ローコストなPA


公園の多目的ステージとか、町内会館の広間とか、空き倉庫とか、河川敷とか、地下の飲み屋とか、トラックの荷台とか、もともと音楽用でないロケーションに自前の機材を持ち込んでPA(リハーサル含む)をやる場合の構成を考えてみた。音楽用のステージにPA機材を自前で持ち込む必要はないはずなので、まともな会場でのPAには触れない。

試したことがない組み合わせも紹介するのでいい加減なことを書く可能性が他に記事よりもさらに高いことを断っておく。また、機材はレンタルで済ませた方が安くつく場合もあるがここでは考慮しない。

PAに関する基礎的な勉強を真面目にやりたい人は、日本ビクターが公開しているPRO SOUND SOLUTION GUIDEというPDFの技術資料パートが詳細なのでぜひ参照するとよい。リアルタイム性を求めると音の補正が途端に難しくなるので「モニタが遅れるのはまずくても、PAの音は多少なら遅れても問題ない」ことを覚えておきたい。

2010年12月追記:機材のラインナップが充実してきたようなので全面的に書き直した。
2014年5月追記:記事がごちゃごちゃしているのでまとめ直した。

非常に重要な注意
PAで使うケーブル、とくに大電流が流れ得るもの(電源周りやパッシブスピーカへの出力)は、靴で踏まれたり、機材の下敷きになったり、荷物を満載した台車のキャスターが通過したりといったことが必ず起きるという前提で選び、ノーメンテで同じものを使い続けるのは避けよう。また、仕様で定められた上限を超えた電流が流れないようしっかり対策しよう。


具体的な話の前に

PAでは「歩き回ること」が非常に重要である。お客さんに音を届けるにあたって、どこか1点だけに最高の音が届いていても普通は意味がない。どんなに狭くても場所によって必ず音は異なるので「いちばん鳴りの悪いポイントでの音」と「全体の平均」の2つだけは気にしておこう。結局、演奏に差し支えのないモニタを用意すること、いちばん鳴りの悪いポイントで設定した「最低ライン」を割り込まないこと、全体の平均として「意図した音」にできるだけ近いものを届けることが大目標になる。この意識を持つだけでもPAのやり方がずいぶん変わるはずである。

心得的な部分にも少し触れておこう。エンジニアは「奏者がどんな音を出したいのか」を知り、それに迫るための「具体的な選択肢」を示さなければならないし、奏者はそれを「把握して試して選択」し、方法が決まったら「適切に実行」しなければならない。ようするに、録音エンジニアリングと同様、相互の尊重や信頼や理解が必要である。

構成について

ストリートなどでは、ギターアンプにギター・ヴォーカル・キーボードまでが同居して、ベースはベースアンプ、ドラムスは生音というパターンをよく見る。ドラムスが入る場合、通常のドラムセットではなく、ペルー式カホンまたは類似の自作楽器(バスドラムの代用:スネアの代用も兼ねる場合あり)とスネアドラムとシンバル1枚だけ(両方素手か片手のみブラシ)というパターンもたまに見る。Jazzなんかの人たちは気合でフルセットのドラムスをセッティングしていることが多い。

生ドラムのPAは相当大掛かりになりセッティング時間もかかるので、音楽用のハコ以外では生音で頑張るのが妥当ではないかと思う。楽器自体のセッティングにも時間がかかることを忘れないように。またモニタにも気を使いたい(当然ながら、ドラムセットにもっとも近い位置にいるのがドラマーで、他の楽器の音が聴こえなくなりがち)。ヴォーカルやアコギなどマイクを使う楽器とは極力距離を離すべき。とくにロックドラムでは、電源が確保できる前提になるが、ドラムセットの生音(しょっぱい音しか出ない)を使うよりエレドラムの生ドラム風音源を使った方が現実的な場合がある。

ベースもかなり厄介な楽器で、基本的に「50Hzくらいの低音を大勢の人に届けられるスピーカ」は「中型以上のベースアンプキャビネット」「PA用のサブウーファー」「大型キーボードアンプの一部」だけである(後述するように、普通のPAスピーカだと15インチクラスでも極低音は出ない:というかあえて出さない設定にしてある)。

スピーカについて

PAスピーカを使ったPAはモノラルが基本だということは覚えておいた方がよいだろう。細長い会場の両脇にスピーカを並べるのでもなければ、一般的な意味でのステレオ効果は出せない(FMトランスミッタなどを使って手元で再生させるという大技がなくもないが、それは一般的な「PA」の範囲を超える)。またPAスピーカは低域を60~70Hzで切るのが一般的で、ウーファーサイズが大きくなっても能率と最大音量が上がるだけなのが普通である(もしスピーカ自体が低音再生に対応していても、出所を1箇所に絞らないと干渉や回り込みの問題が泥沼化する:100Hzの音波でさえ波長は3.4mもある)。

スピーカに要求される性能が、正面近距離での再生能力だけではないことにも注意が必要である。最大音量や低音域の距離減衰の小ささを求めると大きなスピーカ(または複数ユニットでの面積稼ぎ)が有利で、音が広がりにくい高音域はなにかしらのギミック(横長のホーン形状とか、凝ったものでは音響レンズとか)で拡散させてやることが多い。リスニングスピーカよりもかなり遠距離で使うため、アレイレイアウトなどは使いやすい(ユニット同士が多少離れていても大丈夫なので)。点(リスニングポイント)で使う普通のスピーカと面(オーディエンスエリア)で使うPAスピーカは根本的な設計思想が異なる。

スピーカユニット全般の傾向として、サイズが小さくなったときに何かしらの能率対策(軽量化など)をしたり、サイズを大きくしたときにユニットを重くして低域を強化したりしなければ、大きさにほぼ比例して(=大きさ1.5倍で3db、2倍で5dbくらい)能率がよくなる。PAスピーカ用8Ωウーファーユニットの8インチvs12インチでいうと、EMINENCEのALPHA-8A(94dB)とALPHA-12A(95.6dB)、DELTAPRO-8A(97.8dB)とBETA12A-2(98dB)、CLASSIC PROの08LB050U(92dB)と12LB075U(95dB)と06LB050U(90dB:これは6.5インチ)あたり、ギターアンプ用8Ωフルレンジの8インチvs12インチでは、JENSENのP8R(92.5dB)とP12R(95.0dB)あたりが数字を公開している(CLASSIC PROの「サイズだけデカくしました」と言わんばかりの割り切りが清清しい)。小さな差でも大音領域ではけっこう効いてきて、3db能率が高ければ投入電力を2分の1にできる。反対に、小音量域ではあまり重要でない(200Wと400Wは大違いだが、0.2Wと0.4Wなら気にしなくてよいため)。またサブウーファーユニットは、再生波形の積分値がごく大きくなる都合から、大口径ロングストロークのものしか選びようがない。

電池駆動楽器アンプのユニットは6.5インチがホットスポットになっている。普通の作りと価格でギターくらいの音域を前提に感度90db前後のフルレンジユニットが作れるのがこのサイズで、3~4インチになると大電力を突っ込まなければ音量を稼げず、10~12インチにするとキャビネットが大きくなって結局中型機になる。感度90dbのユニット1本を10Wで駆動すると正面1mで100dbSPL=「防音保護具なしの場合は最大暴露時間2時間/日」とされるレベルになる(メルクマニュアルより)。最前列が近いハコでは小型スピーカといえども音量過大に注意しよう。

モニタについて

PAの実作業に入る前にモニタの手配が必要である。モニタがしっかりしていないと演奏ができないわけで、演奏ができないとお客さんに届けるべき音も出てこないのだから、最優先の仕事になる。しかしPAの(おもに労力面での)コストを下げるには、ここをサクっと処理することがぜひ必要になる。機器構成を考える際も、モニタをどうやって確保するのか先に検討しておいた方がよい。

筆者のオススメはオープンエアーか耳乗せor耳掛け式のヘッドフォンで、見た目さえ許容されるならこのうえなく便利である(とくに耳掛け式は、見た目や取り回しのデメリットも少ない)。専業エンジニアとして作業する場合、自前でモニタを用意している人(鍵盤奏者に多い)も含め、いちど勧めてみて損はないだろう(数千円くらいでまずまずの出音を確保できる機種が豊富にあるので、懐に余裕があるなら大量に買い込んで配ってもよい:コードが巻き取れるタイプだと便利)。次点でステージ用のイヤフォンという手もあるが、筆者は使ったことがない。サイドフィル(奏者を挟み込むように使うスピーカ)でのモニタは有効ではあるが、それなりに出力が大きいスピーカが必要になり荷物が膨れる。

他のパートでスピーカを使う場合も、極力、ベースとドラムスだけはヘッドフォンモニタにしたい。というのは、低音の出所を制限しないとハウリングマネジメントが泥沼化するからである。そもそも、ステージモニタの低音対応はPAスピーカに準じるレベル~やや低い音域くらい(2014年6月現在筆者が知る限り、JBLのSTX815Mで10dbドロップ@41Hzというのが最低)で、ベースに用いることはあまり考慮されていないものが多い(いっぽうベースアンプには、キックバックとかティルトバックと呼ばれる「フロアモニタに使ってください」と言わんばかりのデザインもある)。またベースアンプにマイクを立てるのは、よほど自信がない限りやめておくのが無難。

プレイヤーの理解を得るところも含めて注意して欲しいのは、PAとして必要な音量とモニタに必要な音量バランスが異なるということである。とくにベースやリズムギターは、ジャンルによって例外はあるが、外に出す音量よりもモニタ音量の方がずっと大きい(=最終的なミックスでは演奏内容が鮮明に把握できるほどの音量にしない)のが普通である。ここをキッチリ周知しておかないと、まったく不毛な音量競争の挙句全パートから破綻した音が出てくるという、悪夢のような状況になる。モニタは演奏内容の把握のためにあるもので、客席に届ける音と一致させる必要はない(特定の音を大きく返すとか、リバーブの手前から返すとか、工夫の余地はいくらでもある)。

電源について

これはもう、ハコにコンセント(3極か2極かも要確認)があるかないか、あったとして容量はいくつかという問題なので、ぶっちゃけどうしようもない。屋外なら発電機という奥の手があるが、屋内だとバッテリー型のポータブル電源を持ち込むのがせいぜいだろう。2014年現在のポータブル電源は、鉛蓄電池式で100Wh出力あたり5kgくらい、リン酸鉄リチウムイオン電池式で2kg前後、リチウムイオン電池式で1kgくらいのものが多く、充電回数は1000回くらいを想定しているようだ(たいていは擬似正弦波出力で、正弦波アダプターをオプションにしている機種もある)。ソーラー発電のブームもあって、将来的にはリン酸鉄リチウムイオンが主流になるのかもしれないが、現在のところ数百Whクラスは鉛蓄電が圧倒的に安い。

ごく変則的なやり方として電池駆動のパワーアンプとパッシブスピーカを使う手もあり、市販品はほとんどないが(丸七のボリュームアンプくらい:筆者がマーシャルの1960に繋いでみたところ、声量のないヴォーカルなら「マイクを使わせてくれ」と泣きが入るくらいの音量は出た)、自作キットはわりと豊富で(エレキットのPS-3239なんかは、電源9VのBTL負荷で8Ωに4.3Wも出せる)、能率が高いパッシブスピーカに出してやればそれなりの音量を稼げるはずである(デマを吹聴する人が多いので一応断っておくが、すでに触れた通りスピーカは面積が大きければ大きいほど小さな電力でも大きな音が出せるため、小出力のパワーアンプでも大型スピーカに繋いでやればそこそこの音量は確保できる:ただし重くすると能率が落ちるのでバランスの問題になり、セパレートベースアンプのキャビネットやサブウーファーなどはあえて重いスピーカを積んでいるものが多く、この用途には適さないことがある)。

電源はトラブル時の影響が大きい(機器を全部まとめて破壊する可能性もあるし、最悪の場合火災にもつながる)ため、機種の選定や運用には細心の注意を払いたい。

荷物について

運搬も重要な問題で、体格や鍛え方や気合によっても事情は異なるが、筆者(体重60kg男性)の感覚で言うと、手で持って屋外を運べるのは合計10~15kgくらいが限界だと思う。以前ソフトケースに入れたEOS B900(ヤマハのシンセ:本体18.5kg、その他にちょっとした荷物)を運んだときは距離にして500mくらいだったがキツかったし、小型のアコギアンプと機材が詰まったLPケース(どちらも10kgくらい)を両手で運んだときも大変だった。30kgくらいになると、室内でも手で持ち上げて運ぶこと自体がツラい(キャスターをつけるなり台車を使うなりしたい)。

背負いにすると多少キャパが増えるが、腰を痛めてもつまらないので、ムリはしないようにしたい(筆者はごく若い頃に山に登った(というか山に登る親に連れ回されていた)ので20kgくらいなら背負って歩けるが、楽器や機材の場合背負える形にパッキングするのがまず困難)。振動や衝撃に弱い部品(コンデンサマイクや真空管など)の保護に気を使い、楽器はできるだけハードケース(楽器の寸法に合ったもの)に入れたい。車両で運搬する場合は、運搬に使う車両に出し入れができるかどうかと、駐車場から目的地までどうやって運ぶのかを事前に確認しておくべき。台車(カート)類も、MAGNA CARTやZENNなどから手軽なものが出ているので活用したい。

自動車で運ぶ場合ハードケースが無難で、とくに楽器も一緒に運ぶ場合は楽器もハードケースに入れておくべき。なお、軽トラの荷台(に限らず軽貨物自動車の上限)で350kg、小型トラックで1トン弱(たとえばタウンエーストラック(1.5Lガソリン)が750~800kg)くらい積める。2014年現在、乗用車に最大積載量の定めはないが、多くの車種で乗客と貨物を合わせて300kg前後くらいが想定されており、重すぎると(たとえムリヤリ走らせても)サスペンションやクラッチやタイヤが壊れるだろう。参考までに、日産の説明を引いておく。

乗用車(ワゴン車含む)は、最大積載量の概念がありません。
一般的には、乗車定員に加え手荷物程度を目安としています。
乗車定員×55kg+手荷物程度(手荷物=乗車定員×10kg)
実際には、最大積載量から乗者人員分を差し引いた残りが積載量となります。
例)定員5人の乗用車とすると・・・
最大積載量は(5名×55kg)+(5名×10kg)=325kg
乗車人数が運転者と同乗者1名の場合:325kg−(2名×55kg)=215kg
→『215kg』が積載量となります。
積載スペースが広い車種でも、人間が乗ると意外なほど余裕がないことを覚えておきたい(商用車に比べてサスペンション設定が柔らかいので、荷重の偏りにもいっそう注意が必要)。また体重は人によって異なり、たとえば定員4名の車両に体重100kgの人が2人乗るとして上記の式に当てはめると、荷物の目安は60kgになる。

余談:人力で物を運ぶ場合、1人運用で車輪を使わないなら天秤が高効率なようで、機械化されていない鉱山労働なんかでは天秤込み75kgくらいの荷物を人が担いで(山道を)運ぶらしい。農業や建設業で使う一輪車(ネコ車)はたいてい均等耐荷重100kgで、ゴツいものには250kgのものもある。業務用のいわゆる手押し台車は100~300kg乗るものが多い。


電池駆動

すでに触れたように、ギターorキーボードアンプに同居する形がとっつきやすい。ドラムスは簡易なセットの生音で頑張り、ベースは少ない選択肢を上手く選んで押し切るしかないと思われる。詳しくは後で触れるが、2015年現在、ローランドのCUBE Street、KC-110、CUBE Street EXという3機種が、そこそこ汎用性のある電池駆動スピーカとして貴重なラインナップになっている。2018年追記:LaneyからFreestyle 4X4という(簡易PA寄りの)ギターアンプが出た。アレイ+ツイーター構成に電池駆動の選択肢ができたのは嬉しい。2021年追記:JBLがPartyBoxというBluetooth対応の「パーティ用スピーカ」を出してきた。5.2インチ2発の100系と7インチ2発の300系があり、Bluetoothのバージョンや防滴性能の有無でマイナーバージョンが分かれるよう。ものすごく合理的なレイアウト(310はキャスターと伸縮ハンドルまでついてる)。

エレキベースアンプ

電池限定で苦しいのはやはりベースアンプで、普通に考えると、全体のバランスを取るにはまずベースの扱い方を決めて、他を合わせる以外にやりようがないはずだが、実際には、他の人が好き勝手をやったあとに辻褄を合わせる努力を強いられることが多いと思う(いつもご苦労様)。

ポータブルアンプの選択肢は実質的に、MICRO CUBE BASS RX(4インチ4発で29.6×29.4×20.7cmの6.8kg:外見はMICRO CUBE RXとほぼ同じだが、メーカーが「ベース用にチューンされた高音質カスタム・スピーカー×4」と言っているのでユニットが違うのだろう)とPHIL JONESのBRIEFCASE(バッテリー内蔵の5インチ2発で14kgほどある)くらいしかない。サイズが小さい(4インチ4発と5インチ2発なので、どちらも6.5インチ単発くらいの振動面積)ため大音量には対応しにくいはずだが、MICRO CUBE BASS RXはREC OUT(他のCUBEシリーズにもつけようよ)やコンプ、BRIEFCASEには外部バッテリー端子(内蔵バッテリーも同じ端子に繋ぐ)がついていて、機能的にはけっこう充実している。追記:BRIEFCASEは2018年10月で生産終了になった。

これらの選択肢で間に合わない場合、おそらく、コンボアンプをポータブル電源から使うくらいしかないのではないかと思う。電源の容量的に数十Wクラスしか選べず、そうするとやたら重い低能率スピーカを搭載したモデルは少ないはずなので、ウッドベース(楽器が10kgくらい+ハードケースが15~30kgくらい、全長2mオーバー)を持ち運ぶよりはマシだと自分に言い聞かせて気合を入れよう。LANEYのRB2なんかはわりと面白い構成だと思う(実物はまったく未確認)。

アンプが用意できないor運べない場合の苦肉の策として、大きめのギターorキーボードアンプ(実質的な選択肢としては、後述のCUBE Street EX、KC-110、TXシリーズくらい:auxから「伴奏を入力できる」と謳っている機器で「ベースが鳴らせない」のは道理に合わないが、実際問題小さすぎる機種では望みが薄い)にムリヤリ同居してしまう考えもあるが、「ベースアンプのような鳴り」はもちろん期待できないし、ベースがスピーカの振幅を使い切ってしまうと他の楽器の出力が歪むことに注意が必要。PAスピーカを使う案は、サブウーファーを動かせないので無理筋だと思う(後述するMMA130やBA-330のようなポータブルPAセットも、ベースは「鳴らせはする」程度の対応が多いようで、2014年5月現在のBA-330のQandAには「ベースを接続して音を鳴らす事はできますが、ベース向けの音質調整は行っていないため、お勧めできません」とある)。

すでに触れたがベースではとくに、PAとして必要な音量とモニタに必要な音量が異なることに注意して欲しい。ファンクやフュージョンなどベースも前に出るのが一般的なジャンルは別として、最終的に「外に出す音」のベース音量を大きく上げることはそう多くない。ラインアウトさえついていれば、ポータブルのヘッドフォンアンプでモニタ音量は間違いなく取れるので、あとは外に出す音のバランスだけ考慮すればよいことになる。

エレキギターアンプ

ギターアンプの機種としてはローランドのCUBE Streetが大人気。実際、必要な機能がキッチリとパッケージされており、電池駆動可能でスタンド不要でマイクとギターorキーボードを同時使用でき実売も3万円を切っている。ダブルコーンの6.5インチが2つでバスレフ、重量5.2kg、オマケでクロマチックチューナーつき。ステレオ仕様なのでAUXから入れた音をモノミックスせずに出せる(PAで使う距離だと結局空気中で混ざるし、モノソースだと低域が稼げる代わりに高域の扱いが面倒になるのだが、そこはトレードオフ)。この機種に限らず、楽器用ポータブルアンプをメインにした機種の場合、ヘッドフォン接続でキャビネット(スピーカ)から音が出なくなるものが多いので、そこだけは運用でカバーしておきたい(やはりミキサーを別途用意するのが正攻法だと思うが、内蔵イフェクタを反映した出力が欲しい場合や複数人演奏でモニタ用のバスが欲しい場合は結局ライン出力が必要)。

粗を探すとしたら、ライン出力がない(ヘッドフォンだけ)ことと、本体でPANが振れない(ユニットの間隔が非常に近く、通常のステレオ効果が有効なのは正面近距離だけなので、PAに使うなら大問題ではない)ことくらい。説明書の仕様情報とブロック図を見ただけの印象だと、マイクの2本挿しがちょっとムリヤリな感じがしないでもないが、実際の性能は不明。いづれも小型ミキサ(オーディオテクニカのAT-PMX5Pなど電池駆動のもの)との併用で簡単に解決するはず(欲を言えばAUXにもリバーブセンドがあればよかった)。アンプのモデリングがエレキギターに偏っているのは、メインターゲットがエレキだということで仕方なかろう。2014年4月に発売された上位機種のCUBE Street EXも似たような傾向だが、スピーカが「ウーファー=20cm (8インチ) ×2、ツイーター=5cm (2インチ) ×2」と豪華になった。LANEYのAH-Freestyleは8インチ単発で廉価版の地位を狙ったか。

下位機種のMOBILE CUBEは手軽さをさらに追求した構成で、小さく軽い(4インチ2つで2.4kg)のが長所(ラジオとかカセットなんかがついていない分ラジカセよりもコンパクト)。筆者が奏者として使ったことはないが、エレキを繋いだ音を聴いた限り、大型の鉄弦アコギの生音に負けない程度の音量は出ていた。メーカーはギターを意識しているようだが、ヴォーカルやキーボード用の単発アンプとして使っても面白そうに思える。マイクスタンドにマウントできるのも、使い方によっては大きな利点になるだろう(ただし、マイクスタンドは重量物を乗せる前提で作られていないことに注意:MOBILE CUBE以外で手軽にマウントできそうなモノとしてはヤマハのMS101III+BMS10Aがあるが、電池駆動でない)。似たような路線に、KORG(Vox)がSOUNDBOX miniを出してきた。

6.5インチ単発クラスの電池駆動アンプは、マルチ内蔵でも半端な機能しかなかったり、アンプモデルに偏りがあったりするものが多い。コンパクトマルチに万全な製品が多くあり、どうせ併用するならイフェクタ内蔵でない安くて軽くて電池が持つ機種の方が有利だろう(この辺は運用次第)。ラインナップとしては、PLAYTECHのJAMMER Jr. D(上位機種っぽく見えるFXDは「わかっている人」専用機種だと思う、確証は何もないが多分)、ZT AMPのLunch Box Jr.(多分The Juniorの100V対応バージョン:機能が殺されていなければDC12Vセンタープラスでも動くはずだが、2013年1月現在、純正電池ケースを扱っている国内販売店を筆者は知らない)、PIGNOSEの7-100R、ORANGEのStereo Micro Crush CR-6Sがある。CR-6Sは9V電池2個で動きACアダプタも18V仕様(別売りのはずだが適合機種が乏しい)、ヘッドフォン端子とは別にライン出力があり、AUX入力にゲイン調整がついている。

キーボードアンプとポータブルPAセット

CUBEシリーズの上位機種ではない(メーカーの分類ではキーボードアンプ)がKC-110というのもあり、同居用としても専用アンプとしても面白そう(仰角を増やす脚つきで、38mm径のスピーカスタンドにもマウントできる:純正品はST-A95)。6.5インチウーファー(前面バスレフ)+ツイーターがステレオでついており、コンパクトタイプのPAスピーカに対して7.3kgの重量が(CUBE Streetよりはちょっと重いものの)アドバンテージになる。これのモノラルバージョンがあったら言うことがないのだが。同じくローランドのBA-330は6.5インチ4発+ツイーター2発のステレオ出力という謎の設計(低音域は左右の信号が似通っているという前提で面積を稼いでるのかな)ながら、単三8本で109dbSPL@1m(計算値)を叩き出している。

バッテリー内蔵の簡易PAセットは、2010年代くらいからキャリーカート一体型(大昔の8トラカラオケ機に車輪をつけたような感じ)が増えてきた。ION Audio(Numark傘下のポータブルPAブランド)のRockerシリーズ、PylePro(Quality Audio)のPWMAシリーズ、DJ-TechのiCubeシリーズなど、DJ用を称するワイヤレスやiPod系デバイスに対応した機種が多い(この手の「簡易PA」は「アナウンス用」と「音楽用」があるので注意:DJ用やカラオケ用なら音楽は流せるはずだが、実際のモノはまったく未確認)。筆者自身は充電池式のPAスピーカにあまりいい思い出がないが、もしかすると、最近のモノはよくなっているかもしれない。2014年8月にはCLASSIC PROもPA-BOXを発売し、ローエンドが充実してきた。

CRATEのTXシリーズ(CUBE Streetのダブルコーンフルレンジ2発に対して、こちらは2wayモノ:2014年3月に国内代理店の神田商会から「TAXI シリーズ生産終了のお知らせ」が出たが、本家サイトを流し読みした限りそのような告知は見つからなかった)、ALESISのTRANSACTIVE LIVE(販売終了)、REXERのRPA-120(東京サウンドの営業停止に伴い生産終了)などは新型機の波に押されたか。時系列でいうとTXシリーズ(Taxi)が先輩株で、TX30が1999年4月発売、ちょうど「ゆず」のメジャーデビュー翌年でタイミングが良かったのか一気に普及、2000年9月にTX50、多分2001年前後にTX15ときて、CUBE Streetが2007年9月のKC-110は2010年2月とけっこう新参。Taxiが出てくる前の記憶はあまり残っていないが、商用電源をあまりよろしくない方法で使っている人や、エレキソロでPignoseを使っている人はいた(7-100のプロトタイプは1969年で、世界初のポータブルエレキギターアンプだったそうな)。

2011年9月にはKORGがMMA130という機種を出してきた。カタログスペックしか見ていないが、電源は単二6本or単二12本orアダプタの選択、1インチツイーター+6.5インチウーファーの直球構成、マイク入力や「ちょっとHi-Z入力」のほか内蔵簡易ミキサーとラインアウトとAUX入力付き、スタンドマウント(ただし専用スタンド前提の模様)も縦置きもフロアモニタ置きも可能、中身はよくわからないがハウリングキャンセル機能付き、地味にDC9Vアウト端子付き(センタープラス)、電池動作時の最大音圧が「105dB以上(最大出力時)」とスジがよさそう。BA-330よりはかなり小さく重量も12.3kgと軽い(といっても持ち歩くのはシンドそうだが)。2013年5月追記:と思ったらあっという間に国内での販売が終了してしまった。KORG USAではまだ販売しているようなのだが。2014年5月追記:海外ではまだ売られており、アマゾンUSで380ドル、アマゾンUKで200ポンド。2023年1月追記:ヤマハからSTAGEPAS200とバッテリーセットのSTAGEPAS200BTRが出た。名前はstageを冠しているがバッテリー駆動可能で、8インチ-1.4インチの同軸コンプレッションドライバーだそうな。価格は10万円前後と高いが機能は豪華。

ミキサーやプロセッサなど

電池駆動のローエンドミキサーには、BEHRINGERのXENYX 1002B(ファンタムの電圧がちょっと半端な以外はほぼフル機能)やオーディオテクニカのAT-PMX5P(モノラル4系統+ステレオ1系統で、モノラル入力3-4がプラグインパワーのステレオマイク入力と排他利用、モノラル入力はトリムとPANとフェーダー、ステレオ入力はボリュームツマミ、あとはマスターフェーダーとヘッドフォンボリュームのツマミだけというシンプル構成)がある。

XENYX 302USBは「USBバスパワーで動くアナログミキサー」として貴重な選択肢になり得る(2014年に筆者もその用途で購入した:スタンドアロン動作用に商用AC電源からUSB電源へのアダプタ(BEHRINGERとサウンドハウスのロゴ入り)が付属しており、USBケーブルにもフェライトコアっぽいものがついている)。他の機種でも、上で挙げた普通のポータブルミキサーの価格を考えると専用に買うのは効率が悪そうだが「スタンドアロンでミキサーやマイクアンプとして動作し、バスパワー駆動が可能なもの」なら使い回せそう(似たようなグレードのUS-100はバスパワーのマイクアンプ兼DIとして普通に使えた:AUDIOGRAM6あたりが動いてくれるなら面白そうだが動作報告が見つからず、US-366はFAQに「本機はスタンドアロンモードを備えておりませんので、必ずパソコンと接続する必要があります」とある)。

複数人でやる場合はモニタの分配が問題になるが、ARTのSPLIT Mix 4などパッシブミキサーをリバースで使うくらいで選択肢が乏しい。リスニング用のパッシブ分配器が手元にあるなら、先にそちらを試してみてもよいだろう。ヘッドフォンアンプはリスニング用のポータブルタイプ(FIIOのE6とかオーディオテクニカのAT-PHA10とか)が豊富にあるので個人持ちがラクだと思う。

電池駆動限定だとどうしてもイフェクタやプロセッサのラインナップが薄いが、ギター/ベースに関してはデジタルマルチイフェクタが充実してきた。ヴォーカルプロセッサはフロアタイプのラインナップ自体が薄く、ローランド(BOSS)のVE-20は電池でも動くようだがイフェクタ色が濃い。代案としてMTRの内蔵イフェクトを使う案があり、R8やBR-80くらいのモノが用意できればだいたいの処理ができるはず(専用品のミキサーと比べてバス数が少ない傾向があるものの「なんでもできる」という意味ではワークステーション系デジタルMTRはかなり強い:筆者自身は788で似たようなことをやっているが、電池では動かない)。

オマケ(リスニング用機器での代用)

普通のアクティブスピーカはコンパクトとかポータブルとかワイヤレスとか、そっち方面に極端に振った製品が多くちょっと難しそう。アウトドアグッズ的なモデル(オーディオテクニカのAT-SPB30やAT-SPB50なんかは、ソニーのSRS-TD60あたりよりは大きいし持ち運びも考慮されている)を使う案もあるが、低域をある程度出せそうなモノを探すとなかなか見つからない。ラジカセ流用系では東芝のTY-SDK70やTY-CDK5あたりが相変わらず素直なデザイン。実際に使うかどうかは別として、ステレオアクティブの4インチフルレンジがこの価格で手に入ることは、参考程度にでも覚えておくとよさそう。WINTECH(廣華物産)が出しているバブルラジカセもどきも面白そうではあるが、仕様がよくわからない(「BM−70USB」というもっと激しいラインナップもある:もちろんモノは未確認)。

iPhone周辺機器として売られているものは価格が法外なものが多くコストパフォーマンス的にちょっと厳しいが、JVCケンウッドのRV-NB70-Bあたりは面白そう(構成は「フロント:8cmフルレンジ密閉型×2、サイド:13cmウーハーバスレフ型×2」でいい感じ、下位機種と異なり「ベースギターお断り」のギター入力があるものの、そんなものよりライン入力をつけてくれと強く言いたい)。イメーション(TDK)のSP-XA6803(横並びの6インチ3発で、左右が同軸、中央がサブウーファー、写真やマニュアルの図ではやけに薄いハコで「とにかくフタをして剛性と重さで押し切るタイプの密閉型」に見える:下位機種と異なりスピーカスタンド用の35mmホールがある模様)あたりがもう少し安ければと思う。USB給電かつアナログ入力つきのモデルをポータブル電源で使うという案も温めてはいるが、可能そうな機種を探せないでいる(LogicoolのZ120はちょっと小さいし)。


コンセントがある場合

簡易ミキサつきのアクティブスピーカとして、BEHRINGERのB205D(MACKIEのSRM150のパチモノ)やローランドのCM-30(これもCUBEシリーズ)がある。後者はステレオリンク機能が凝っていて、2台用意すると最大10系統入力になる(そんなに使わないとは思うが)。ヤマハのSTAGEPASシリーズはセパレート、というかスピーカにミキサ収納スペースをつけただけという大胆なデザイン、だと思っていたら似たような製品が増えてすっかり普通になった(前からあったっけ?)。

キーボードアンプ(音域が広くサイズのバリエーションが豊富なので、PAスピーカの代用にしやすい)にも多入力のものがあるが、ミキサを別に用意すればよいだけ(電源があるならフロアタイプのミキサを好きに使える)なので、荷物をどうしても減らしたいのでなければ入力数はあまり気にしなくてもいいのかなという気がする(操作性の面でミキサの方が有利だし、スピーカの設置場所と音をコントロールする場所を別にできるメリットは意外と大きい)。

普通のPAスピーカは、パワード(パワーアンプ内蔵)のものとパッシブのものがある。普通のミキサ+パワーアンプ+パッシブスピーカでも、普通のミキサ+パワードスピーカでも、パワードミキサ+パッシブスピーカでも、ローエンドの金銭的なトータルコストとしては大差ない印象。荷物を減らすことと使い回しを考えると普通のミキサ+パワードスピーカが有望だろうか(本数を増やす場合、スピーカ側にスルー出力があると便利)。サイズに関わらず、普通のPAスピーカは(60~70Hzくらいで)低域をカットしているため、低域再生にはサブウーファーが必要になる。パワードスピーカには、大電流を流す配線(たとえば4Ωのパッシブスピーカに最大400W突っ込むのだとしたら、40Vの10A)を自前で引き回す必要がないメリットもある(どのみち電源ケーブルは必要だが、大電流配線の数は確実に減る)。パッシブだと、他のケーブルにノイズを乗せる心配はもちろん、安全上の配慮もよりデリケートなものが要求される(ケーブルやコネクタに損傷がないかのチェックは必須:PAで使うケーブルは「必ず踏まれるし引っ張られる」と考えるべき)。

PAスピーカのネックはやはりサイズと重さで、8インチクラスのパワードだと1本5~10kgくらいが主流だが、12インチクラスは平気で20kgを超える(MACKIEあたりは軽量モデルを多くラインナップしており、軽い大口径機種がないわけではない)。機器を導入する前に「誰がどうやって運ぶのか」検討しておくべきだろう。発熱が小さく重量が軽くベタフラットな特性がウリのクラスDアンプ(Dはデジタルの意:D級であることが明記された製品の具体例としては、BEHRINGERのB2Dシリーズなど)が普及してきたことで、パワードスピーカ=音が出る電気ストーブ状態はいくらか改善しつつあるが、狭いハコの場合空調との兼ね合いも忘れるべきではない。PAスピーカのクロスオーバー周波数は12~15インチクラスのパワードで1.6~2.1KHzくらい、8~10インチクラスの一部(ヤマハのDXR8とDXR10とか)に2.3~2.4KHzくらいのものがある(エリアで使う前提のモニタスピーカも2~2.5KHzくらいのクロスオーバーなので、おおむね2.5KHzくらいから上はホーン状のツイーターなどで拡散させるのが妥当なのだろう)。

ベースアンプも大きなものが多く「中型」のコンボタイプでも15~20kgくらいはある(セパレートだと荷造りはラクだが合計重量は嵩む:ヘッドだけ持ち込めるなら有望な選択肢)。8インチ前後のものはおおまかに、5~10kgクラス(FENDER JAPANのBMC-20、BEHRINGERのBT108 Ultrabass、プレイテックのJAMMER BASS 20など:VOXのPathfinder Bass 10は5インチ2発)と10~15kgクラス(AMPEGのBA-108、HARTKEのB200、FENDERのRumble 15 Combo、MARSHALLのMB15など:ARIAのAB-30、FERNANDESのBS-30、PEAVEYのMAX110などは10インチ)に分かれるような気がする。6.5インチクラスはサイズが小さくなるが重さはあまり変わらない(f0を低くするためにはある程度のユニット重量が必要で、それを受け止めるキャビネットを用意する必要もあれば、重さで低能率になった分をアンプの出力で補う必要もあって、バランスが難しい:大雑把に言って、カタログ上40Hzくらいまで再生できるスピーカユニットは単体で5kgくらいにはなる)。12インチクラスはORANGEのCrush 50BXTあたりが比較的軽い。

イフェクタやプロセッサはラックケースで持ち込めば万全だが、マイク音源のダイナミクス操作や歪み系イフェクトには慎重を要する(被りやハウリングの問題があるので)。


ストリートでPAを使いたい人へ

ここでは技術的な問題を扱いたいのであまり長くは述べないが、音量にだけは気を使って欲しい。ルールとかマナーといった線引きはいろいろあるが、少なくともお客さんが近寄れないほどの音量はやり過ぎである。自分が得するために他人に損を与えるのは褒められた振る舞いではないが、誰も得をしない行為で損だけ巻き散らすのはサイテーである。音量の目安で言うと、一般的な6.5インチ単発のエレキギターアンプに1W突っ込んでやると90dbSPL@1mちょっとになる。これはアコピや大型の鉄弦アコギが飲まれるくらいの音量(ピアノの正面1m付近で80~90db、バイエル104番を演奏したときの値で80dbという環境省のデータがある)、ヴォーカルを合わせるにしても初心者だとマイクなしでは泣きが入るレベルである(そしてマイクを使うと雪ダルマ式に面倒が増えてゆく)。機材を増やす前に、そんな音量が本当に必要なのかどうか、ちょっと考えてみると幸せになれるかもしれない。

気を取り直して技術的な話に移ろう。セッティングについて、音の反射が意外と厄介なので注意したい。基本的に、スピーカ(やアンプのキャビネット)の正面に硬くて平らな面(建物の壁とか)があると音の反射で面倒なことになる(PAを使わない場合も、壁などに正面から音を当てるのは避けた方が無難)。仰角のついた(=斜め上を向いた)スピーカを使う場合、前後の有効範囲が比較的狭い(近すぎても遠すぎてもスピーカの軸を外れる)ことを覚えておきたい(最前列が「座り」前提であれば有効活用できる)。

1人作業でやるケースも多いと思われるが、PAの基本である「手元で意図した音を作る人とそれを許容範囲の変化に留めつつお客さんに届ける人の分業」ができないのは大きなハンデになる。サウンドチェックにも限界があるので、できれば「音を聴いてコメントしてくれる人」だけでも他にいた方がよい。奏者が2人以上いるならお互いの出音をチェックする形が簡易だろうか。初心者の完全1人作業だと「PAなんぞ使わない方がマシ」なレベルから脱出するのがまず困難なので、他人のPAを手伝うなどしてある程度経験を積むのがよさそう。

モニタはイヤフォンorヘッドフォンが使えるならそれが無難だが、モニタの音とお客さんの耳に届く音がかなり異なることは承知しておくべきで、エンジニアが別にいる場合はその判断をできる限り尊重した方がよい。奏者のイヤフォンから出る音は演奏の補助として使えればそれでよく、お客さんの耳に届く音が問題なのだということをしっかり確認しておきたい。エレキギターやキーボードなどで、アンプを奏者の背後に置くセッティングが便利なこともあるが、高音域が遮られてお客さんに届きにくくなる効果に注意が必要。奏者がよほどの上級者でない限り、モニタなし(スピーカから奏者側に漏れる音だけ)というのは避けた方がよい(奏者が慣れていてオープンバックのキャビネットを使うような場合は有効な方法)。

マイキングは、マイクのヘッドが(少しでも)上を向く形が無難。オンマイクしか選択肢がないのでリバーブを使いたいことも多いだろうが、生音やリアル反響音と混ざってモコモコしがちなので、テールの長いものやディレイ的な振る舞いが強いもの(実測モノのIRリバーブなんかが最悪)は注意して使う。奏者が間近に見えているので、不自然な音場をあえて作った場合の違和感も強くなる。いづれにせよ効かせすぎに注意。コーラスも、とくにヴォーカルにかける場合けっこう簡単に「歌詞が聴き取れなく」なるので覚えておきたい。基本的には、薄いコーラスとロングディレイ以外の時間空間系は使えないものと思った方が無難だろう(エレクトリック楽器にフランジャーやフェイザーやレスリーシミュレータなどをかけるのはたいてい問題ない)。

とここまで読んで気付いた人も多いと思うが、ストリートではPAを使わなくて済むなら使わない方がよい。まずモニタが厄介で、オンマイクしか選択肢がないのに空間系イフェクトに対する干渉が強く、出音の問題だけ考えても「使わない方がマシ」レベルのハードルがけっこう高い(とくにリバーブは扱いが難しいイフェクトで、音響面をそれなりに考えたハコでプロの専任PAが本格的なラック機材を使ってやる場合でさえ「今すぐリバーブセンドを全部絞れ」とPAブースに詰め寄りたい音が出てくることが普通にある:自分が客なら詰め寄るのも一案かもしれないが、奏者なら「リバーブ薄めでいいです~」とかなんとかヘラヘラしながら頼もう)。エレキギターやキーボードが入る場合スピーカなしというのはムリだが、アコースティック楽器に合わせた音量で前に音を飛ばせればそれでよしと考えた方が生産的な場合も多い。

実際、プラグドにするメリットとして音の加工を考えているなら、たいていの場合無謀である。生音が出ないかごく小さいエレクトリックorエレクトロニック楽器や、もともとドライとミックスする前提のイフェクト(すでに挙げたロングディレイやコーラスなど)以外は本来の効きを発揮しない(生音が隠れるくらいの大音量をぶっ放せるなら話は別だが、それはもうストリートの範囲を超えている:生音をメインに、スピーカからの出力をウェット専用にするアイディアもあるにはあるが、上級者向け)。とくにピッチ補正のような「生音が聴こえると困るイフェクト」は酷いことになる(生音と混ざってコーラスイフェクトもどきに化ける)。

また、デカい音を出した方が広い範囲に聴こえて人が集まると考えている人も多いようだが、他人の演奏か、もし複数人でやっているなら他の奏者の演奏も、10mでいいから離れて音を聴いてみるといい(専用に設計されてプロが運営しているライブハウスだって、最前列から最後列までマトモな音が届いているハコがどれだけあるか)。たいていの場所では何をやっているのかわかりゃしない(自分がエンジニア専業で「限られた機材でしかも屋外で10m先まで音声を届けるのがどれほど大変なことか」理解していらっしゃらない人がいる場合は「目の前のお客さんが一番大事なんだ」とかなんとかソレっぽいことを言って押し切ろう:反対に押し切られたら泣き寝入りしよう)。密集地帯で周りがPAを使っているから自分も使わないと目立てないという需要は理解できるが、そんな場所で音量競争をしてたとえ勝ったとしても、マトモな音には決してならない。

とまあその辺の事情を考慮しつつ、必要な場合に必要なモノを活用する心得が必要になると思う。


オマケ1(単一音源でのディメンション)

意味がわかる人向けに、スピーカユニットから耳までの高さの差を1.5m、ドライバ(ツイーター)の有効上下角をプラマイ15度としたときのディメンション例を掲載しておく。

図中の単位がない数字はメートル。すべて計算値で、とくに到達音量は障害物(というか人)にぶつかる分を考慮していないため誤差が大きいと思う。

到達音量の差を小さくするには高さの差を大きくする必要があり、高さの差を大きくするとドライバからの上下角がつきやすくなる。1.5mというのは地面近くにアンプを置いた状況に近いはずで、ドライバの指向性にもよるが無難にまとまるのはこのくらいまでではないかという気がする。

最前列から最後列まで1.74m取れるので、3~4列くらいは並べるだろう。ドライバの有効左右角をプラマイ30度とすると、最前列で幅1m、最後列で幅3mくらいになり、15~20人くらいなら良好な音場に入れそうな計算になる。

スピーカユニットから耳までの最大水平距離を4mとすると下図のようになる。

最前列から最後列まで2.74m取れるが、6~7列並んだとすると最後列には高音が届きにくくなるはずで、頭の高さよりも少し上にPAスピーカを設置した方がよさそうである。その場合、同じ前後幅だと到達音量差が最大10dbくらいになるはずで、立ち見なら30~50人くらいが良好な音場に入れそうな計算になる。スピーカを2台に増やせるなら、

やや外側に向けて配置すると横幅をぐっと広く取れる(当然音声はモノミックス)。


オマケ2(低音の回り込みが問題になる場合)

見出しは広めの意味に書いたが、ようするに、バスドラとベースアンプの間でハウリングが生じた場合の対策。

まず検討したいのは音源とマイクの距離。オンマイクにすればするほど他の音源からの影響が減るのはもちろん、近接効果も利用できる。つまり、指向性マイクをオンで使うと低音が強く入るのだから、極力音源に接近させて後段でゲインないしローを落としてやればよい。たとえばベースアンプのすぐそばにマイクを立てミキサーで低音を削ってやると、ベースアンプの音はだいたいフラットに収音できるいっぽう、バスドラの低音は削れてあまり入ってこない。

もちろん低音源同士の距離を離すことも有効だが、ドラマーとベーシストに限っていえば、奏者同士の距離をあまり極端に離すと演奏に差し支えることがある。ヘッドフォンモニタが前提なら、ベーシストとドラマーはある程度近い距離にいて、ベースアンプだけ離してマイクを立てることがいちおう可能。

それでも厳しいときは位相をずらしてみる。たとえば100Hzの音波なら波長は3.4mくらいで、1.7m動くと位相が反転する。位置の変更に限界がある場合、どこかにデジタルディレイを噛まして補助することになるだろう(同じく100Hzの音波なら10msで1周期なので、5msのディレイで位相が反転する)。ただし、ドラムとベースはリズムの中心であるという事情はやはり動かしがたく、あまり大きなディレイを入れたくないため、結局は位置変更と併用して極端な操作を避けることになるだろう。

機材構成上可能ならベースアンプの出力を位相反転するのも一案で、たとえハウリングが解消しなくても、ハウリングポイントがより高い周波数に移動してくれれば、他の対策が立てやすくなる。位相反転機能のあるプリアンプかマルチイフェクタを用意するのが手軽だろうか。

発想を変えて、バスドラとベースアンプを近くに置き、低音部のみ同じマイクで収音してしまう手もある。中域より上の成分をどのように分離するかが問題となるうえ音色作りにも制約が出る方法だが、奏者同士の連携がしやすいという点では強力な対策になる。ただし、距離が近くなる分、空気を介した楽器同士の共鳴(たとえば、バスドラの音がベースの弦を震わせ、それがベースアンプで増幅されてバスドラの胴を鳴らし、またベースの弦が・・・といったフィードバック)が強く出る。


オマケ3(そもそもPAを使うか使わないかという判断)

一般的に、PA担当者が使用を勧めているなら使った方がよい。キャパ30人くらいの屋内なら楽器アンプだけ(ヴォーカルとアコースティック楽器は生音)の方がバランスのよい音を作れるケースが多い(アンコールだけノーマイクのステージで、PAを通すより断然いい音を耳にすることもある)のだが、やはりそれぞれの担当者にそれぞれの立場というものがあり、ある程度はそれを尊重しないと円滑な運営は望めない。

使う使わないを自分たちで判断してよい場合、半端な選択を避ける(つまり、PAを使うなら全部のパートをミキサーに通し、使わないなら楽器アンプだけプラグインする)のが無難である。ヴォーカルはマイクを使ってギターはアンプから音を出しアコピは生音、なんてことになると、モニタの問題が一気に複雑になるし、レイアウト(ステージ上の立ち位置)も制約を受ける(ドラムスのみ生音でやるパターンはアリだと思うが、ポピュラー音楽用のドラムセットはPA(というかオンマイク)の存在を前提に音作りをしてあるものがほとんどなので、演奏やセッティングでのフォローは必要)。

問題が生じやすいのはギターアンプで、とくにチューブアンプは音量域でキャラが大きく変わり、大音量時のキャラが好きな場合小さなハコではマイクに通すとかなんとか言っていられない音量になる。じゃあ直で出しましょうということになると、すでに触れたモニタやレイアウトの問題がやっかいで、ギタリストにPAに関する一定の理解がないとサウンドが容易く崩壊し、また奏者とPA担当者の間に最低限の尊重と信頼がないと険悪なことになり得る。またPA用の機器としてギターアンプを見ると、高い位置に設置する手段に乏しいのが厳しい。

反対の立場でもし自分がPA担当者であれば、このチャレンジはなかなかに面白い。小さなハコでアンプの音色を引き出そうと思ったらノーマイクアンプ出しは妥当な選択で、役割分担とコミュニケーションさえきちんとできれば、労力以上のリターンが十分に望める(Jazzやブルースがメインのハコだとけっこう普通の手法だったりもして、技術的な難易度がとくに高いというわけではない:何も考えないでやると酷いことになるというだけ)。



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