編曲(予習編)


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アレンジ(編曲)と一言に言っても、オーケストラアレンジからJazzのリハーモナイズまで、指し示す内容は文脈によって大きく違う。しかし「完成したメロディと曲の構想を元に各楽器における実際の演奏内容を決める」という点だけは共通している。

作曲と違いアレンジには体系的な音楽理論の知識がある程度必要になる。オンラインの資料としては、すでに何度も紹介しているMore Jamというサイトの解説が非常に有用である(コードネームで弾こうというコーナーだけでも、実際に音を出しながら一通り読んでみることを強く推奨する:正直なところ筆者のいい加減な記事などより10倍ためになるが、作曲の知識補充編を読んでおくと予備知識くらいの役には立つかもしれない)。理論を完璧にマスターする必要はないが、とりあえず一通り把握しておこう。

以下、作曲の知識補充編と「コードネームで弾こう」の内容を一通り把握している前提で話を進める(丸投げの形になるが、書籍による解説も含め筆者が知る限りもっとも優秀な教材なので、読者の効率を考えるとこれが最良だと思う)。

経験や知識が占める割合が大きいということは、努力でカバーできる領域が大きいということでもある。勉強や練習が苦になる人は、自動編曲ソフトが手軽になってきたようなので試してみるのもよいだろう。練習ではなく体験をしてみたい初心者は一足飛びの音楽制作を参照のこと。


楽器に触れよう

アレンジに挑戦するにあたり、楽器に触れておくのは非常に重要である。楽器の腕前は高ければ高いほど有利だが、触ったことがあるだけでも大いに役立つ。筆者自身は、ギターのコードは10くらいしか知らないし、鍵盤はCとFとGとDくらいでしかスリーコードも回せないし、ドラムスに至っては8ビートもまともに刻めないが、それでも、アレンジを行う上で楽器に触れた経験は大いに役立っている(ちなみに、上記は2008年10月時点の話で、この後もう少し上達する予定:鍵盤練習中)。

ポピュラーミュージックでよく使われる楽器といえば、ギター、ベース、ドラムス、鍵盤がまず挙げられる。このうちギターとドラムスと鍵盤は、練習スタジオなどでレンタルされていることが多い(追加料金なしのところもあれば、数百円のレンタル料を取るところもある)。ベースのレンタルはあまり多くないが、ギターに触れておけばある程度感覚を想像できると思う(機会があるのなら、触れておくに越したことはない)。

もう少し細かいことを言えば、たとえば同じ鍵盤でもアコピとオルガンは別物だし、同じギターでもアコギとエレキでは大違いなのだが、とりあえずはギター族・鍵盤・ドラムスの3カテゴリで各1種類に触ってみよう。管楽器は全般的に入手性が悪いため、触れられる環境がある人はラッキーである(ポピュラーミュージックではラッパ系とサックスの登場頻度が比較的高い)。

生楽器のソロフレーズなどを作る場合は手癖がものを言う傾向が強く、よい手癖をしっかり身に付けている演奏上級者にはどうしてもかなわない。ベースラインなども手で作る部分が大きい。楽器の演奏ができない(あるいは下手な)人には苦しい部分だが、演奏が下手でもできることはそれなりにあるので、まずは手の届く範囲で技術を身に付けよう。


アレンジの心得

作曲のページでは、説明の都合上「曲を作る」という言い回しを何度か用いたが、表現的なことまで含めて考えると、メロディが出来上がっただけでは「曲」は完成していない(究極的には演奏されて初めて「曲」になる)。反対から言うと、同じメロディであってもアレンジ次第で表現の可能性がさまざまに変化し得る。

これを言葉で説明されて「へえ、そうなんですか」と感心しても何の足しにもならないので、「同じ曲が異なるアレンジで演奏されたもの」をできるだけ多く聴いてみることを強く推奨する。

多くの人が知っている曲から選ぶなら、アニメのオープニングに使われた「ルパン三世のテーマ」あたりがよい教材になるだろう(筆者は古いアレンジが好きだが2000年以降のものも意外と悪くない:アルカトラズコネクションでのアレンジも秀逸)。映画ならレンタルビデオで丸ごと借りてくるのもよいだろうし、サントラ(テレビシリーズのものも含む)が出ているバージョンもあるし、オフィシャルでないアレンジにも面白いものは多くある。最初から歌詞がついた曲だと「翼をください」あたりだろうか(オリジナルである赤い鳥の演奏は、初版アレンジ、リアレンジ、ライブアレンジともに意外なくらいアグレッシブ:英訳も複数バージョンある)。

ブルースのスタンダードナンバーもバリエーションが豊富で「Sweet Home Chicago」だけでも聴いておくとよい。Robert Johnsonのオリジナル、Buddy Guyがエレキギターの有名どころと一緒にやったもの、Blues Brothersバージョン、アメリカやイギリスのコテコテなブルースバンドがやったもの、アコギのインスト、ピアノアレンジなど、まったく印象の異なるアレンジが数多くある。

エレキギターを弾く人は何といっても「Little Wing」だろう(それこそ無数のアレンジ違いが発表されている)。ギターを弾かない人でも、クラプトンの「Layla」(いとしのレイラ)はぜひ聴いておくべきである(アルバムバージョンとMTVアンプラグドでやったブルース風バージョンはかなり違う:というか、MTVアンプラグドシリーズはどれも参考になるものばかり)。シンセを使う人はYMO(セールスの都合からか、初期のYMOには海外有名曲のカバーがとくに多い:反対に、YMOの曲がリアレンジされたケースも多く、YMO自身によるアレンジ違いバージョンも数が多い)。

クラシックの世界だと、同じ曲を違う楽器のためにアレンジするようなことは日常茶飯事なので、探せば「アレンジ違いの曲」はいくらでも見つかる。Jazzも同様で、スタンダードナンバーのアレンジ違いは無数にある。ポップスしかやらない人にとっても参考になるはずなので、余裕がある人は聴いてみるとよい。ロック系ではビートルズの曲が圧倒的なバラエティを誇る(その分しょうもないアレンジも多い)。ポップス系はリアレンジ曲のバリエーションが比較的少ないが、いわゆる「カバーアルバム」を中心に探すとよいだろう。

アレンジ違い音源の収集そのものを趣味にしている人もおり、もし知り合いにそういう人がいれば、頼んでもいない音源も含めて大量のバージョンを紹介してくれるだろう。少し趣旨は違うが、アルバムバージョンとライブバージョンでアレンジを大きく変えるバンドもある。

この段階では、アレンジの技術自体を盗もうという意識はあまり必要ない。ただ、アレンジの力というか、アレンジによって何ができるのかということを実感しておいて欲しい。


だいたいの流れ

やり方は人それぞれだが、全体の方針と各パートの役割を再確認>楽器の編成(種類)を決定>キーを仮決め>リズムとビートとテンポを大枠決め>コードとメロディを大枠決め(同時にキーを確定)>ハーモナイズの本番作業>音の追加>全体の最終決定、といった流れだと無駄が少ないと思う。

リズムとビートとテンポの大枠が決まっていないと他の作業に支障が出るし、コード楽器をメロディの、ベースを上モノ(コード+メロディ)のサポート役として捉えるなら、主役がどう振る舞うのか方針が立ってから考えた方が効率がよい(仮のベースラインがすでにできていても支障はない)。

まず決めること

楽器の編成は最初にある程度考えておくべきだろう。とくにベースは、エレキベースだけでもフレットあり/なしや4弦/5弦/6弦やビック弾き/指弾きなど種類が多く、打ち込みでやるにしても10種類くらいは候補があると思う(筆者の知っているベテランベーシストに、エレキベースを5本も6本も持っている人がいる)。アコースティックベースギターやコントラバス(ウッドベース/弦バス/アコースティックアップライトベースなどとも)やシンセベースなどの使用も視野に入れるとさらに候補が増える。

なぜベースの種類にこだわるのかというと、ベースの音色によって音の積み方が変わってくるからである。この辺の事情には鍵盤あれこれのページなどでも触れているが、音域が下に広く倍音が少ない音色ほど他の楽器が低い音域に降りていきやすくなる。しかし、(ライブ前提なら無難ではあるのだが)闇雲に低い音で倍音を消せばよいわけではなく、ベースの存在感がどの程度欲しいのかや和音がどの程度頻繁に動くのかなども考えなければならない。またベースのアタック感がどの程度あるかによってリズムセクションの考え方を変えなくてはならない。

もちろんベース以外の楽器も重要で、楽器の編成によってアレンジが大きな影響を受けるのは、すでに紹介したMTVアンプラグドでの演奏例やYMOによる海外曲のアレンジなどを聴けばすぐに実感できるだろう。ツェッペリンのライブアレンジ(ベースとキーボードを兼任していたジョーンズ先生の都合が大きく影響)あたりも参考になるし、90年代後半以降のroxetteのライブアレンジ(デビュー10年くらいでマリーのハイトーンが出なくなったためだと思われるが、キーを大きく下げずにメロディアレンジでの対応を優先しており、原曲のメロディを知っていると「なるほど」と思わされることしきり)も面白い。

初心者がポピュラーミュージックをアレンジする場合、キーは作曲時点のものから変更しないことが多いだろうが、けっこう影響の大きい部分なので軽視しないで欲しい。あまりぱっとしないメロディがマイナーアレンジで生まれ変わるような例もあるし、単に音程を平行移動させただけでもベースアレンジに大きな影響が出る。少なくとも、トニックとサブドミナントとドミナントのベース音にどの音を使うのかくらいは意識してキーを決めたい(後から移調する場合ベースアレンジをやり直すことになり、結果的にハーモナイズを丸ごとやり直す羽目になる:全体的な響きがかなり変わるので、シンセベースを使う場合も無視はできない)。

見落としなく作業する

いわゆる音楽の3大要素(リズム、メロディ、ハーモニー)と、ウタものの場合は歌詞についても、見落としのないよう注意してアレンジを行いたい。これらはすべて流動的に変化し得るもので、演奏のたびに異なっていても差し支えないものである(ただし、何が何でも手を入れなければならないというわけではなく、音楽的な理由から意図的に手をつけないという選択はありえる)。

これらの作業は互いに密接な関連性があり、たとえば作曲の基礎完成編で大きな古時計(メジャーアレンジ(Gメジャー)マイナーアレンジ(Gマイナー))をサンプルとして使ったが、ハーモニーを大きく変える場合はメロディアレンジ(本編で何度も出てくるモーダルインターチェンジの考え方を採用すると、メロディは同じでモード=旋法=旋律作成の作法=メロディの枠組みが変わっているだけだが、面倒な話になるので、ここでは単純に「メロディアレンジ」で片付ける)も必要になる。動かすと複数の要素が大きな影響を受ける楽器もある(ベースの見直しでリズムとハーモニーが影響を受けるなど)。

もちろん、メロディだけやコードだけの変更でも曲のイメージはかなり変わる(コードだけ変えた例として、和音を中心にのページで大きな古時計にGメジャーのスリーコードだけを使ったものマイナーコードも使ったものを紹介している)。リズムとビートについても、作曲時点のイメージからいったん離れて考え直してみると、意外な発見の機会がある。シンコペーションの導入やリズムのハネでどのくらい印象が変わるかということについては「コードネームで弾こう」を参照して欲しい。TotoのJeff Porcaro(故人:筆者がもっとも敬愛するドラマー)による「Super Technical Approach」(アメリカでは「Star Licks」という名前らしい)という教則ビデオに、ビートの変化でどのくらい曲のイメージが変わるかという実演が収録されている(現在でも入手可能なのかどうかは知らない)。

シロウト制作の例として、筆者の自作曲を配布しているページに、大まかな進行とサビの雰囲気だけを決めてアレンジを模索したやギタリストのアイディアを元にアレンジを見直したを掲載している。ついでなので、耳コピ(というか記憶コピ)をしたらコードを取り違えたうえに移調がうまくいかず、開き直ってメロディアレンジで対応した例も資料化した(オリジナルアレンジ後:実際の演奏はギターアレンジだったが録音が残っていなかったので、似たようなメロディにピアノ伴奏をつけて後から再現)。もっと徹底的に原型を留めないほど手を入れることもあるが、それについては知識補充編に譲る。

その他の注意

ウタものの場合は、少なくともアレンジ作業が終わる直前までに歌詞を用意しておこう(無理ならば仮の歌詞でも)。音数がわからないとリズムが確定できないし、曲全体のイメージを把握する助けとしても必要である。あとから歌詞をそっくり乗せ替えるようなケースもないではないが、そういう場合はアレンジも微調整する(ちなみに日本語歌詞の「蛍の光」がこの好例で、原曲のスコットランド民謡「Auld lang syne」は友人との再会の歌であるが、すばらしいアレンジによって同じメロディが全く違うニュアンスに生まれ変わっている:原曲とも日本版とも違う、アメリカ風のカントリーアレンジもある)。

これもイメージ把握の助けとして、本格的な作業に入る前に一度録音をしておくとよい(仮決めのコードで伴奏をつけてもよいし、手間ならメロディだけでもよい)。作業を進めている最中も定期的に録音をして、何度も聴き返して納得のいかない場所がないか検討する。本番の演奏や録音も含めて、実演によって初めて見えてくるものが少なからずある。アレンジ作業に終わりはない。

遠回りなようでも、いろいろな可能性を試してみよう。最終的に没になったアイディアでも、巡り巡って何かしらの役には立つものである。


オマケ(メロディの認識)

メロディがどういうものであるのか、把握するのは意外なほど難しい。理想的には、メロディは具体的主張ではなく抽象的傾向だけを持つのではないか。

たとえば再会を祝う曲であったAuld lang syneが日本で別れを惜しむ蛍の光になっても違和感はないし、仰げば尊しの原曲はおそらく舞踏曲だったろうと思われる。優れたメロティというのはさまざまな情緒を乗せ得るもので、それ自体に何か訴えるところがあるわけではないように感じられる。

もちろん、あるメロディが生まれる過程に何らかの情緒的な作用があることは珍しくないだろう。しかしいったん生まれたメロディは、どこかしら楽器にも似た振る舞いをする。たとえばギターが1本あったとして、悲しい曲も楽しい曲も演奏することができるが、ギターという楽器が完成するまでに志向された音楽の傾向というのはたしかにあり、また楽器の特徴を無視して曲を奏でることはできない。メロディもそういうものなのではないかと思える。つまり、メロディは曲の内容を決定しないが、作法(アプローチ)の面である種の要請をする。

このような認識のもと、メロディの要請を汲み取りながら曲を構成することができれば、創作の可能性がより広がるのではないかと思う。



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