ステレオ録音


ステレオマイク1本またはモノラルマイク2本(普通は2本とも同じ機種にする)で行うオフマイク録音について(マイクを「1点」に設置する場合、とくに「ワンポイント録音」呼ぶことがある)。MS Compressionについて知りたい人は音圧の稼ぎ方のページのオマケ4を参照。


基礎知識

詳しくはAudacityコーナーの定位の問題のページで紹介しているが、左右の定位感(音源の位置がどこであるかという感覚)はおもに、音量差(PAN)とタイミングの差(ハース効果)に支配される。たとえばこのサンプルファイル(左右から音量タイミングともに同じ音が出る)を加工して、左だけ音を大きくしたり、タイミングを早くしてやると、左からの音に聴こえるはずである(普通は両方を組み合わせて使うが、サンプルファイルでは音量だけの変化とタイミングだけの変化にしてある:タイミングのズラし方は1msにしたが、データのページで触れたように、知覚限界としては0.1ms弱の模様)。また、左右で音のタイミング(というか位相)が違うと、音同士が干渉してコムフィルタのような影響が出る(結果的に周波数特性が乱れ、音が遠くなったように感じることもある)。このほか、反響音の返り方なども影響する。

モノラルマイク2本を離してセッティングすると、
設定図
近いマイクには早く大きく、遠いマイクには遅く小さく音が届く。この差(と後述するマイクの指向性)で定位感を作るわけだが、あまり離すとスピーカ再生したときにコムフィルタ様の効果が強く(というか、過剰に低い周波数から)出てしまう。

ワンポイントステレオ録音(2本のマイクを離さず同じ位置にセットする)には指向性マイクを使うのが一般的だが、指向性を外した方向の音は(音量が小さく録音されるだけでなく)周波数特性なども乱れがちである。マイクの指向性を外すと録音される音がどのように変化するか、という特徴を軸外特性と呼ぶ(「軸」という単語自体は「マイクユニットの対称軸」を指すので「マイクの正面」と同義に取るのが本来なのだが、ここでは「軸上(マイクの正面)と同様の録音が可能な範囲」の意味で使う:軸を外した場合の直接的な影響としては高音が弱くなるのだが、低音がうるさくなると表現する人もいるし、距離が遠くなったように感じることもある)。普通に耳で音を聴く場合も、たとえば左からの音が右耳に入るまでには、顔にぶつかったり外耳で反射したりで特性が乱れるはずなので、軸を外すのが即ダメというわけではないことに注意(左右片方だけ特性が乱れても、普通は脳内で補正される)。

軸外特性は指向性の強いマイクほど大きく乱れる。たとえば単一指向性のSM58と超指向性のBETA 58(いずれもSHUREのヴォーカル用ダイナミックマイク)を比べると、後者の方が周波数による感度の乱れが大きいことがわかると思う。単一指向性の場合、左右30度くらいまでは良好に、左右60度くらいまでは問題なく録音できるものが多い。
設定図
反対に言うと、単一指向性の場合30度くらいまでの外し方では「マイクの指向性に頼ったステレオ感」が出ないということなので、しっかりと覚えておこう。どこまでが「軸上と同様の録音」になるのかは機種によって違うし、個体差もあるので各自耳で確認すること

以下の計算は音速=340m/sとして行う。ハース効果は0.1msくらいから、遅延による音の重なりは8msくらいから知覚できる(データのページを参照)ので、それぞれ距離に直すと3.4cmと272cmになる。


センター音源が重要で強めのステレオ効果が欲しい場合

話が多少前後することを了解しておいて欲しい。ステレオ効果はおもに距離減衰とハース効果とマイクの指向性で作り、前2者はマイクの設置位置、後者はマイクの設計と向ける方向で決まることはすでに紹介した。この項では、センター音源が重要な録音でステレオ効果を強く出すために必要な配慮について、少し踏み込んで考えてみたい。

マイク同士の距離は、ハース効果が過剰に出ず位相干渉が低い周波数域に降りてこないように考えると、50〜100cmくらいが上限になる。またセンター重視の録音なのでセンター音源を両方のマイクの軸に収める必要があり、マイクの指向性も活用したいならセンター以外の音源は片方のマイクの軸から外れている必要がある。

これらを考え合わせると、左右のマイクどちらから見てもセンター音源がギリギリ軸に入る(多くの単一指向性マイクでは30度くらいの角度に位置する)セッティングが基本になることがわかる。さらに、両方のマイクの軸から外れる楽器がないようにすると、マイクの間隔、マイクの開き角、両端の音源の距離のうち2つが決まればもう1つが決まる。

両端の音源の距離は演奏や設備の都合で決まっているのが普通だろうから、結局は間隔と開き角のバランスの問題になる。間隔を大きく取って開き角を小さくすると後述の三角定規セッティングに近付き、間隔を小さくして開き角を大きくすると60度のX-Y方式に近付く。

これらの按配について、マイク同士の距離を優先的にケアするべきだというのが筆者の意見。つまり、録音対象の左右幅がまずあって、必要な距離減衰やハース効果と許容できる副作用を考慮し、それに合わせて開き角を調整するのが順当なのではないかと思う。

たとえば音源幅が2mちょっとのとき、マイク同士の間隔を50cmにしようとすると、だいたい30度くらいの開き角になる。
設定図
筆者が二等辺三角形セッティングと呼んでいる配置で、両端の音源が遠い方のマイクに60度ちょっとの角度で向き合う。ギリギリ端の音源から近い方のマイクまでは132cmくらい、遠い方のマイクまでは171cmくらいだから、距離差40cmくらい、遅延が1.18msくらい、音量差は1dbちょっとで、コムフィルタ様効果の最低ディップは400Hzちょっとで最低ピークは850Hzくらいになる。

上図では長さを小数点第2位まで示しているが、実際には「50cm間隔の30度開きで距離1mくらい」だと思って差し支えない。


A-B方式(AB方式、A/B方式)

もっとも基本的なステレオ録音のやり方で、ステレオ感は主にハース効果で作る。2本のモノラルマイクを数十cm〜1mくらい離してセッティングするのが普通。
設定図
遅延の関係で、マイク同士の距離は2mくらいが限度だと思う(自然な広がり以上の効果を狙う場合を除いて、1mくらいまでが無難)。

普通はマイクを平行にするが、音の広がりが足りない場合はある程度開いてもよいだろう(マイク同士の距離を遠くする手もあるが、位相差の問題が面倒なことになりやすい)。あまり開きすぎると、センターの音が軸外になってしまうので注意(このような方式には定番があるので後述する:マイクを大きく開いて近い距離にセッティングするものが多い)。

なお、マイクの指向性によるステレオ効果が不要な(距離減衰とハース効果だけでステレオ感を出す)場合、無指向性マイク2本を使うこともできる。


小規模ステージ用A-B方式

下図のような「ステージ中央、ステージ端、マイクを結ぶと60-30の直角三角形(グレー部分)になるセッティング」(便宜的に「三角定規セッティング」と呼ぶ)だと、
設定図
ステージ上のすべての音源がどちらかのマイクの軸に一応収まり、センターも良好な特性の範囲内に捉えることができる。小規模バンドなどの録音で、低音楽器(というかベースアンプとバスドラム)がセンターに集中しておりステージの幅を広く使わない場合に便利だろう(かなりオンめのセッティングなので、ドラムスの音に左右の幅が出やすい利点もある)。

この場合ジオメトリを簡単な三角比で割り出すことができ、ステージ両端の音源の距離をaとすると、マイクからステージ中央の音源まではa/4、マイク正面の音源までは(√3/8)a、ステージ端の音源までは(√3/4)a、マイクの正面にある音源からもう一方のマイクまでは(√19/8)a、マイク同士の距離はa/4となる。
設定図
たとえば、a=3(m)とすると、a/4=0.75(m)=75(cm)、(√3/8)a≒0.649(m)≒65(cm)、(√3/4)a≒1.299(m)≒130(cm)、(√19/8)a≒1.634(m)≒163(cm)が直ちに得られる。

音圧(パワー)は距離の2乗に比例して減衰するため、マイク正面の音源からの音圧を0dbとすると、センターの音源からの音圧は3/4倍に減衰して約-1.25db、ステージ端の音源からの音圧は1/4倍に減衰して約-6dbになる(ただし、音源が横一列に並んでいた場合:実際にはマイクの指向性によってもう少し大げさに減衰する)。

センター音源は両方のマイクに同じ音量で、マイクの正面にある音源の音はもう一方のマイクにも3/19倍≒-8dbの減衰で届くため、合算で比較すると約1.64dbくらいセンターが大きくなる。距離にして98cm=0.98m差があり位相がずれている(遠い方のマイクには0.00288秒=2.88msのディレイがかかる)ので、スピーカで再生した場合は単純な合算ではなく、周波数が173(Hz)の奇数倍だと減算され、偶数倍だと加算されるコムフィルタ様の効果が出る。影響が出る周波数は1 / [{(√19/8)-(√3/8)}a / 340] / 2 =340/2*8 / (√19-√3)a = 1360 / (√19-√3)a≒517.73/aで直ちに求まる(たとえばa=3のとき517.73/a≒173)が、低い周波数が影響を受けると音が不安定になる。その場合は直角三角形の辺に沿ってマイクをさげるか、低音が出る楽器をセンター以外に置かないようにするとよいだろう。ハース効果やコムフィルタ様効果が出すぎる場合にもマイクをさげるとよい。

また、そのままではステージ両端の音源からの音がやや小さく感じられるだろうが、端の音源を前に出すとマイクの軸を外れるため、他を下げて対応する。とくに、マイク正面の音はやや大きめに録音されるため、やや大きく下げておきたい(センターPANの音とPANを振り切った音を比較して、3dbくらいの音量差がよいとされる)。

マイク同士の距離がかなり広くなるので扱いやすい録音方法ではないが、自然な広がり以上に音を分離させることができる。対応可能なステージ幅はせいぜい3〜4mくらいまでだと思う(ステージが広い場合は次の項を参照)。


小中規模ステージ用A-B方式

音源の数がやや多い場合は、三角定規セッティングよりステージから離れてマイク同士の距離を狭くするとよいだろう(ステージから離れることで、マイクをセンターに近付けても両端の音源がマイクの軸に収まる:位相の問題もかなり緩和される)。
設定図
この場合ハース効果の出方が弱くなる(というか「ヘッドフォンで聴いて自然に感じるくらい」に留まる)ので、音の自然さや中抜けのなさと左右の広がりを天秤にかけて検討する。ステレオマイキング全般にいえることだが、他のセッティングを変えずにマイク位置だけステージに近づけると、ステレオ感が強調されるとともにクセも強くなる。

ステージ両端の音源の距離が5m、マイク同士の距離が50cm、マイクから見てステージ端の音源が45度に位置する場合(便宜的に「直角三角形セッティング」と呼ぶ)、マイク正面の音源とマイクの距離は225cm、マイク正面の音源ともう一方のマイクとの距離は約230cm、遅延は約0.15ms、音量差は約0.19dbになる。ハース効果がほんのり現れる程度の遅延なので、もっと大げさに振りたい場合はマイク同士を離すかステージに近付ける(上記程度の現れ方のほうが自然ではあるが、後述のようにセンター付近の音源を後ろにさげた場合、遅延がもう少し短くなる)。同じ条件で、ステージ端の音源と近い方のマイクの距離は約340cm、ステージ端の音源と遠い方のマイクの距離は約355cmになり、遅延は0.44msで音量差が0.37dbになる。

上記のように音量差がほとんどなくなり、マイクの指向性もあまり影響しないため、控えめなハース効果に頼ってステレオ感を出すことになる(反対に、音量感を出しやすく音色が変わりにくい利点もある:この発想自体はステージがもっと狭い場合にも有効)。マイク正面の音源とステージ端の音源では、距離による減衰で音量が3.96dbくらい変わり、これを補正するにはセンターに近い音源をやや後ろにさげる(端の音源が前に出てもマイクの指向性で感度が落ちる分と相殺されてあまり意味がない)。センター音源とマイク正面の音源の音量差はほぼ無視できる。

マイクを多少開いてやると指向性による定位も利用できる。マイク同士の距離が50〜70cmの場合、60度くらいが限度だろうか。
設定図
音の広がりを大きくしたい場合に有効だが、すべての音源が両方のマイクの軸にほぼ収まって音色が変わりにくいという特徴は失われるので、角度の調整には十分注意したい(音色が変わった音が入ることを利点と見るか欠点と見るかで評価は分かれる:前述の通り、自然な状態を考えると、音源から遠い方の耳にはある程度高音が削れた音が入ってくるはずである)。


M-S方式(MS方式、M/S方式)

MS Compressionについて知りたい人は音圧の稼ぎ方のページのオマケ4を参照。

これもスタンダードなやり方で、中央(ミドル)と横(サイド)に分けて録音する方式。マイクの指向性でステレオ感を出し、録音位置が同じなので位相の問題は出ない(その代わり、ハース効果も利用できない)。マイクの選択が変わっており、無指向性のマイクと双指向性のマイクを同じ位置にセッティングする(図では同じ位置になっていないが、実際には上下に積み重ねるようにして同じ位置にする:結果的に単一指向性マイクと同じ位置関係になり、後述のマトリックスだけが異なる)。
設定図
そのうえで、録音後に「無指向性と双指向性の和」と「無指向性と双指向性の差」を取ってやると、双指向性のマイクを右が正相になるようにセッティングした場合は和が右チャンネルで差が左チャンネルになる(このような演算をM-Sマトリックスと呼び、録音ではなく記録や伝達の分野だが、MP3のジョイントステレオにあるM-Sモードや、FMラジオのステレオ放送などでも似たようなことをやっている:Audacityなどの波形編集ソフトを使えば簡単に実現でき、MとSの比を後から変えることもできる)。またモノラルミックスする(左右の出力を単純に足し算する:S成分をゼロにするのと同義)と無指向性マイクの出力だけが残る。

どういうことかというと、マイクの右90度からの音を録音すると、無指向性と双指向性のマイクでまったく同じ音が録音される。これを加算したのが右チャンネルの音になり、減算したもの(無音)が左チャンネルの音になるわけである。反対にマイクの左90度からの音を録音すると、無指向性と双指向性のマイクで逆相の音が録音され、加算したもの(無音)が右チャンネルの音になり、減算したものが左チャンネルの音になる。正面からの音は無指向性マイクだけが拾うので、加算しても減算しても同じ音になる(左右のチャンネルから同じ音が出る)。実は、単一指向性マイク2本を右向きと左向きにセッティングしても、結局同じことだったりする(X-Y方式の項で後述)。

この方式では音源がマイクを囲むような配置が可能(左右90度まで録音できるから)なのだが、ひとつ欠点があり、同じ距離で正面からの音と真横からの音を比べると、真横からの音の方が2倍(約6db)大きく記録されてしまう(正面からの音を録音するときはマイクが1つしか働いていないため)。

センターの音が弱くなる現象を「中抜け」などと呼ぶが、対策としては「センターの音源をマイクに近づける」のが手っ取り早い。合算した感度はマイク正面を0度として1+|cosθ|(ただし-90<θ<90)で求められるので、距離を{(1+|cosθ|)/2}倍にしてやればよい。たとえば正面ならcosθ=0なので距離を(1/2)=0.5倍に、60度ならcosθ=1/2なので距離を{(3/2)/2}=(3/4)=0.75倍にしてやればよい。

また、音量的な中抜けだけでなく、センター周辺の音源はf特が乱れて録音されやすいという欠点もある(双指向性マイクの感度が周波数によって一定しないため:M-S方式で真正面の音を録音すると、単一指向性マイクで真横(90度)から録音したのと同じ結果になる)。無指向性マイクの代わりに単一指向性マイクを使うワークアラウンドもあるようだが、双指向性マイクの特性が乱れることには変わりがなく、真横からの音まで特性が乱れてしまうため、少なくとも根本的な解決にはならない。センター音源の質感が重要な場合にはあまり適さない方式だといえるだろう。


X-Y方式(XY方式、X/Y方式)

同じ位置から角度だけ開いて録音する方法。マイクの指向性でステレオ感を出すもう1つの代表例。モノラルマイクを2本使う場合は、M-S方式と同様に上下に重ねるようなセッティングにするのが普通で、
設定図
PAスピーカの音をオフマイクで拾う場合などに便利である。スペース的な都合でポータブルレコーダーなどにも採用例が多い。

開き角は90〜120度くらいが主流だが、意外と難しい問題である。というのは、開き方が小さいと「センターよりちょっと左右にずれた音」が両方のマイクに入ってしまう(120度くらいは開きたい)一方、大きく開くとセンターの音が軸を外れてしまう(センターに重要な音が入っている場合は開き角をせいぜい90度くらいまでにしたい)のである。

このためセンター音源重視の録音には適さない(対象がPAスピーカなら、普通左右に1本づつで真ん中にはないため適する)のだが、ポータブルレコーダーのマイクなどではマイクをあえて離すことでセンターの音が軸に収まるように工夫している。
設定図
ただしハース効果が本来と反対の作用となって現れるため、マイク同士の間隔はせいぜい3cmくらいが上限になる。また必然的に、オンマイクの時にしか効果がないワークアラウンドである(が、ドラムスのオーバーヘッドなどでは、あえて距離を離すことがある:確証はないが、定位が広がりすぎるのを避ける目的なのではないかと思う)。

なお、X-Y方式は単一指向性のマイク2本(または単一指向性のマイク2本をセットにしたステレオマイク)で録音するのが基本だが、そもそも単一指向性のマイクは無指向性のマイクと双指向性のマイクの出力を合算したものなので、無指向性のマイク2本と双指向性のマイク2本で構成しているのと同じことになる。このとき無指向性のマイクをダブって使っているため、1つ減らして下図のようにすることも可能である。
設定図
1と2の出力の和が右チャンネルの音、2と3の出力の和が左チャンネルの音になる(またもや図の都合で同じ位置に見えないが、実際には上下に重ねるようにしてセッティングする)。このように見ると、X-Y方式がM-S方式の変形(双指向性マイクを真横に向けず角度をつけたバージョン:というか180度のX-Y方式=M-S方式)だということがよくわかると思う。

どの方式を使うかの項でまた触れるが、小さ目のハコでのライブをPA卓周辺から録音するような場合は、せいぜい90度くらいの開き角がよいのではないかと思う(スピーカの指向性もそんなもんだし)。なお、ビデオカメラ用マイクとしても多用される形式ではあるが、いわゆる「広角レンズ」でも水平画角は75度くらい、標準レンズでは40度くらいしかないため、マイクセットが正面を向いていると、もっとも鮮明な音声が入る方向は画面外になる(パナソニックによる図解:ただしこれは対角画角を示しており、たとえば水平画角90度を得ようとしたら、対角画角100度くらいの超広角レンズが必要)。


バイノーラル方式(Binaural)

ヘッドフォン/イヤフォンでの再生を前提とした特殊な録音方法。ダミーヘッドと呼ばれる頭部人体模型を用意して、鼓膜またはヘッドフォン/イヤフォンのドライバ位置に相当する部分にマイクをセットする。ダミーヘッドを使わず、本物の人間の耳にマイクを装着する録音方法もある(ダミーヘッドに対してリアルヘッドと呼ばれる)。

人間が普段聴いているのと非常に近い音が録音できるのが特徴だが、スピーカでの再生では利点を十分に発揮できない。音楽の録音よりは生録(フィールドレコーディング)で使用されることが多く、通り過ぎる車両の音など「動く音源」の再現度が非常に高い。

ダミーヘッドを用いるものは非常に高価(ノイマンのものが有名で、ビクターも作っていた)。リアルヘッド用のものはごく安価に(豪華にしようとしても千円まではかからずに)自作でき、実際に作っている人も多いが、既製品は1万円くらいする(以前はサンヨーのHM-250が5千円くらいだったのだが、ソニーと合併して生産終了になった:2013年7月現在のローエンドはローランドのCS-10EMで、8千円近くするがイヤフォン機能もついている)。

注意点として、バイノーラルマイクはダミーヘッドの鼓膜位置に埋め込むものではない。もし鼓膜を直接震わせる再生機器があるなら別だが、ダミーヘッドの鼓膜位置で録音した音をイヤフォンで再生すると都合2回耳道を通ることになり、耳の特性からいって3KH周辺に意図しないピークができるはずである。ダミーヘッドかリアルヘッドかを問わず、マイクは再生機器のドライバユニット位置に置くべきだろう。

また再生機器としてカナル型イヤフォンや密閉型ヘッドフォンは向かない。録音時にマイクに伝わった振動とまったく同じものを再生機器のドライバが発生させたとして、それが密閉空間の空気バネを叩いたのでは自然な再生にはならない。開放型の再生機器を用いるのが順当である。


ORTF方式(ORTF stereo technique)

フランスの公共放送(Office de Radiodiffusion Television Francaise:アクサン省略)が用いている方式。115度の開き角で17cm離してセッティングする。
設定図
この値は人体の構造から割り出したらしく、思想としてはバイノーラルに近い。ハース効果も自然に現れる。

マイク同士の距離が17cmと近く、位相差によるフィルタの最低ディップ周波数は少なくとも1KHz以上になる。開き角が115度でマイクが多少離れているので、センター音源はマイク正面から60度くらいで拾うことになるだろう(極端なオンマイクだと軸を外れる)。


NOS方式(NOS stereo technique)

オランダの公共放送(Nederlandse Omroep Stichting)が用いている方式。90度の開き角で30cm離してセッティングする。
設定図
多分、A-B方式とX-Y方式の折衷を狙った方式ではないかと思う。複数の手法を混ぜることで、それぞれのクセをある程度抑えつつ強めのステレオ感が得られる。

マイクが離れているため、マイクとセンター音源は45度よりもやや大きな角度をなす。位相差によるフィルタの最低ディップ周波数は少なくとも566.7KHz以上になる。筆者の憶測に過ぎないが、フィルタ効果がうやむやになってくれるマイク距離をまず求めて、その距離に適した開き角を後から検討したのではないかと思う。


どの方式を使うか

バンドが生音を出しているのを録音するような場合はNOS方式を基本に微調整するのが無難だろう(センター音源重視の場合は開き角を60度くらいまで狭めてもよいのではないかと思う:その分マイクの指向性によるステレオ感は薄くなるが、ORTF方式やバイノーラル方式と比べてハース効果が大げさに出るので、そちらに頼る形になる)。直角三角形セッティングから始めて様子をみながら調整するのも手(結局似たようなセッティングになるだろう)。

PAスピーカからのオフマイク録音ならX-Y方式が手軽。オンマイクにした方がラクなのは間違いないが、それを言ってしまったらラインで録れという話になってしまう。開き角を大きくするとそれだけステージに近づくことになり、軸を外れた生音がかぶってくるのであまり大きくしない方がよいと思う(ハコが大きくPAからの大音量で生音が隠れるような場合はこの限りでない)。
設定図     設定図
90度くらいにしてスピーカを正面に捉えるか、それよりやや前に出て外側に捉えるのがよいだろうか(前に出ると録音対象でないスピーカをマイクの軸からより大きく外すことができる)。ただし、PAスピーカは公称水平指向角度は90度くらいのものが多いので、ただ前に出ればよいというものではない。左右スピーカからの距離をしっかり合わせないと妙な位相ずれが出ることにも注意。

音源はひとつだが部屋鳴りを含めて録りたいという場合は、A-B方式で軸を外れない程度の離し方にすればよい(音源がセンターだけなら、位相の問題はあまり考えなくてよい)。60度くらいのX-Y方式にしてしまうのも手だろう。センター音源の軸外れが問題になるので、マイクの開き角が大きい録音方法は適さない(M-S方式も含む:バイノーラル方式だけは、まあ例外扱いしてもよいだろう)。

吹奏楽、合唱、ビッグバンド、オーケストラなど「低音楽器があちこちにいて、しかも全体の人数が多い」場合の録音には、X-Y方式やORTF方式など、マイク同士をあまり離さない録音方法が向くのではないかと思う。センター音源を最優先する必要がないことも多いだろうから、M-S方式なども選択肢になる。

まだアイディアだけで実際に試したことはないが、モノラルマイクを3本使って
設定図
上図のようなセッティングにしてしまうことも可能(中抜けをセンターマイクでコントロールできるのがミソ)。これは結局X-Y方式に正面向きの双指向性マイクを追加した形(マトリックスは後で適当に考えればよい)だが、もっと簡単にM-S方式に正面向きの双指向性マイクを追加した形でもよいかもしれない。

A-B方式でマイク同士の距離を大きく(1mくらい)取って、センターに低音用マイクを置く2.1ch的な録音方法も面白そうだ(記録時にミックスせず、3chデータのまま扱うともっとよさそう)。もちろん、オンマイクの録音を同時に行って後からミックスするという案もあり得る。

なお、モノラルマイク2本を使う場合、X-Y方式用やORTF方式用に角度や間隔があらかじめセッティングされた専用マイクホルダーが市販されている。また、上記以外の特殊な方式としてモノラルマイク2本の間に防音材を挟むこともある(Jecklin DiscとかSchneider Discとかいったものがあるらしい:バイノーラル方式も、結果的にダミーヘッドが2つのマイクを音響的に分離している)。



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