筆者が実際にやっている例を紹介する。個々のパラメータや設定などについては、ローコスト制作コーナーのソフト/音源/状況別の作り込みを参照。
まず確認しておきたいのは、使いやすいイフェクトの順序は作業環境で変わるということ。リニア編集(リアルタイム編集)かノンリニア編集か、プレイヤーが自分の手元で操作する必要があるかないか、デジタルかアナログかなどで事情が変わってくる。デジタルのノンリニア編集の場合、音質的にほぼ同一であれば、アンドゥ/リドゥによる試行錯誤が簡単な方がより優れた方法といえる。このことを念頭に置いて欲しい。また、生ドラムやアコピは入らない(デジタルドラムとデジピを使う)前提である。ベースも打ち込みなら作業がもっとラクだが、その辺は各自の事情に合わせて。
編集に入る前に録音を詳細にチェックする。よい音が録れていないといくら編集で悪あがきしても泥沼にはまるだけである。各トラックのテイクごとに、音源のよいところと悪いところを箇条書きにしておくとよい。1箇所や2箇所ミスがあっても、これは上手くいったと思える個所があるテイクを採用すべきである。また、演奏者/アレンジャー/作曲者/レコーディングエンジニアなどともしっかりと打ち合わせをして、曲の方向性を確認しておく。
さらに、ターゲットとなる再生環境もある程度意識しておかなければならない。想定する最小音量と標準音量と最大音量、ヘッドフォン/スピーカ再生のどちらをどの程度優先するか、ポータブル機器での再生を想定するか、といったあたりはぜひ確認しておくべきだろう。初心者はとりあえず「自分がいつも音楽を聴く環境でうまく鳴る」ことを目指すのが無難。
最初の編集はノイズ対策とノーマライズ。これはほぼ鉄則。具体的には、ハイパス(ローカット)フィルタ>エキスパンダ(またはゲート)>ノーマライズの順に処理する。ハイパスフィルタのところでオーバーシュートが起きる可能性があるので、この処理の前にノーマライズを行う場合は数dbの余裕を持たせておこう(かけない方がエキスパンダを設定しやすいし、そもそも必要ないと思うが)。
最後のノーマライズは、どうせ後からダイナミクスをイジるので適当でよい。フェーダーを大きく動かす予定なら-12dbくらいにしておくとよいだろうか(というか省いてもOK)。筆者は、ここまでの作業が終わったファイルを「生音」として保存している。
これは作業全体を通しての注意点だが、区切りがついてファイルを保存するたびに「前回保存したファイルとの聴き比べ」を行おう。どんなに慣れても「やらない方がマシ」な加工をついやってしまうときがあるが、区切りごとに音を確認することで被害が拡大しないうちに気付くことが可能になる。
楽器数が多い場合ハイパスフィルタをきっちりかけておくことは非常に重要で、低域をクリアにすることで低音楽器の音色にシンが通るので音量を上げずに済み、結果的に上に乗った音を邪魔することもなくなる。ハムノイズを避けられない生録音はもちろん、MIDIを録音したファイルでもスペアナを確認しながらハイパスをかけておくべきだろう(最初からハイパスがかかった音源なら不要)。
まずは一度モノラルミックスを作ってみよう(詳しくは、急がば回れのこの記事で触れた)。ただし、最終的にステレオミックスするなら、この段階で「すばらしい音」を追求する必要はまったくない(「ステレオ化によって解決すべき問題点」が残っているのは当たり前だし、それが見極められれば十分な「成果」である)。
ニコイチやパンチングを行う場合はまずトラックダウンしてしまう。作業の後半まで複数のトラックを残しておくのも手ではあるのだが、作業が煩雑になるし、各パートについて一貫したイメージを得にくくなるため、筆者は早めにトラックダウンを済ませてしまう(トラック1本あたりにかける労力を増やせるというメリットもある)。リテイクやパンチング録音が必要なパートがもしあれば、この時点でリクエストしておくとスムーズ。
トラックが確定したらじっくり聴いてから構想を練る。いったんモノラルミックスを作成して十分聴き込んだら、定位を大まかに振ってまた聴き込むのもよい(トラック単位でステレオイフェクトをかける予定の音源は極端に振れないことを考慮しておこう:おもにハース効果で定位を振ることになる)。できれば、定位だけでなく予定している加工も大まかに施したラフミックスを作成して、演奏者/アレンジャー/作曲者などと打ち合わせておこう。ちなみに筆者は、ラフミックスを作った場合でも、次のトリミングが終わるまでドラムス以外はセンター定位に戻して作業することが多い。
この時点で完成形の音をある程度イメージしておくことが重要である(慣れないと難しいが)。途中で変更が加わるのはまったく差し支えないが、ある程度指針を持って作業するのとそうでないのとでは仕上がりが大きく変わる。予定する作業の流れもメモしておこう。
音の調整を行う。ダイナミクス系は順序がけっこうシビアで、フェーダーなどの調整>リミッター>補正コンプ>シェイパーを基本に、フェーダー後~シェイパーの前のどこかにエンベロープシェイパーを挟み込む形になるだろうか。このときかけるリミッターはコンプやシェイパーのノリをよくするためのもので、音圧を稼ぐためのものではない(手間を惜しまないなら手作業で突出した個所の音量を下げた方がよい)。作業が終わったら、ここで一度全トラックの音をパラ出ししておくとよいだろう(作業用というより、後でトラックの差し替えやリミックスをやる場合に、ここで保存した音が欲しくなることがままある)。
「フェーダーなどの調整」とサラっと書いたが、けっこう重要な作業である。Audacityならばエンベロープツール、Reaperなら音量のオートメーションで行うのがラクだが、これをしっかりやっておけばやたらとコンプを振り回さずに済む。コンプを荒っぽくかけることで潰れた感じを出したい(=音色作りのコンプをかける)場合も、いったん下地を整えてやった方が無難なことが多い。音量調整をキッチリやれば補正コンプを省くことも可能である。
さらにディエッサーやイコライザなどで音色系のトリミングを行う。悪いところを隠すイフェクトを先に、よいところを目立たせるイフェクトを後に回すとよい。筆者は、ここまでの作業が終わったファイルを「トリミング済みの音」として保存している。ここでの品質は後に響くので慎重に作業したい。他のページにも書いているが、原音の悪いところを4分の3くらいは残すつもりで、よいところを損なわないよう細心の注意を払う。ここでしっかりとした音にならない場合、録音からやり直すしかない(どんなに頑張っても、失敗した録音をよい作品に仕上げることはできない)。
話がやや前後するが、ギターにディストーションや強いオーバードライブをかける場合、ディストーション自体に音量変化を潰す効果があるため音量感を均すためのコンプはほとんど必要ないが、事前にダイナミクスをある程度均しておかないとディストーションの効き方にムラが出る場合がある(のでかけることが多いだろう:オーバードライブを2段重ねにするのも一案)。ダイナミクスが平坦になるので、エンベロープシェイパーの代用としてのコンプを重ねがけすることも多い(もう少し複雑な使い方のページを参照:必要なら、イコライザによる補正も適宜行う)。
ここまでの作業が終わったらラフミックス(予定している加工の分までは盛り込まなくてよい、というか、予定を見直すためのもの)を作り、チェックを兼ねてまた聴き込んでおこう。次以降に必要な作業をしっかりと見極め、計画に変更があればメモしておく。リテイクやパンチング録音やトラック追加のリクエストは、遅くともこのタイミングまでに出しておこう(やむを得ない場合もあるが、早いに越したことはない)。
トリミングが完了したら、オーバードライブ/ディストーション/エンベロープコントロールor歪ませコンプ(ダイナミクス系)、ピッチシフター/ハーモナイザー/オクターバー(音程変化系)、コーラス/フェイザー/フランジャー/トレモロ(変調系)など、音色を変えるイフェクトをかける。好みもあるだろうが、まずはそれぞれの楽器が「単品でよく鳴る」バランスを探るのが近道だろう(全体の調整は後からでもできる)。
大切なのは、原音が基準であり中心であるという認識。思い通りの効果が得られないからといって強引な加工をせず、現状に合った加工を心がける(反対に、原音がしっかりしていればどんな加工を施してもそうそう破綻しないはずである)。プロクルーステース的な手法はよい結果を生まない。筆者の場合、ここで保存したファイルは完成(最後のWave書き出し)後に破棄してしまうことが多い(ディスクに余裕がある人は保存しておいた方がよいと思うが)。
オーバードライブ/ディストーションを入れる場合、コーラスやトレモロなど音量を変化させるイフェクトはディストーションなどの後にかけないと潰れるが、あえてトレモロを先に入れて潰れ具合を揺らすこともできる。ノイズもオーバードライブされるのでゲートなどが必要(アナログの場合イフェクタの台数を増やすと音が痩せるためオーバードライブ>ゲートとする場合が多いが、デジタルならエキスパンダ>オーバードライブ>エキスパンダの方が自然に仕上がると思う)。オートワウを使う場合はコンプの前に入れないと効き方がのっぺりする(もちろん、ペダルワウならコンプの後でも問題ない:構造としては通過周波数が可変なバンドパスフィルタと同義なので、ディストーションよりは前にするのが普通だが、あえて後ろに入れる手もある)。
音色に満足したら、ディレイ、キャビネットシミュレータ、ステレオイフェクト、リバーブ/アーリーリフレクションなど、空間/時間系のイフェクトをかける(実機で音が出る順番を意識するとよいだろう:あえて順番を変えてもよいが、リバーブは最後にした方が無難)。ステレオイフェクトに凝る場合は定位も大まかに振っておいた方がよいかもしれない(これは何ともいえないが)。後からトータル(=全体)にリバーブをかける予定がある場合、チャンネル(=個別)のリバーブはパラ出ししておいて、最後にウェットレベル(リバーブ成分の音量)を調整した方がラクだと思う(とくにスネアドラムとヴォーカル)。
ここで問題が出る場合、トリミング済みの音より前の時点で失敗している可能性が高い。なんとなくイメージが違うだけの場合は音色作りをやり直すことで解決できる場合もあるが、音色作りが失敗する一番の原因は原音がしっかりしていないことである。筆者は、ここまでの作業が終わったファイルを「加工済みの音」として保存している。音色を変えるイフェクトや空間/時間系のイフェクトはパラ出ししておく手もある(ただし、やたらとパラ出しして優柔不断にやるより1つ1つの作業を確実にこなして、どうしても保留したいものだけパラ出しした方がよいと思う:選択肢を増やしていく方向ではなく絞っていく方向に向かえると効率はぐっとよくなる)。
音量と定位の仮決めが終わったら、イコライザやフェーダー操作などを追加して全体のバランスを取り、パラ出ししたイフェクトの微調整や追加のステレオイフェクトなども行う。ここまでは原音の長所を極力損なわない方向で作業してきたが、ミックスでは全体のために邪魔になるものを容赦なく切り落とす(邪魔でないものまで切るのはよくないが)。各パートで主役となる楽器を想定し、たとえばギターを聞かせたいパートなら、ギターの音色を邪魔するものをどかしつつギターの音色を支えるものをしっかりと残す(ギター自体への味付けは最後にほんのりやる程度がよい)。温存してきたものを一気に使い切る感じ。筆者は、ここまでの作業が終わったファイルを「ミックス直前の音」として保存している。
ミックス作業に凝らないならここで終了しても差し支えない。凝る人は「気前よく捨てたものを可能な限り拾い戻す」工程に入る。パート単位の編集よりも、ピンポイントで特定の音や表現を狙った加工がメインになる。最初の時点で生音のトラックを(楽器別に)十分に聴き込んでいないと指針が立たないので注意(各トラックの「おいしい音」がどこにあったのかをしっかりと覚えておく)。文章にするとあっけないが、非常に高度な作業である。
作業がすべて終わったら演奏者などに報告を上げ、問題がないようであればトラックダウン(普通はステレオ=2chにする)をして次に進もう。自分自身でも繰り返し音を聴いてチェックすること。トラックダウン直後の音もwaveに書き出しておくと、何かと便利である。
音圧を最大まで稼ぐ場合、配布形態に合わせてファイルフォーマットを変換しておく(たとえばCDなら16bit/44.1KHzに変換する)。この作業を先にやるのはフォーマット変換でピーク音量が暴れるため。
0dbまでノーマライズして、音が重なってヒゲになった部分だけリミッターで削り、必要に応じて軽くイコライザをかける(この段階での加工はすべての音を巻き込むので控えめに)。筆者の場合、追加で全体にほんのりリバーブをかけることが多い(「同じ部屋で演奏している感じ」を出すためだが、やはりごくごく控えめに:パラ出ししてハイパスフィルタをかけると調整がラク)。埋もれた音がある場合はミックス前まで戻って個別に音量調整やイコライザをかけてやった方がよい。邪魔な音がある場合も同様。アルバムを作る場合は、必ず最初から最後まで通してのチェックをする。
「曲を完成させる」のがミキシングで「曲を配布/利用形態に合わせて加工する」のがマスタリングだとすると、上記の作業は「ミックスの仕上げ」当たるが、マスタリングの際に「もう少し戻って」作業したくなることが非常に多いため、トラックダウンの時点で作業を区切ってしまうことが多い。ここでの作業は、配布形態に照らして「想定される再生環境」を可能な限り網羅して音の確認をすべきである(ヘッドフォン・スピーカ・PCスピーカ・ラジカセなど:機材だけでなく「実際に視聴が見込まれる環境」全体をトレースしてみるとよい)。また、自分の耳がフレッシュな状態だけでなく、多少疲れてからの印象などもチェックしておきたい。
作業がスムーズでない場合、やはり前の工程に問題がある可能性が高い(前に戻らずなんとかしようとしてもドツボにはまるだけだと思う)。ある程度曲数をまとめてアルバム的に仕上げる場合は、曲間のバランス(音量その他もろもろ)やつなぎ方(無音でつなぐかクロスフェードさせるか)なども検討しなければならない。一通りの作業を終えたら、最初に保存したファイルを使って「録音しただけの音をラフミックスしたもの」とも聴き比べよう。最終確認の意味もあるし、自分が今回「どんな作業をしたのか」が明らかになる。
ポータブルオーディオでの再生を前提にしている場合は、市販CDやダウンロード販売されている楽曲に近いレベルまで音圧を稼いでおいた方がよいだろう。というのは、他の曲とシャッフル再生される可能性がかなり高く、しかも状況的に音量調整がわずらわしいと予想されるからである。反対に、曲単体でのネット配信などではある程度音量マージンを取っておいた方がよい。というのは、ファイル読み取り後の音量変化が読めないからである。たとえばSoundPlayer Lilithのイコライザ(Windows標準であるDirectXの機能をそのまま使ったもの)で「63Hzと100HzをブーストしてLevel(全体の音量)はそのまま」などという設定をして、音量をいっぱいまで上げたファイルを再生すると音が割れる。もちろん、イコライザの設定が間違っているのが原因であってファイルの問題ではないのだが、ありがちなシチュエーションには違いない。また、ネット配信には非可逆圧縮を用いることが多いが、その際のオーバーシュートを見越したマージンも必要である。「配布/利用形態に合わせて」というマスタリングの第一目的を忘れないようにしたい。
音が完成したら配布形態に合わせて最後のフォーマット変換をやる(たとえばCDならISOイメージを作るとか、ネット配信なら圧縮するとか)。
納得がいく曲ができたら、ここまでに保存した都合4セットの作業ファイル、録音しただけの素のファイル、パラ出ししたダイナミクス補正後のファイル、完成品のファイルをまとめて「作業終了フォルダ」に移動し、曲の説明(忘れないうちに制作参加者や録音日などをメモっておくとよい)をチョロチョロ書いて終了。筆者の場合後日ふとリミックス/リマスターをしたくなることがあるので、ファイルは消さないようにしている(余談になるが、連番や日付けではなく「trimed」とか「premix」とか、工程がわかる名前のフォルダに入れておくと後で混乱しない:日付などを併記するのはアリ)。
なお、次の録音のために気が付いたことは作業の都度メモしておくとよい。とくにミックスダウン終了時には「こんな録音にすればよかった」「演奏でここに気をつけた方がよい」「アレンジのここがよくない」など、いろいろと反省点が出てくるはずである。また、最初に立てた予定と実際のミックスダウンがどのくらい食い違ったか(どの部分の見通しに甘さがあったのか)も確認しておきたい。これを繰り返すことで、アレンジの段階からミックスダウンまで見据えて作業する能力を高められる(後から反省点として出てくるはずの事柄を事前に把握できるようになる)。