これはどうしようもない。レコーディング機材(モニタを除く:具体的な構成についてはオーディオ機器のカタログを眺めてみるのページを参照)は相当安価なものを使ってもほとんど音質や作業に支障ないが、楽器はそれなりのものを使わないとまともな音が出ない(高級品が必要だと言っているわけではないので誤解なきよう:後述)。電子楽器なら、インターフェイス(操作子のこと:鍵盤など)だけしっかりしていれば後はソフトウェアで何とかできなくもないが、インターフェイスがしっかりした電子楽器は高い。
ただし楽器によってそれほど痛い出費でないものもある。たとえばエレキギターなら、5万円も出せば本家フェンダーのストラトが買えてしまう。フェンダージャパンならもう5千円くらい安いし、スクワイアの公式コピーモデルなら実売で2万円くらいのものあり、レスポールでさえエピフォンの公式コピーモデルが5万円しない。アコースティックギターもヤマハあたりを選べば3万円を切るし、エレアコもヤマハやフェンダーなら3万円ちょっとくらいからある。ベースはちょっと割高で、フェンダージャパンのジャズベやプレベでも5万円くらいはする。鍵盤も、たとえばデジピなら88鍵ハンマーアクションのものが5万円を切るくらいの値段で買える。
最初の楽器としてこのクラスのものを手にして何か不足が出るという事態は、筆者には想像がつかない(カーツウェルとかマーティンとか「ああこりゃモノが違うわ」というものはもちろんあるが、それらを視野に入れるには上記では予算が一桁足りない)。反対に、アコピやドラムセットなど大型のもの(置き場所も大変)、クラシック楽器やラテン楽器や和楽器のように数が出ないものは相当厳しいだろう(ラテン楽器については現地で買うとエラく安いという話を聞いたが、往復するのと輸送するのが大変)。筆者は音楽をやり始めた当初、何も知らずに「シロフォンっていくらぐらいするんだろ」と(安かったら買うつもりで)調べて目が点になったことがある。
またメンテや調整が非常に重要で、きちんと手入れされた普通の楽器の方が手入れされていない高級品よりはよく鳴るはずである(ホンキートンクのようにあえて手入れせずに音を作るものもあるが、あくまで例外)。
2008年3月現在、オーディオクォンタイズを自動化した低コスト/無料ソフトウェアを筆者は知らない。ピッチシフトやタイムストレッチはすでに多く実装されており、あとはユーザーインターフェイスを何とかすれば実現できそうな気もするが、たとえばVSTプラグイン単体で何とかしようと思うとかなりムリっぽい機能なので、手軽になるまで時間がかかるかもしれない(後述の需要の問題もある)。
オーディオクォンタイズが必要な場面というと、ベースを生録音した場合が一番多いと思われる。まともなベースにオーディオクォンタイズなんぞをかけたら台無しになるが、ヘタクソなベースにはぜひかけるべきである。ただし、ヘタクソにベースを弾かせてオーディオクォンタイズするくらいなら打ち込みの方がずっと早い。
同様にドラムスもオーディオクォンタイズの対象になりえるが、生ドラムの録音にはカブリが必ずついて回るためかなり面倒なことになるはず。ベースと違って多少ヘタでも生録音する意義がある楽器なので、部分的な修正で済むなら手を入れるのもアリかもしれない(その場合自動でやるより手作業の方がいいと思う)。
もっとも有効に機能するのはおそらくリズムギターにかけた場合で、これを上手く処理できるソフトがあるなら、人によっては高価なソフトを買う価値が出てくるだろう。ヴォーカルやリードギターならパンチング録音した方が早い。
安物のサウンドカードだと、ASIO4ALLとREAPERを使って頑張ったとしてもモノラル4トラックくらいが精々ではないかと思われる(5000円~1万円クラスのサウンドカードなら、ステレオデジタルで2トラック分追加できるものもある)。MTRも、エントリークラスのものは2トラックまでしか同時録音できないものが多い。
8トラック以上の同時録音をやろうと思うと、どうしても高級品のサウンドカードかミドルレンジ以上のMTRが必要になる。生ドラムさえ入らなければ4トラックでもほとんど問題ないし、生ドラムにしても、単独で録音するなら4トラックでも何とかなるため、必要性を十分に検討したい。
反対に、同時3トラック録音というのはかなり微妙な分かれ目なので、多少のコストでクリアできるなら確保しておくに越したことはない。弾き語りや複数マイク/ピックアップ使用をせず、ライブ録音もステレオミックスで十分なのであれば2トラックでも足りる。
2トラック同時録音/8トラック同時再生のデジタルMTRで8トラック以上オーバーダブするような場合は、ある程度録音したらファイルをパソコンに書き出して、MTR上でピンポン録音(バウンス)してから録音を続ければよい(パソコン上でミックスして書き戻してもよい)。要するに仮ミックスを作りながら録音するわけだが、オリジナルファイルはパソコンに保存してあるのでいつでもリミックスができる。
本当に気合を入れて録音する場合、少なくともマイク録音ではコントロールルーム(奏者と音響的に隔離されたエンジニア用の部屋)でのモニタが必要なため、スタジオ以外の選択肢はほぼない。コントロールルームが使えるようなスタジオは利用料金も高いが、機材はバッチリそろっているはずなので(とくに思い入れのあるモノがなければ)自前の録音機材は必要ない。
傾向として生楽器サンプリング系の音源は高価である。生楽器のレコーディングには大掛かりな設備と高度な技術が必要なので、これはどうしようもない。ドラムス(セットで録音するのは非常に難しいが、タイコ1つシンバル1枚の単品録りならかなり敷居が下がる)やギター族(エレキやエレアコならラインで録れる)あたりは個人製作でも何とかならなくはないが、たとえばヴァイオリンくらいメジャーな楽器でも、持っていてor借りられて、弾けて、録音できて、サンプリング音源を作れて、しかもそれを実行しようという人の絶対数がまず少ない。レアなものは(実際に楽器を買うよりは安いことがほとんどだが、それでも)値段が高い。
ちらっと触ったことしかないソフトを悪く言うのもアレなのでいちいちここがこうという指摘はしないが、2008年4月現在までに知り得た限り、大掛かりなDAWソフト(REAPERやSSWは除外して考える)の中で筆者が「安く手に入るなら欲しい」と思ったのはCubaseだけである。
そのCubaseも、たとえソフトを誰かにタダでプレゼントしてもらったとしても、たとえばREAPERあたりと比べて(GUIの好き嫌い以外の)優位性を発揮できる使い方をするには、ソフトウェアの価格の数倍は周辺投資をする必要がありそうで「安く」という条件をクリアするのはなかなか難しそうだ(ヤマハの本気系ハードとの連携があってナンボのソフトである:反対に、ハードをすでにそろえているなら必携のソフトだろう)。
またCubaseはVSTプラグインの扱いが(本家だけあって)厳格なようで、サードパーティのプラグインが動かないというトラブルをよく目にする(「Cubase VST bug」などのキーワードで検索すると多数ヒットする:REAPERにはBetter buggy VST compatibility modeというのがあって、多少作りの甘いプラグインでも文句を言わずに実行してくれるのだが、Cubaseにそのようなモードがあるのかどうか確認できなかった)。
やや脱線だがついでに書いておくと、CubaseとSONARはほとんど競合しない製品である。バイク乗り以外にはわかりにくい喩えかもしれないが、設計思想が900ccのSBレプリカと400ccの和製アメリカンくらい違う(この喩えだとREAPERは250ccの4ストレプリカ、SSWは400ccのビッグスクーター、Protoolsは400ccの2ストレプリカくらいの位置付けだろうか)。
一見便利そうな機能を満載したソフトも多いが、どうも「酔客用にエコーをズブズブに効かせた場末のカラオケ機」的な印象を受ける(これはDAWに限らず、単体でえらく邪魔な音を出す音源や、効果が極端に大げさなイフェクト、GUIをやたらごちゃごちゃさせたプラグインなどにも同じことがいえる:酔客商売を卑下する意図はないが、右も左もそればかりでは困る)。
安価に(v0.999なら無料で)必要十分な機能を提供しているREAPERはもちろん、高価なソフトにもSSWのように「気の利いた」制作環境を提供しているものはあるし、大御所のソフトウェアベンダーにはもう少し頑張って欲しいところである。
ついでにもう少し脱線すると、以前のヤマハは(裕福層の子弟向けにわけのわからない売り込みもやっていたが、それと平行して)音楽制作の裾野を広げる取り組みを積極的に行っていたように思うのだが、最近は(経営が苦しいせいなのか)ハイエンドに引き篭もる傾向が目に付く。初心者が手軽に音楽制作に取り組める環境を維持しなければハイエンド市場も時間の問題で先細るわけで、ヤマハが頼りにならないのなら他のメーカーが、もう少し精力的に市場の開拓をするべきだと思う(それぞれに台所事情があってままならないのだろうが、食い散らかしの度が過ぎれば結局自分の首を締めることになる)。
2009年11月追記: ヤマハはやはりローエンド市場を諦めないようだ。少なくとも鍵盤では、カシオにガチンコ勝負を挑むようである。筆者もヤマハの全部が好きなわけではないが、こういう気概は見ていて頼もしい。