誤魔化すイフェクトの落とし穴


技術的な話ではなく精神論的な話。


調味料に頼りすぎるとジャンクフードしか作れなくなる

これまで「原音の悪いところを4分の3くらいは残すつもりで」などという書き方を頻繁にしてきたが、「原音の悪いところをすべて隠しきるつもりで」作業することも技術的には可能である。しかし、それをあえてやる場合、それなりのトレードオフがあることを覚えておかなければならない。

たとえば、ダイナミクスが不揃いなのを誤魔化そうとコンプを深くかける>高い音圧の音が出っ放しになる>他のパートもそれに合わせざるを得なくなる>曲全体の音圧がひたすら上がる、とか、音程が怪しいのでピッチ補正をかける>音程が真っ平らになる>不自然でもとにかく音程を揺らしたい>むやみにモジュレーションを入れる、といった具合である。

嘘が嘘を呼ぶというか、誤魔化しきるには開き直りが必要になるというか、一度無理な加工をすると最後まで無理な加工を続けなくてはならなくなる。悪いところを隠す加工が必ずしも悪いわけではないが、このようなリスクがあることを、ぜひ理解しておくべきである。


大胆さを支えるのは手間

繰り返しになるが、筆者は原音の悪いところを隠す加工自体には反対ではない。むしろ、せっかく便利な技術があるのだから、使いたい人は大いに活用すべきだと思う。しかし上記のようなデメリットを無視するわけにもいかない。では、できる限り弊害を避けつつ作業を進めるにはどうしたらよいだろうか。手間をかけるしかないように思える。

他のページでも触れたが、たとえば、ダイナミクスは極力フェーダー(の操作に熟練しなくても、ソフトウェア処理ならオートメーションなどでじっくりイジることが可能)で調整するとか、音程が大きくズレた部分だけピンポイントでピッチ補正をするとか、手間をかけて作業することで弊害をずいぶん緩和できる。

結局「大胆な加工ほど細心の注意が必要」というごく当たり前の話になってしまうのだが、ツールの進歩の陰に隠れて、このことが忘れられがちではないかと思う。強力なツールは品質を高めるのに役立つが、使い方を誤ると弊害も大きい。そのことを十分弁えて利用すべきだろう。


減点法で考える前に

アマチュアの場合プロと違って、減点法の評価によるプレッシャーは随分弱い(少なくとも「それが音楽的にどのような影響を持つかまったく理解していない人に粗探しをされて経済的な不利益を蒙る」可能性はない:ついでに言えば手間もふんだんに使える)。原音の悪いところを隠そうとする前に「それは本当に必要な作業なのか」をじっくりと考えるべきだろう。

ぶっちゃけた話「ミスが多くてぱっとしない録音」を必死に加工しても「ミスが少なくてぱっとしない録音」が出来上がるのが関の山だろう。原音にない「良さ」を編集で作り出すことはできないからである(反対に、原音の「良さ」を編集で台無しにするのは驚くほど簡単)。

そのため、何度も書いていることだが、まずは原音の良さをしっかりと見極めて「良さを生かすにはどうしたらよいか」を最優先に考えるのが効率的だといえる。粗隠しは、執念を込めてやっても適当にやっても、実はそれほど大きな影響がない。



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