバスレフ方式を追加」するという超絶変態仕様、HA-FXZ100というカナルイヤフォンにまでバスレフダクト風のギミックを盛る念の入れよう:かつての果敢さが蘇ってきたようで楽しい)。

密閉式はユニットの最低共振周波数(f0)以下の特性をフラットにしやすい特徴がある。電圧印加>ダイヤフラム変位>体積変化>圧力変化と伝わるので、もし密閉が完璧ならば、理屈上はDCも伝達できる。密閉体積が小さいと少ない体積変化で大きな圧力変化となり、ダイヤフラム径が同じならより小さい変位で大きな音圧を作れる。イヤーパッドの内径を小さくすると密閉度を上げる効果も出る(空気の逃げ道が減る)ため、ペタっと密着させるタイプのイヤーパッドと小さめでf0が高いダイヤフラムを組み合わせると、高域の落ち際を押し上げつつ低域は密閉度で押すことができる。また密閉式の場合低域の歪み量が(大音量による最大線形振幅超過を別にすると)密閉体積の変化と空気漏れに支配されるはずなので、カチっとしたパッドを強い側圧で押し付けるのはやはり有利である(空気の漏れる量を体積変化の非線形性でちょうど相殺するようなジャストバランスで調整しない限り多分)。体積を大きく取る場合は、耳の外の空間と耳の中の空間で2つの気柱ができるような感じだろうか(当て推量)。

外耳道は、直径約8mm、長さ25~30m(代表的には28mm)、体積は2cm^2弱の円筒で近似されることが多い(実際には鼓膜が斜めにマウントされているため、単純な円筒よりは少し体積を多めに見ている)。体積変化による音の伝達(弾性制御領域の振る舞い)についてはオーディオの科学解説pdfが詳しい(カナル式イヤフォンに近いモデルのようだ:ダイヤフラムから鼓膜までを25mmくらいの両端閉管に見立てると7KHzあたりに共振が出るはずで、ここを高域の落ち際にぶつけている、のだと思う)。また鼓膜のインピーダンス(鼓膜が剛体ならただの密閉管だが、実際には鼓膜にも変位が生じて圧力が逃げる)にまで踏み込んだ資料が信州大学の降旗研究室にて公開されている(その1その2)。上掲の資料を読む限り外耳道のインピーダンスについては、鼓膜やイヤーパッドに比べると十分硬い(変形が少ない)という扱いのようで、とくに考慮しないようだ。

イヤーパッドの形状により、アラウンドイヤー、オンイヤー、その他に分かれる。アラウンドイヤーは読んで字のごとく耳の周囲で肌に接する(耳をすっぽり覆う)方式で、ヘッドフォンが(理想的には)外耳に触れない(サーカムオーラルとかオーバーイヤーとか、各メーカーがそれぞれの呼称で呼んでいる)。ゆったりした装着感にできるため高級機種で採用されていることが多いが、上で触れたように音のバランスが複雑になりがちで、密閉式だと外来音声ノイズがこもった質感になりやすい。オンイヤー(スープラコンカとも:コンカは「耳甲介=concha auriculae」を指す)は耳の上で肌に接する方式で、パッドが(理想的には)外耳の外周部or外耳全体を押さえる。小さく軽く安価にしやすいほか、密着度を上げることで低音をガッツリ出す目的で採用している機種もある(ソニーのMDR-XBシリーズなど)。寸法が耳と同じか耳よりひと周り大きいかは個人差にも左右されるが、国内メーカーが「耳覆い」とか「大型」などと表記している製品でも、「外周支持のオンイヤー」前提としか思えない作りのものがけっこうある(耳を覆っていて耳乗せオープンエアーなどと比べると大きいのは間違いないが、ちょっとわかりにくい)。

高級機種だとイヤーパッドは交換できるのが普通。ペアで2000~4000円くらい(高級機種だと1万円オーバーのものもある)と、ローエンドのヘッドフォンが丸ごと買えてしまうくらいの値段ではあるが、高級機なら長く使いたいのが人情。一部の機種ではケーブルも交換可能で、使い方がハードなスタジオ用ではミドルレンジにも対応機種があるが、もっとハードに使われるPA用では「どうせ消耗品なんだから丸ごと交換しましょう」ということなのか対応機種が少ない。AKGは3ピンのミニXLR(機器側がオスでケーブル側がメス:EK300とEK500Sが純正だが、汎用品なので社外ケーブルもあるし単体コネクタも容易に入手できる)、SENNHEISERは機種によってバラバラ(筆者が使っているHD 558は542192という型番のケーブルで、4極マイクロのフォンプラグをねじ込み式にしたようなプラグ)。

その他の注意として、パッド型のボリューム調整がついているものは耐久性の面でデメリットになる(ケーブルごと交換できるのでなければ、筆者は最初から選択肢に入れていない:例外は奏者用モニタくらい)。折りたたみ式のものも耐久性や装着感の面でハンデになるため、使い分けた方が無難だと思う。身体に直接装着するものなので、まずは自分の頭の形に合ったものを選ばないと話にならない。なお、innerfidelity(ただし測定を600Ω出力でやっているようなのでインピーダンス変動が強く反映されているだろうことに注意:データ)、PersonalAudio(ロシア語だが出力インピーダンス別のデータがある:データ)、He&Biのヘッドホンサイトなど大量のデータやレビューを掲載しているサイトもある。


試聴する前に

ヘッドフォンはまず試着した方がよいということを他のページでも何度か繰り返しているが、使っているうちにある程度馴染むので、新品状態でジャストフィットする必要は必ずしもない(据わりのよい装着法を身体が勝手に覚える効果も多分あるのだろう)。イヤーパッドが馴れることで、ドライバからの再生音はもちろん、次の段落で触れるバックグラウンドノイズへの影響も変わるため、ある程度使い込んだら音を再確認しておくとよい。

すでに触れたが、ヘッドフォンの音は耳や頭の形や状態でも変わるのだということを再度強調しておきたい。たとえば密閉型の場合、原理としてはドライバが空気バネを介して鼓膜を押しているわけで、鼓膜のインピーダンスにも個人差はあるだろうし、耳腔の体積や耳腔内の空気の温度や湿度(当然同じ人でも時と場合で異なる)が変われば(カナル型のイヤフォンほど極端にではないが)特性も変わる(このページのオマケも参照)。ちょっと極端な例だが筆者は、密閉ヘッドフォンの右ユニットだけ3.5KHz付近に共鳴のようなものがある、と思って調べたら自分の耳の穴との共鳴だったという経験ある(左右反対に着用しても、片耳づつ両方のユニットでテストしても、右耳だけ共鳴する)。いわゆるヘッドマウントスピーカ的なモデルは例外扱いしてもよさそうだが、身体に直接マウントする以上、頭の形がまったく影響しないわけではない。なお、変化が極端に大きいイヤフォンではComplyなどのメーカーが社外イヤーピースを、ヘッドフォンでもモニタ用の有名機種ならYAXIなどが社外イヤーパッドを販売している。

ヘッドフォンの出音がドライバだけで決まらないということは、ヨーロッパメーカーの製品をいくつか試してみるとわかる。メーカーがそのように公言しているわけではなく現在も同様の製造方法を継続している保証はないが、AKGやSENNHEISERは1つのドライバで複数の製品をラインナップすることが多いようだ(AKGは240系や140系などヨコのラインで、SENNHEISERは400番台や500番台などタテのバリエーションモデルで、おそらく共用化していると見られる:日本のメーカーは製品ごとに「専用設計」を謳うことが多いが、これは物を作るときの文化的な違いで、ヨーロッパでは自動車などでも「エンジンサプライヤーとコンストラクターの役割は別」みたいな風潮がある)。イヤーパッドを変えただけでもそれなりに(少なくともケーブル1本変えたのに比べればはるかにはっきりと)出音が変わるので、K240mk2のように最初からイヤーパッドが2種類ついてくる機種を買ったら試してみるとよい(他機種からの使い回しやパッドの改造なども楽しいが、無理な装着を試みて壊しても筆者は知らない)。

またヘッドフォンの音を云々する前にバックグラウンドノイズの変化を確認しておくべきだろう。よほど静かな部屋でない限り、意図的に音を出さなくてもなんらかの環境ノイズが(意識すれば)知覚できるだろうが、ヘッドフォンを装着するとこの環境ノイズの質感が変わる。たとえドライバから同じ音が出ていても、バックグラウンドノイズの音色によって最終的な質感が影響を受ける(とくに微小音量域)。すでに触れたように、密閉体積が大きい密閉型では、外来音が篭もった質感に変化しやすい傾向がある。

筆者自身の話をすると、2011年5月までリスニング用のメインで使っていたK 512は引越し前の冷蔵庫の動作音とよく共振したようで、静かな曲を聴いているときにコンプレッサが回るとゲンナリした(音波をアクティブに増幅しているわけではないが、フィルタとして働いて耳につきやすい音に変わる)。自宅に持ち帰ってからでないとチェックのしようがないのがアレではあるが、気にしておいた方がよい。またQZ99に至っては、少なくとも筆者の手元の個体は、左右でバックグラウンドノイズの抜け方が違った(まあユニットの中身が違うのだから当たり前といえば当たり前)。

リスニング用だと、小音量での長時間使用と大音量での短時間使用のうちどちらに重点を置いているかでも、出音のキャラが変わる(大音量での長時間使用は耳に悪いので避けよう)。小音量だと高音域と低音域が引っ込み中音域が残る形で知覚される(ラウドネスの影響)ので、ある程度ドンシャリ傾向があった方が情報量を(あえて落としたい場合もあるが)落とさずに済む。反対に、カマボコっぽい特性でも大音量をぶち込むとスッキリ鳴ってくれることがある。モニタ用の場合は「モニタスピーカに準じる音量」を最初から前提にしていることが多い。


価格帯別の傾向

2000円前後クラスはモニタ用を名乗る極限ローエンドとリスニング用に強い癖をつけた機種が目立つ。当て推量に過ぎないが、ヘッドフォンでもっともコストがかかっているのはヘッドバンド+ハウジング+イヤーパッドの構造部分ではないかと思われ、耳乗せ式オープンエアーや、さらに部品が少ない耳掛け式は、このクラスだとコストパフォーマンス的に優位性がある。モニタ用でBEHRINGERやJTS、リスニング用でKOSSあたりが、比較的マイペースな勝負をしているように見える。

4000円前後クラスはなかなか混戦で、ラインナップの入れ替えや価格変動も激しい。モニタ用のパチモノモデルの主戦場もここだし、特化型モニタ(VIC FIRTHのSIH1とかデジピ用モニタとか:CLASSIC PROのCPH7000なんかも面白そうな特性)がポツポツ出てくるのもこの辺から、リスニング用ではCreativeのAurvana Live!やSENNHEISERのPX90など突出したコストパフォーマンスの機種も見られる。

5000~8000円クラスはモニタ用機種の方が元気に見える。スタジオモニタではFostexのTH-7とSHUREのSRH440が指標(「これと比べてどうなの」という基準)になり得るか。オーディオテクニカのATH-EP700OやRolandのRH-A7などの楽器用、各社のDJ用ローエンド(ベリさんのHPX6000はシリーズ上位機種だけど)なんかにも面白そうなものがある。

1万円前後から上の価格帯の製品(とくにモニタ用)は自分で選べない人が手を出すようなものではないので詳しく触れない。とはいえ、HD518、ATH-AD500X、K540といったリスニング用の大型オープンエアーだけは、ローエンドが寂しくなってきていることもあり貴重なラインナップだと思う。インドアリスニング用の密閉に1万円出そうという気は筆者にはないが、快適性に本格的に力を入れた機種が出てくるクラスなので、リスニング用のメインを密閉にしなければならない理由がある人には面白いかもしれない。

筆者が試着してみた範囲で「ヘッドフォンは身体に装着するものだ」ということを本当に理解して製品を作っていると感じたのはやはりSENNHEISER、開放or半開放限定でオーディオテクニカとAKG、アプローチは変態的だが合理的ではあるソニーと、いづれも本職老舗メーカーだった(BoseもTriPortはよかったがその後確認していない:作っている年数で言うと新参メーカーというほどでもなく、1989年に「市場初の航空機用ノイズキャンセリング・ヘッドセット」で参入して以降軍用や自動車競技用などを扱い、2000年にコンシューマ向けのノイズキャンセリングヘッドフォンQuietComfortを発売、初代のTriPortは2003年)。モニタ用ではFostexとShureもよかった。


モニタヘッドフォンについて

まず、用途によって性格がまったく異なることに注意したい。エンジニアリング用に音のバランスがわかりやすいもの、マイク録音で音を漏らさずモニタするためのもの、大音量のPA会場でとにかくミキサーの音を把握したいときに使うもの、屋外でも使う前提のもの、放送用に人間の声を選別的に聴かせるものや片耳モニタを可能にしたもの、取り回しと長時間使用に特化したもの、そのほかいろいろと用途があり、それぞれにまったく異なるキャラクターになっている。

奏者用のスタジオモニタ(というかマイクレコーディングモニタ)の音漏れについては、実際にマイク録音をやったことがある人ならけっこうな影響があることを知っているだろうが、フィードバックがかかっているのと同じことなので、程度が大きいとコムフィルタ様の作用が現れたり、場合によってはハウリングの原因にもなるので注意が必要である(マイク録音でフィードバックディレイやコーラスイフェクトのような現象に出くわしたら、音漏れを疑ってみるとよい:録音状態でオケだけorすでに録音済みのトラックとオケを流してみれば、音漏れの程度は簡単に把握できる)。ちゃんとした音を再生しつつ外部の音を遮るのは難しいが、ハイファイ志向の密閉型に背面を開けたモデルが多いことからもわかるように、音を漏らさないのはもっと難しい(というかトレードオフが大きい)。このためマイク録音はそれ専用のヘッドフォンでやるというのは一理ある考え方で、K271mk2についている「どうせマイク録音以外には使わないよね」と言わんばかりのミュート機能にも、それなりの合理性がある。言うまでもなく「モニタ用だから周波数特性がフラット」はデマであり、情報を取り出すためにモニタするのだから目的の情報を取り出しやすくするための工夫はなにかしらされているし、作業上の都合があるのだからそのためのトレードオフも支払っている(スピーカよりも使い分けが手軽な分、特化型の機種も多い)。

だいたいの傾向として、モニタヘッドフォンが軽量・高遮音・高最大出力を売りにして折りたたみ機能やカールコードを備えていたらPAモニタである(軽量化や取り回しだけでなく、密閉する体積が大きいと外来音声が篭った質感に変化しやすいこともあり、小型ハウジングが好まれる:イヤーマフほど顕著でないが丸みのある外形のものが多い)。壊れにくさが重要なプロユース製品にわざわざハウジング反転(スイーベル)やら折りたたみといった機能をつけるのは、それが必要だからに他ならないし、また他の性能を多少犠牲にできるからでもある(余計なギミックがあれば、それだけ「音を伝えるためにハウジングを保持する」というシンプルかつ困難な目標に集中しにくくなるし、最大出力の確保はハイファイ化と逆行する)。いろいろなアンプで使われる前提のためかインピーダンスピークが穏やかな機種が多い。いっぽう、音が漏れないことに注力しており携帯性優先によるトレードオフを回避していれば録音モニタ、開放ないし半開放型なら一般的な意味でのスタジオモニタ(音楽スタジオ用のエンジニアリングモニタ)だと推測できる。見た目が凝っていたらステージモニタまたはDJモニタだろう。

なお英語で「monitoring and mixing」とあればたいてい「live sound monitoring and mixing」つまり「PA業務」のことである(これを意図的に誤訳して「モニタおよびミックス用」としている例がある:悪意はないのかもしれないが、商売でやっているなら「知らなかった」は言い訳にならない)。単に「monitoring」というと、奏者モニタやPAモニタを指すことが多いが場合による。「isolation」というのは日本人の言う「音の分離」なんぞではなく「外来音声の遮断性能」を指す。PAモニタに要求される性能は放送用途(屋外を含む移動があり、騒がしい場所でも使われ、長時間休憩できないことがある)にもおおむね当てはまるため、両方を兼ねる製品もある(メーカーが意図したかどうかは別として実際の使われ方として)。SENNHEISERが2014年にHD6MIXというちょっと面倒な機種を出しており、メーカーは「Designed to cater to the needs of the professional sound technician, the HD6 MIX is constructed of rugged, lightweight parts and built to withstand years of work in the studio.」と言っているものの、いわゆる「DJミックス」の収録用なのだと思われる(実機はまったく未確認)。

プロユース用のスタジオモニタヘッドフォンは基本的に、リファレンスモニタ(そのスタジオでもっとも正確で信頼性の高い再生機器:一般的にはラージモニタ)が別にある前提で設計されている。実際の製品にはヘッドフォン自体をリファレンスにした作業に適するものとそうでないものがあるだろうが、スタジオヘッドフォンを使う人がリファレンスを持っていないなんてことは考慮されていないのが普通である(スピーカ設備を簡略化したスタジオが増えているとはいえ、少なくとも専門メーカーがフラッグシップモデルをそんな前提で設計することは考えにくい:これとは別の話として、なにかしらのスピーカは用意しておかないと不便)。またリファレンスモニタの使い方にもいろいろ流儀があり、「なにか確認したいことがあるときに使うもの」的な捉え方もあれば「作業の中心に据えるもの」的な捉え方もある。これらのやり方のどちらが適するかは場合によるが、とくにヨーロッパの老舗メーカーが「Reference」を謳っている場合、かなりトガったモノである可能性を忘れないでおこう(エンジニアリングの実作業は他のヘッドフォンでやる前提だとしか思えない特性のものもある)。

たいていの製品で2~6KHzあたり(どこを落とすかは後述するように作業内容による)にディップがあるのは、設計or製造上の都合(高域まで伸ばそうと思うとディップも高めの周波数にした方がラク)もあるとは思うが、長時間作業への対応も考慮したものだろう。またおそらく耳の保護のために、15KHz前後よりも上のごく高域を意図的に落としているのではないかと思われる製品がある(プロにとっては全帯域が漏れなく出てくることより自分の耳を守れることの方がはるかに重要だし、出ないことがわかっていればそれを補正できる(耳の)技術も持っている)。インピーダンスについての項で後述するが、スタジオモニタの場合PAモニタよりはインピーダンスピークが大きい傾向があり、スタジオ用ヘッドフォンアンプ(ミキサーのヘッドフォン出力よりも出力インピーダンスが高いことが多い)に繋ぐとややドンシャリ方向にシフトする。

モニタヘッドフォンも用途をかなり狭く絞った製品ではあるが、扱い自体はモニタスピーカほど気難しいわけではなく、どうしてもケアが必要なのは再生音量くらいである(筆者が所有するK240mk2なんかは装着方法による聴こえ方の変化が奥深く、プロユース製品だけにそれなりの使いこなしを要求する部分もあるが、何も考えずに装着しても普通には使える)。モニタヘッドフォンが想定する再生音量は(スタジオ用かPA用かでも違うが)リスニングヘッドフォンに比べて高い傾向があり、小音量再生だと高域と低域が隠れてカマボコ(中域強調型)っぽい印象に聴こえることがある。ただし音量は耳の健康も考慮して決めるべきものなので、やたらとデカくするのはやめておこう(スピーカセッティングと違いSPLメーターが使えないのでいっそう慎重に)。またごく高域の音をフルスイングされると1発で耳が(治療不可能なレベルで)ダメになる音量域なので、(たとえば不意の発振などで)危険な音声が再生されないよう対策を講じておく必要がある(まだ単純な音量対策に過ぎないようだが、SENNHEISERのActiveGardなんかは取り組みの手始めとして画期的だと思う)。

モニタ用ヘッドフォンのインピーダンスはたいてい60Ω前後で、リスニング用に多い32Ω(ポータブル機器での利用を前提にしている機種では16~24Ωくらいのものもよく見る)よりもちょっと高い。たとえばK240MkIIとK271MkIIが55Ω、HD280PROが64Ω、HD380PROが54Ω、MDR-CD900STが63Ωで、他にもFOSTEXのRPシリーズやM-AUDIOのStudiophile Q40やクラシックプロのCPH7000、KOSSのようなメーカーでもスタジオモニタ用には60Ωくらいの製品を用意している。ミドルレンジ以上での例外はオーディオテクニカ製品の一部(30~40Ωくらい)やSHURE製品(40Ωちょっと)など。ローエンドのBEHRINGERはHPX2000とHPS3000だけ64Ω。古い機種には感度が低いものもあるが、電圧とインピーダンスについての項で後述するように、デジタル音声編集で多く用いられる85dbSPL@-20dbFSという基準に合わせ、能率が低いヤマハ/Steinbergあたりの製品を使ったとしてもノミナルで1V@負荷または20mW程度、ヘッドフォン側の感度はほとんど問題にならない。


モニタヘッドフォンの分類と傾向

すでに触れたが、ラウドネスの関係で、ある程度音量を突っ込んでやらないと低域が落ちたように、音量を突っ込みすぎるとドンシャリに感じるはずなので、EQよりもまず音量を調整しよう。当然ながら、うるさいライブ会場で使う前提のPA用と静かなスタジオで使う前提のエンジニアリング用では想定する音量が異なるし、外来ノイズで紛れやすい音域を強調してあるものもあるだろう。奏者用とエンジニア用でもっとも異なるのは、筆者が思うに、人間の耳がもっとも敏感だとされる3.5KHz周辺の特性である。奏者用モニタの多くにはここにピークがあり、メロディ楽器の動きを明示するようになっている。反対にエンジニア用スタジオモニタの多くはここにディップがあり、音の特徴を構成する部分を浮き彫りにしている(ただしリファレンス狙いの機種を中心に例外もある:高域をベタっと伸ばす場合ディップをもう少し高く5~6KHzあたりに持って行きたいはずで、やむを得なくもある)。「何を」演奏しているか知ることがが重要な奏者と「どのような」音が出ているか知ることが重要なエンジニアの事情の違いと言ってもいいかもしれない。日本風モニタなど奏者とエンジニアの両方が使う前提の機種では、この周辺にインピーダンスピーク(通常、ピッタリと装着するとわずかに大きくなる)を作って、奏者にはハイインピーダンスアンプから、エンジニアにはローインピーダンスアンプから出力するワークアラウンドも見られる。少し事情は異なるが、PAモニタやDJモニタなど大音量で使われることが多い機種でも、この周辺を削ってあるものが多い。

本気系のスタジオモニタ(音楽スタジオ用のエンジニアリングモニタ)はノウハウを持っているメーカー自体が少なく、それほど選択肢はない。半開放ならAKGのK240mk2(またはStudio)が安定チョイスで、beyerdynamicは開放と半解放を両方ラインナップしている。2010年前後からAKGとShureがリファレンスを名乗る開放を出しているが運用ノウハウが固まっていない(コンセプト的にFostexのT-7Mが先駆けっぽく、発売がわからなかったが90年代前半くらいのよう:筆者は2010年にモデルチェンジした後のTH-7BBを所有しており、大胆な味付けではあるがリファレンス志向は捨てていないように見える)。従来のモニタヘッドフォン(筆者はオペレーションモニタと勝手に呼んでいる)とリファレンス狙い機種の根本的な違いは、情報を取捨するのか網羅するのかという点だろう。すでに触れたように、エンジニアリングで邪魔になりがちな3.5KHz周辺を落としていない機種もあり(というか、落としているのがK702で落としていないのがTH-7とSRH1840)、この特性の違いは結局「ヘッドフォンのリファレンス」を目指すのか「ラージモニタも含めた環境全体のリファレンス」を目指すのかということで、たとえば設備が整った単一のスタジオで作業するなら前者が活躍しそうだが、複数のスタジオを併用して作業するような場合に環境の違いを計る基準(まさしく「リファレンス」)としては後者に優位性がありそうに思える(設備が貧弱でラージモニタの「代替」をデッチ上げなければならない場合にもそれなりに使えそう)。

あとは、FostexのTxxRPシリーズなど意欲的なデザインのもの、M-Audioやビクターなどが意地で作っているもの、beyerdynamicやKOSSなどのレトロモデル(に見えるが中身は最新鋭かもしれない:まったく未確認)、中小メーカーによるチョー高級機、後で触れる日本メーカーの密閉型やアメリカ風モニタくらいだろうか。PAモニタはソニーのMDR-7506やSENNHEISERのHD380PROあたり。K171mk2もメーカーはlive sound mixing(PAミキサー)に言及しており、軽いドンシャリチューニング(「a slight “smiley face” EQ curve with a little bass and treble boost」)だそうな。新規参入組の中ではSHUREが積極的(2009年終わりごろにマイク録音モニタとDJモニタで参入、11年に密閉上位機種のSRH940、12年に開放モニタ2種と尋常な開発速度ではなく、どこかと組んだか買ったか引き抜いたかしたのだと思うが詳細不明:見た目にはアメリカっぽいデザインとヨーロッパっぽいデザインが同居した感じで、とくに開放型はヨーロッパ風)。同じく新規参入のKRKは、オペレーションモニタとアメリカ風モニタの折衷を狙ったような面白い作りで、ネットで公開されている実測値を見る限りKNS8400よりはKNS6400の方が素直な特性に見える(まったく未確認だが、ベースが6400でギミックを盛ってクセをつけたのが8400なのかも)。

日本メーカー製の密閉式は分類が難しい。ソニーのMDR-CD900STもビクターのHA-MX10もオーディオテクニカのATH-SX1aもスタイル的にはかなり似ており、PAモニタに近い構成になっている。MDR-CD900STとHA-MX10が最初に想定したのがレコーディングモニタなのはほぼ間違いなく(どちらのメーカーも「奏者が着用する」前提を隠していない)、PAモニタ系機種との大きな違いはそこだろう(当て推量に過ぎないが、録音が終わったら他の環境に切り替える前提なのだと思う)。これらの機種がそれぞれに志向する用途に接近しつつもPA用や放送用としてのキャラを捨て切っていないのは、エンジン部分は使い回してコンストラクションを用途別に変えるヨーロッパメーカーと、専用設計が好きだが1つのプロダクトを何にでも使いたがる日本メーカー(ないし日本ユーザー)の文化の違いなのだろう。いっぽうアメリカでは、DJモニタ(大音量の中で使われるという点ではPAモニタと共通するが、より重厚な出音を求められる)に歩み寄った機種が人気のようだ(ATH-M50やHD280PROのほか、マイナーモデルではMDR-7509とか:DJユース向けにカスタムモデルを用意している機種もある)。

オーディオテクニカはさらにメンドクサイ。プロユース専用のつもりで売っているのは放送用を謳うATH-SX1a(とカラオケ用のATH-K700)だけらしく、他は一般用カタログにも掲載されている。ATH-Mシリーズは機種ごとにデザインが違い、ATH-M40fsとATH-M30はATH-SX1aと似たような路線(ストレートコード+ハウジング反転だけで折りたたみなし)で、M40fsは録音への対応を強調している(業務用カタログと一般用カタログで売り文句が異なり、前者によると「レコーディングなどの用途に開発された高信頼プロフェッショナルヘッドホン」らしい:fsは「field-serviceable」の略らしく、英語カタログには「Field-replaceable cables, drivers and ear pads」とある)。ATH-M50だけカールコード+折りたたみ+なぜか45mmダイヤフラムで、業務用カタログでは「スタジオモニター」扱い、英語サイトのカタログでは「Designed especially for professional monitoring and mixing」とあるからPA用なのだろうが、一般用カタログにはDJモニタとしての利用にも言及があり、何をしたいのかわからない(使われ方を売り文句が後追いしただけで、モノとしてはアメリカ風モニタに見える)。このシリーズは地域によってラインナップが違い、アメリカではストレートケーブルのATH-M50sのほか、ローエンドのM10やM20、フィールドレコーディング用らしいM35、おそらくDJユース向けに外観を変えたのであろうM50の白と赤、低音を強調したATH-Dシリーズなど、やたら種類がある(M50の白は日本、赤やDシリーズはヨーロッパでも販売、代わりにATH-SX1aは日本だけの模様)。

余談だが、2013年7月現在アメリカではATH-M50が頭ひとつリード、やや遅れてMDR-7506とHD280PRO、もう少し遅れてK240Studioが人気のようで、通販サイトで人気順にソートするとほぼ必ず上位に並んでいる(地元SHUREもそれなりに健闘:使用人口が多く消耗の激しいPA用がよく売れるのはなんとなくわかるし、密閉のファーストチョイスとしてATH-M50やHD280PROというのもお国柄なのだろうが、K240Studioの人気はちょっと意外)。ヨーロッパのトレンドは、英語版のあるサイトを眺めた限りSENNHEISERやAKGが強いものの、イギリスでSHUREやBEYER、ドイツでbeats by dr.dreのDJ用、フランスはよくわからないがリスニングではKOSSやビクターなど、ローカル人気もそれなりにある模様(日本やアメリカと違って、ヨーロッパだと通販サイトの人気順表示自体があまりなかったりする)。イギリスの通販サイトではヤマハやTechnics(松下)の製品もいくつか見た。


モニタヘッドフォン

筆者の勝手な分類を一覧にしておくとこんな感じ(スタジオユース限定)。

 情報を取捨情報を網羅
奏者だけが使う録音or楽器モニタ
K271、SIH1など
録音or楽器モニタ
SRH840など
奏者とエンジニアが使う日本風モニタ
MDR-CD900STなど
アメリカ風モニタ
ATH-M50、HD280PROなど
エンジニアだけが使うオペレーションモニタ
K240、DT990PRO、SRH1440など
リファレンス狙い
K702など
ローエンドにあまりトガらせないタイプ(上記でいう取捨と網羅の中間くらい)の機種が増えたこともあり、モニタというとプロ用のコワモテラインナップからわけもわからず選ぶしかない状況は消えつつある(より特化型の性能を持つプロフェッショナルモニターにステップアップしやすいという意味で、リスニングに使い回せるという意味ではない)。TH-7はちょっと特殊で、コンセプトとしてはリファレンス狙いなのだろうが、マイク録音以外でなら奏者用にも使いやすい。

奏者用モニタに関しては、自分の楽器の特徴と追うべき伴奏の特徴で必要なヘッドフォンが変わるはずだが、2013年7月現在演奏楽器に特化したモニタヘッドフォンでメジャーな製品というと、電子ピアノ用各種(例外的に機種が多い)、VIC FIRTHのSIH1やCADのDH100(ドラムス用高遮音:後者はなぜかカールコード)、ALESISのDMPhones(エレドラム用ステージモニタ)、PHIL JONES BASSのH850(ベース用らしい)くらいで、ラインナップがあまり豊富でない。ROLANDのRHシリーズは電子楽器用を謳っているが「特性はフラット」らしいし、MARSHALLは(中身はまったく未確認だが)デザイン先行っぽい(Voxが思い余って作っちゃったamPhonesはノーカウントとしたい:なおamPhonesは2012年発売で、アイディア自体はソニーが2009年に出したNWD-W202が先、もっと前を見るならNW-E8Pが2001年発売)。ドラムスやベースなんかは楽器の特徴がかなりキツいため、専用品がもっと充実すると便利なのだろうが、いかんせん絶対的な需要量が少ない。BEYERのDT770MやAKGのK171mk2のように「PAまたはドラム録音向け」というはっちゃけた機種もある。メーカーは明言していないが、クラシックプロのCPH7000はヴォーカル録音モニタに特化した感じで面白い(生ドラム、エレドラム、エレキギターにも悪くはなさそう:エレキベースやアコギだと好みが分かれそう)。

マイク録音のモニタ用やドラムスなどの演奏用に音漏れの少ないor遮音性の高い機種が欲しい場合、上で触れたHD280PRO(公称32dbカット)やVIC FIRTHのSIH1(公称24dBカット)のほか、KOSS(国内の取り扱いはTASCAM)のQZ99(遮音性能は不明だが、筆者の手元の個体は後述のDB22よりも明らかに音が抜ける:まあ相手が相手なので負けるのはしょうがない)、SHUREのSRHシリーズ(遮音性能不明)、beyerdynamicのDT 770 M(公称35dBカット)など、取り回しとの両立を意図したものとしては、KOSSのPRO3AA、beyerdynamicのDT 660 EDITION 2007(公称16dBカット)、DIRECT SOUND(国内の取り扱いはオールアクセス)のEX25とEX29(それぞれPassive Attenuation: 33.4dB @ 8000 Hz / NRR 25dBと36.7db @ 8000 Hz / NRR 29dB、EX25はイヤーマフHP-25にムリヤリドライバを突っ込んだような形状で公称減衰値も同じ:代理店の分類ではPA機器)などがある(QZ99を除き、いづれについても筆者は具体的なことを何も知らない)。QZ99は珍しいデザインで、左のハウジングにボリューム調整用のダイヤルがついている。そのせいか遮音性能も出音も左右で揃っていない(それで実用上の問題があるかと聞かれると、多分なさそうではあるし、あくまで筆者が購入した個体の話)ものの、ケーブルの途中にあるモノラルスイッチとあわせて、楽器の練習用に便利である。

遮音性を高めたモデルは側圧が強いのがお約束なので、他の機種にも増して試着が重要なことは覚えておきたい。ドラムス演奏用のイヤーマフなどにも同じことが言える。筆者の手元の機種で言うと、VIC FIRTHのDB22(作っているのはPeltorで25dBカット(NRR25dB)だが、測定方法が本気なのでヘッドフォンなどの公称遮音性能と横並びに数字を比べることはできない)は「まんま防音イヤーマフ」レベル(本気で本気なH10Aなどと比べれば極端にゴツい作りではないし、使い込むと多少は馴れる)、KOSSのQZ99は「ヘッドフォンにしては圧迫感がある」くらいだろうか。DB22は非常に高い遮音性を誇るが、ヘッドフォンではないのでそのままではモニタができない。筆者は当初カナル型のイヤフォンを併用しようと思っていたが、よほどコンパクトな機種でないとマフと干渉し、接触により遮音性能がスポイルされる(筆者の手元の機種は全滅)。このため、イヤーマフはあくまで単純な耳の保護、演奏に使うならヘッドフォンと、区別して考えた方が無難そうである(やはりPeltor製でHTM79A-Sという「ステレオスピーカ内蔵イヤーマフ」もあり、DB22と同じNRR25dBを叩き出しているが、本気機材だけあってややお高い:実際のモノは知らないが、音楽用の製品だとは思わない方がおそらく無難だろう)。なお、本気で本気のイヤーマフでも50dbとか60dbの遮断性能を持つものはめったにない。

ローエンドはバリエーションがけっこうあり、ビクターのHP-Mシリーズ、すでに触れたクラシックプロのCPH7000、ヤマハが地味に売っているRH5MAのほか、BEHRINGERのHPS5000など海外メーカーのものも多い。5000~6000円くらいの密閉型には、ソニーのMDR7502(MDR75シリーズ)、オーディオテクニカのATH-M30(筆者も所有しておりPAや録音モニタに向く性能)など、シリーズモノの下位or中位機種が多い。すでに触れたSIH1、QZ99とPRO3AA、EX25のほか、SHUREのSRH440など、演奏用やマイク録音用のラインナップもけっこう豊富。セミオープンに目を移すとAKGのK121 Studio、FOSTEXのTH-5とTH-7シリーズ、KOSSのUR/40(モニタにも使えると説明されているがメーカーの分類ではカジュアルリスニング用)などがあって、ローエンドの選択肢として面白い。テクニカやゼンハイザーですら手を出さない半開放モニタに殴り込んだフォスさんの心意気もさすが。

5000円クラスのモニタ用は専業でないメーカーがセット商品を作るついでなどで売っているものがけっこうあり、PRESONUSのHD7、SAMSONのSR850(AmazonUSAではRH600も定価表示は同じ:実売はSR850の方がちょっと安いがどちらも50ドルくらい)、FocusriteのHP60(単品売りしているところがほとんどないが、50ユーロくらいの模様)、HosaのHDC-800(メーカー直販で50ドル、実売は40ドルちょっとの模様)、ちょっと変わったところでTASCAMのTHシリーズもある(アメリカでしか売っていないような感じ:未確認)。OEMメーカー(Superluxが大手らしいが未確認)の頑張り次第では面白いものがあるかもしれない。もう少し下の価格帯には、台湾(マイク、ヘッドフォン、スピーカ、サウンドカードなどに強い印象がある)などを中心としたアジアメーカーの製品が台頭してきている様子。2013年7月現在、モニタヘッドフォンがどういうものかちゃんと理解しているメーカーは少ないようだが、ヘッドフォンとして普通レベルの部品を実績のある丸パクリデザインに突っ込んでいるため、結果的にコストパフォーマンスが高いものもあるようだ(モノはまったく未確認)。

2013年7月追記:AKG(というか多分ハーマン)がPerceptionシリーズ(P420やP170などのマイクに使っている名称と同じ:以下「P」と略記する)でローエンドに殴り込みをかけた。2013年7月現在、K44Pが3千円前後、K77Pが4千円前後、K99Pが5千円台で、メーカーの分類では全部over-ear、K99Pはon-earのK121Studioと同列扱いらしい。日本の販売店は「密閉型」としているところが多いが、メーカーの表記だとK44PとK77Pが「semi-closed」でK99Pが「semi-open」になっている。まったく未確認だが、もしかしたら、K44PとK77、K77PとK99PとK99は同じドライバかもしれない。これでモニタ用は、フラッグシップのK7x2シリーズ、レトロモデルのK240Studio、オーバーイヤーのK2xxmk2とオンイヤーのK1xxmk2、アッパーローエンドのオンイヤーK121StudioとオーバーイヤーK99P、エントリーモデルで半密閉のK77PとK44Pということになった。ハーマン傘下になってから迷走感のようなものもあったが、少なくともラインナップはスッキリしつつあるようだ。

2021年3月追記:KOSSがPRO4Sという機種に(有線の)デイジーチェーン機能を搭載した(たんにデュアルエントリーの空きジャックを直結して並列でぶら下げると、とてもアンプに厳しそうなんだけど、タダの銅線でないとデュアルエントリーにならないわけで、どうやってギミック盛ったのか不明:気になるなぁ、中身)。中の人がこういうの考えるの好きなんだろうなぁ。AKGはまた迷走感が強まってきた。本家サイトの分類とアピールを見るに、K701系、K175(245と275は182に喰われた?)、K182(本来はDJ用?)、K553Mk2(短命だったK550の面影があるが今度こそなのか?)をメインストリームに考えているようだが、K240系が売れやまない、ということなのだろうか。Rolandはやたら機種が増えたがRH-A7も継続、ヤマハのHPH-150とHPH-200も選択肢になっている(どっちもスタジオモニターを称する密閉もラインナップしている)。SHUREはパッケージが変わり、MACKIEも密閉で参入、SENNHEISERのHD200PROやbeyerのDT240PRO、KossやKRKやDIRECT SOUNDに日本メーカーなんかも粘っていて、密閉はやたらと種類が増えた。なお、無線機種とハウジングを共用する有線機種も出てきているようだが、性能面では論外なやり方(音響的and/or空間的にカッツカツなヘッドフォンのハウジングに、わざわざデッドスペースを作ろうってんだから)で、普段無線機種を使っていてどうしてもスポット的に有線で使いたいというとき以外は考慮に値しない(既存の有線機種に性能を犠牲にした改造を加えて無線機種にすることは可能なので、無線有線のどっちを主としてデザインされているかという問題になる)。


ヘッドフォンアンプ

専用のヘッドフォンアンプは、ダイナミック式の機種で普通の音量域なら必要ないことが多い(多くの機種で感度が90~100dB SPL@1mWくらいはある)が、複数のヘッドフォンを併用する場合はあると便利。なお「ダイレクト入力」に正式な定義は多分ないと思うが、以下では注記がない限り「本来の入力をミュートして割り込む入力」のこと(本来の入力に混ぜるAux入力とは異なる)。

ローエンドの具体的なラインナップとしては、EHRINGERのHA400 Microamp(小型で安価で独立ボリュームの4系統)、オーディオテクニカのAT-HA2(1系統2分岐)、SAMSONのS-AMPとARTのHeadAmp4(4系統でシンプル系)、BEHRINGERのAMP800 MiniAMP(4系統で多機能系)などがある。ハーフラックサイズだと、筆者が使っているPRESONUSのHP4(4系統+ボリュームとミュートつきのスルー出力)やSAMSONのC-que8(インジェクト入力を混ぜられる)あたり。ラックマウントのローエンドはBEHRINGERのHA4700(EQ付き4チャンネル)とHA8000(チャンネルごとに選択可能な2系統入力+チャンネル独立ダイレクト入力8チャンネル)、ARTのHEADAMP6やALESISのMULTIMIX 6 CUE(ダイレクト入力とチャンネルAuxつきの6チャンネル)など。

ミドルレンジは4~8系統が2~3万円前後で、TASCAMのMH-8、PRESONUSのHP60あたりが目に付く。同じ部品を使い回せる機器なので、チャンネルあたりのコストパフォーマンスは多チャンネルの方が高い。オーディオテクニカはちょっと変わった機種も出していて、名前からしてAT-HA2の上位機種っぽいAT-HA20(どうせなら独立ボリュームにしてミュートボタンとマスターボリュームもつければよかったのに)や、ドラムセットに組み込み可能なDH-01、ハーフラックのミドルレンジAT-HA65などがある。

上に挙げた中では、小型機種でHA400、多機能ラックサイズでHEADAMP6あたりのスジがよさそうだが、筆者はHP4以外使ったことがない(AT-HA65なら出先で使ったことはある)。HA4700の構成もなかなか面白く、1人で使うならEQはない方が便利なことが多いだろうが、複数人で違うヘッドフォンを持ち寄る場合などには便利で、チャンネル数も来客用アウトプットにちょうどよさそう。4チャンネルでチャンネル3と4だけEQつき、みたいな機種があったら便利なのに。

ヘッドフォンの数がそれほど多くないならモニタコントローラで賄う案もあり、ローエンドにPRESONUSのMonitor Station V2やMACKIEのBIGKNOBなど(TC ELECTRONICのBMC-2はヘッドフォン出力が1つだけ)、ミドルレンジにPRESONUSのCentral Station + CSR-1やSPLの2Controlなどがある。あくまでライン入出力のマネジメントが主になっている機種が多く、ヘッドフォンアンプだけを目的に導入するとコストパフォーマンスが悪いだろうが、本来の用途以外にディストリビューターを兼務させるような使い方も考えられる。

アンプの残留ノイズの影響は電圧に対する音量(能率)に左右される。たとえば32Ωでインピーダンスマッチした105dbSPL@1mW(だいたい120dbSPL@1V)のヘッドフォンに0.1mV(-80dbV)の残留ノイズが印加されると40dbSPLになる(ノイズシグナルともに、アンプの内部抵抗とヘッドフォンの負荷抵抗で分圧されることに注意)。このアンプの最大出力が1Vだったとして、アッテネーターを入れて音量を20db下げてやると、残留ノイズが20dbSPLの最大出力が100dbSPLになる。ようするにヘッドルームが無駄に広い(最大出力が無駄に大きい)とS/Nが悪くなるという当たり前の話だが、リスニング用の高級機には有り余るほどのヘッドルームを確保してなお無視できるくらいまでノイズフロアを下げたものもあるようだ。


電圧とインピーダンスについて

ヘッドフォンの負荷インピーダンスは、ポータブルオーディオ用のものでは16Ω(出力インピーダンスも16Ωが多い)が一般的で、リスニング用だと32Ωが多く、スタジオ用やステージ用のものは50~70Ωくらいが中心になっている。アンティーク風のモデルを中心に600Ωくらい(多分、真面目にインピーダンスマッチングをしていた時代の名残だと思う)のものもたまにある。ヘッドフォンアンプの出力のインピーダンスも機器によってバラバラで、スタジオ用の機種には最小負荷が50Ωくらいのものもある。

ミキサーやサウンドユニットのヘッドフォン出力は、MACKIEのOnyx1640iや1620iが25Ωの最大+22dbu、RMEのFirefaceで30Ωの最大+17dbu、スモールミキサーには50~100Ωくらいの製品もけっこうある。ヤマハはMGPが150ΩでMGシリーズやデジタルミキサーは100Ωが中心(多くは6V@開放端くらいの出力に見え、最大出力+18dbuの規定出力+12dbuくらいを意図したか)。スタジオ用のヘッドフォンアンプは50~100Ωくらいの出力インピーダンスがよく見られる。スタジオ用ヘッドフォンにはインピーダンスピークが大きいものが多く、自分だけミキサーから取って素直な音をリファレンスし、他の人にはドンシャリ方向に寄せた音を送るという大人の技が使える(ようにそうなっているのか知らないが、結果的に可能)。

60Ωの負荷を想定した場合、+17dbuを30Ω出しすると負荷に3.56Vかかって212mW、+18dbuを100Ω出しすると負荷に2.25Vかかって84mW、+12dbuを100Ω出しすると負荷に1.13Vかかって21mWになる。だいたいの目安として1V@負荷または20mW程度が、ノミナル無減衰シグナルに対する出力の下限になるのだろう。ヤマハがヘッドルームを大きく取っていないのは、たとえばノミナル+10dbくらいの信号をヘッドフォンアンプで歪ませずに出力できても危険なだけでメリットがないという判断かもしれない(常用出力でのS/Nを改善するためにそちらを選択したなら合理的だと思う)。この辺は機器のコンセプトやデザインによるのだと思う。

ヘッドフォンのインピーダンスには、素朴に考えて3つの問題がある。アンプの出力インピーダンスよりもヘッドフォンの負荷インピーダンスが極端に低いと、ショートに近い状態になり危険である。ヘッドフォンの負荷インピーダンスが極端に高いと、同じ電圧をかけても電力が小さくなり、結果的に最大出力が得にくい。アンプの出力インピーダンスが高いと、周波数による負荷インピーダンスの変動で負荷にかかる電圧が変わりやすい(ただし600Ωの機種はインピーダンスマッチに近い状態を想定して作られているはずなので、ロー出しハイ受けにするとかえって特性が乱れるはず)。なおいわゆるダンピングファクターは、パッシブな電気制動をアンプとドライバユニットで分担する割合を示しているだけで、単独で考慮しても意味がない。

例として、ノミナル32Ωピーク64Ωのリスニングヘッドフォンを、出力インピーダンス16ΩのポータブルオーディオA、出力インピーダンス32ΩのリスニングアンプB、出力インピーダンス48ΩのモニタアンプC、出力インピーダンス64ΩのモニタアンプDに繋ぐと仮定しよう。開放端電圧100mVでヘッドフォンにかかる電圧は、Aではノミナル66mVに対してインピーダンスピーク80mVで+1.67db、Bではノミナル50mVに対してインピーダンスピーク66mvで+2.41db、Cではノミナル40mVに対してインピーダンスピーク60mVで+3.52db、Dではノミナル33mVに対してインピーダンスピーク50mVで+3.61dbと、アンプの出力インピーダンスが高くなるとインピーダンスの影響が強まるのがわかる(AとDの差分で2db近く特性が変わる)。だったら最初からロー出しにすればよいというのはわかる話だが、そうすると低域にレゾナンスを作ったり空気ばねで特性を変えたりといった小細工がしにくくなる。公式化しておくと、ノミナルインピーダンスn(Ω)、ピークインピーダンスp(Ω)、出力インピーダンスa(Ω)、ただしすべて正の実数でn<pのとき、同じ開放端電圧でヘッドフォンに印加される電圧は
20 * log{[p / (p + a)] / [n / (n + a)]} =
20 * log{[p * (n + a)] / [(n * (p + a)]} =
20 * log[(pn + pa) / (np + na)] (db)
となる。aがゼロすなわち理想的な定電圧電源だと差はなくなり、aが無限大すなわち理想的な定電流電源だと約分されてp/nだけ残る。a=nのとき、
(pn + pa) / (np + na) = (pn + pn) / (np + n^2) = 2p / (p + n)
a=pのとき、
(pn + pa) / (np + na) = (pn + p^2) / (np + np) = (n + p) / 2n
という形になる。ここでp = rnと置くと、
2p / (p + n) = 2rn / (rn + n) = 2r / (r +1)
(n + p) / 2n = (n + rn) / 2n = (r +1) / 2
と簡単になる。a=nからa=pになったときの変動を考慮するなら、
20 * log{[(r +1) / 2] / [2r / (r +1)]} = 20 * log[(r+1)^2 / 4r]
この辺を考慮すると感度をSPL/mWでなくSPL/Vで表記するヨーロッパメーカーのポリシーの方が合理的にも思える(アンプの出力表記に合わせたのだろうが、むしろそちらを電圧準拠にしてもらった方がわかりやすい:パワーアンプが電力増幅器である以上仕方ないといえば仕方ないことではある)。

個別の事情を無視した当て推量だが、多くの機種で「出力インピーダンスと同じ~5倍」くらいの負荷なら大きな問題なく動くのではないかと思う(それだと壊れる機種がないとは言えないので、詳しくはメーカーに問い合わせよう)。そもそもメーカーは「規定負荷インピーダンス:8~40Ω」(MT4Xの説明書より)とか「動作範囲 24 to 600Ω」(Fast Track Ultraの説明書より)といった形で仕様を表記するのがスジだと思うのだが(そのうえで出力インピーダンスや最大電圧を表記するのはメーカーの自由だとしても)。ただ、この書き方にしても「性能を十分発揮できる範囲」を示しているメーカーや「壊れない範囲」を示しているメーカーなど、かなりバラバラなのだろうと思われる。

アンプの出力インピーダンスが一定で、ヘッドフォンの負荷インピーダンスをそのn倍とすると、ヘッドフォンでの仕事率(電力)はn / (n+1)^2に比例する(計算はその他のページに掲載したので繰り返さない)。もっとも効率がよいのはnが1(すなわち出力インピーダンスと負荷インピーダンスが同じ=インピーダンスマッチした状態)のときなので、カタログや取扱説明書にインピーダンスの表記がない場合、最大出力時の負荷が出力インピーダンスと一致しているのだろうと(断定はできないが)推測できる。

出力電圧Vと出力インピーダンスRoの2つが両方未知数の場合、連立方程式を解くために式が少なくとも2本必要になる。たとえば負荷抵抗Ra(Ω)に対して出力Pa(W)、負荷抵抗Rbに対して出力Pb、これらすべてが正の実数であれば、
{V * [(Ra / (Ro + Ra)]}^2 / Ra = Pa
(V^2 * Ra) / (Ro + Ra)^2 = Pa
V^2 * Ra = (Ro + Ra)^2 * Pa
V^2 = (Ro + Ra)^2 * Pa / Ra
同様に
V^2 = (Ro + Rb)^2 * Pb / Rb
辺々引き算して
(Ro + Ra)^2 * Pa / Ra = (Ro + Rb)^2 * Pb / Rb
(Ro + Ra)^2 = (Ro + Rb)^2 * Pb * Ra / Rb * Pa
ここでPa * Rb / Ra * Pb = Tとまとめて
(Ro + Ra)^2 * T = (Ro + Rb)^2
[Ro^2 +2(Ro * Ra) + Ra^2] * T = Ro^2 + 2(Ro * Rb) + Rb^2
(T-1)Ro^2 + 2 * (T * Ra - Rb) * Ro + (T * Ra^2 - Rb^2) = 0
という2次方程式になる。正の実数解を2つ得た場合、どちらが真の値かは上記2式だけからは判断できない。

なお、64Ωの負荷抵抗に1mWを出力するには0.25Vちょっとの電圧をかける必要があり、インピーダンスマッチングが取れていると仮定すると開放端電圧が約0.5Vなので、だいたい-6dbV(-3.5dbu)になる。出力抵抗16Ωで16Ωの負荷抵抗に1mWを出力するなら、開放端電圧は0.25V程度でよい(必要な電圧が6db低くなる)。もちろん、出力抵抗が完全にゼロであれば開放端電圧=負荷にかかる電圧なので、上記よりも6dbくらい低い電圧で1mWを出力できる。


オマケ1(イヤーパッド)

モニタヘッドフォンのイヤーパッドというのはかなり難しい。人の頭の形はそれぞれ違うわけだから、パッドの側がある程度変形して差異を吸収しなければ「すわりが悪い」製品になってしまう。一方で、変形が大きければ大きいほどディメンションや音の反射が変わってしまう。

密閉型はさらにデリケートで、側圧の変化も考慮しなければならない。密閉型ヘッドフォンのヘッドバンドの一番耳に近いあたりを掴んで側圧を上下させると音が大きく変わるはずだが、頭の大きさが少し違ったり、バネが少しヘタってきただけで似たような変化が起こると思われる。またすでに触れたように、密閉式の場合薄く硬いイヤーパッドをペタっと強く押し当てた方が低音再生(周波数特性と歪みの少なさの両方)と遮音性能で有利になる。

リスニング用のものなら、快適性優先で極端に変形の大きなパッドを採用する(ソニーのキングサイズイヤークッション/シームレスイヤーパッドとかエンフォールディングストラクチャーとか)こともできるし、密閉型に布(ベロア)イヤーパッド(SENNHEISERのHD439や新しく出たHD451、筆者も以前愛用していたPioneerのSE-M39など)というのも面白い考え方で、快適性の追求とともに密閉型の特徴を出しすぎないワークアラウンドとしても機能し得る。

しかし音の正確さが優先されるモニタ用途ではそうはいかない。かといって、長時間作業への対応もしないわけにもいかない。結局、耳周辺全体に乗せるような格好にしたり、固めのパッドを耳の周りで支えたり、耳というよりは頭を軽く挟むような配置にしたりと、各メーカーでいろいろ工夫しているようだ。

なお奏者用モニタでは、Keith MoonやDarren Kingのようなヤンチャ系のドラマーがガムテープで頭に固定するという荒業をやっている。ヘアバンドなら筆者も試したことがあるが、かなり窮屈である。


オマケ2(調整機構)

ヘッドフォンの調整機構にはいくつかのタイプがある。

もっとも一般的なのはヘッドバンド部分が伸縮するタイプで、耳の近くに調整ポイントがあってイヤーユニットがシーソーのように動くBEYER式(最初にやったのがどこか知らないが、1937年発売のDT48ですでに原型ができている:BEYER自身は他の形式も一部採用している)は採用例が多い。KOSSやM-AUDIOなどのアメリカメーカーはたいていこのタイプがメイン、SHUREやMARSHALLなどの新規組も同傾向、ソニーやオーディオテクニカやフォステクスもスタジオモニタにはこの方式を採用している。イヤーパッドを「あてがって挟む」発想なのだと思われる。イヤーパッドの質感とバンドを伸ばしたときの形がポイントになる。クリックがあるものと抵抗だけで止めるものは好みだろう。

この形式の亜種といってよいのかどうかわからないが、ヘッドバンドは動かずヘッドバンドとイヤーユニットのマウント位置が動くものもあり、BEYERやSENNHEISERが部分的に採用しているほか、ローエンドの小型機種にもいくつか見られる。そのSENNHEISERは、小型機種やポータブル機種の一部にユニット移動式、開放の一部に片持ちを採用しているが、それ以外は両持ちシーソーマウントが多い。

骨組み部分は固定でバンドを使うタイプがもう1つのチョイス。2本パイプのフレーム+頭を包む形状のバンド+微妙に遊びを設けたセンタージョイントという構成のAKG式が代表例(採用されたのはたぶんK140カルダンくらいからで、最初期は伸縮タイプたっだ模様:現在も伸縮タイプは作っている)。PRESONUSやSAMSONなどがK240やK270のレプリカに近いものを作っている。頭全体で保持してイヤーパッドを耳に「乗せる」発想なのだと思われる。フレームの回りこみ方やバンドの終端位置(バンドを伸ばしたときにフレームのどの部分が引っ張られるか)がポイントになる。

ヘッドバンド形状はいわゆる「渡り線」(シグナルは独立だし、機種によってはグランドもバス型でなくツリーorスター型のトポロジーになっているので必ずしもTransition Wiringではない)の渡し方にも関わる。左右のハウジングを接続する構造体はヘッドバンドしかないので、片出しにする場合フレームの中を通すか外を這わせるしかない。わかりやすいのはAKG式の2本パイプで、着用者から見て前がグランド(白)で後ろがシグナル(黄ないし赤)のものが多いようだ(2本まとめて片方に通している機種もあるっぽいが未確認:メーカーや機種によって異なるのだと思う)。フレームが動くBEYER式は長さが変わった分をどこで吸収するかが問題になるが、業務用機などでは単純に線を外部にたるませた状態で出しているものもあるし、線を外に見せないように通している機種もある。

テクニカの羽付き(メーカーの呼称は3Dウイングサポート)は、ギミックが大掛かりになるものの独特のソフトさがある(あれでオープンのスタジオモニタを作ればいいのにと思う:ヘッドフォンメーカーのアイデンティティは(ドライバユニットよりも)フレーム構造だろうと思うのだが)。基本的にはAKG式バンドに準じる発想で、フレームも2本パイプが好まれる(ウィングサポートの左右をゴムひもで連結し、AKG風にするという改造があるらしい)。ATH-AD300はローエンドの貴重なラインナップだったが、2012~2013年くらいで生産終了になってしまった。

もう一方の国内大手ソニーは変態デバイス満載。オープンエアーのMDR-MAシリーズは頭のてっぺん近くに調整ポイントを持っていった伸縮タイプ、MDR-XBシリーズには前述のキングサイズイヤークッション/シームレスイヤーパッドを採用しイヤーパッドにも調整機能を分担させている。MDR-XD300の生産終了はATH-AD300とともに惜しまれる(ギミックが簡略なMDR-XD100だけ生き残った)。

パイオニアやビクターなど家電寄りのところは両方の方式を使い分けている(ラインナップが膨大なソニーやテクニカも:といっても、2013年5月現在ソニーのバンド式現行機種はワイヤレスのMDR-IFシリーズとMDR-RFシリーズくらいで、それも純粋なバンド式とはちょっと違うが)。高級なイヤーパッドや凝ったハウジングギミックが使えないローエンドでは、各社が苦心して快適性を追求しているようで、ビクターのテレビ用ラインナップに採用されているXホールドはバンド式と羽付きを組み合わせた格好、テクニカのATH-TADシリーズは固定フレームと2本フレームを組み合わせた格好、パイオニアのSE-MシリーズやビクターのHP-RXシリーズはバンドとシーソーマウントを組み合わせた格好になっている。


オマケ3(モニタヘッドフォンのアピールポイント)

ヨーロッパのメーカーはモニタ製品に対する考え方が(エンジニアはもちろんマーケティング担当者に至るまで)徹底されているようで、たとえばAKGの次期フラッグシップと見られるK712 PROの売り文句を2013年7月現在の公式サイトから抜粋すると、

The K712 PROs are reference, open, over-ear headphones for precise listening, mixing and mastering. The over-ear design guarantees maximum wearing comfort for fatigue-free mixing and mastering, while providing spacious and airy sound without any compromise. Their precise powerful sound results from improved low-end performance by 3dB. Being hand-crafted in Austria, the K712 PROs represent the high quality and legendary design AKG is known for.
最初にアピールされているのは「快適で疲れません」であって、それに「曖昧さを排した見通しの良い鳴りと両立しました」が続く(ハーマンさんが余計なことをしないよう、AKGとユーザーである自分のために祈っておこう)。同様にSENNHEISERのHD280PRO(Studio Headphonesに分類されている3機種のうち、HD26PROが放送対応、HD25-SPIIが屋外対応、HD280PROが高遮音モデル)の売り文句を2013年7月現在の公式サイトから抜粋すると、
The HD 280 PRO are closed-back, circumaural headphones designed for professional monitoring applications.
Due to its robust construction and excellent shielding, these are not only ideal for a very wide range of applications; the special 32 dB attenuation of external noise allows it to be used in a high-noise environment. So party on and let quality music flow into your ears.
最初に「堅牢な造りで高い遮音性があります」ときて「だからこんな使い方ができます」と続く(英語が微妙に変だがママ)。ちょっとした清清しさというか、そういう売り方ができることにある種の羨ましさを感じなくもない。

蛇足ついでに日本の大手2社のアオリ文句を抜粋しておこう(いづれも2013年7月現在の公式サイトより)。

ATH-M50:
大口径φ45mmドライバーユニットには強磁力マグネットを採用したプロフェッショナルユース・スタジオモニターヘッドホン。
ATH-SX1a:
軽量でコンパクト、放送現場での耐久性、使い回しの良さを高めた、プロ仕様のモニターヘッドホン。
MDR-CD900ST:
数多くのレコーディングスタジオで愛用されている音楽業界のハイスタンダード”アーティストはこの音で聞く”
MDR-7506:
プロフェッショナルの使用に応える高音質・高耐入力の折りたたみ式業務用ヘッドホン
・・・けっこう頑張ってるなぁ、日本メーカー。ちょっと見直したかも。



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