絵画について1(色彩/女性/調和)


筆者は絵画を勉強したことがなく、印象だけを述べるつもりであることを断っておく。


赤というのは、多くの画家が好んで用いる色である。それだけに、少しくらい巧みに扱ったところでさほどの評価が得られないこともある。そのような中で傑出した赤を描いた画家といえば、まずはレンブラントが挙がるだろう。ロセッティ(彼は緑も巧みだが)の赤も印象的である。しかし、赤にはシャセリオーの「サッポー」*1がとどめをさすのではないか。パソコンの画面だとわかりにくいかもしれないが、圧倒的な赤である。

青が巧みだったのはやはりフェルメールだろう。彼の場合「真珠の耳飾りの女」があまりにも印象的であるが、本来の仕事は実に堅実なものである。モローの青も見事で「トロイア城壁のヘレネー」*2や「ヘシオドスとムーサ」*3(1891年作の方ではなく1870年作の方)などには狂気を帯びた魅力がある。狂気を帯びた青といえば、モローと同時期のルドンの色使いがまさにそれである(モローの場合は正気と狂気の境界で絶妙なバランスを見せているが、ルドンが描くのは完全な狂気である)。

白を扱った画家はあまり多くないが、バロック時代のアーフェルカンプという人は雪景色を好んで描いた。その他、すでに名前が挙がっているシャセリオーの「アラブの詩人」やフェルメールの「天秤を持つ女」(この絵は青の鋭さもすばらしい)やモローの「ジョット」*4など、他の色を巧みに扱う画家は白も使いこなしていたようだ。

その他の色では、緑を前出のロセッティやルドンが用いている(ルドンは相変わらず病的な色使いである)。純粋な黄色を正面から使った画家は少ないが、ラファエル前派のムーアやウォーターハウス、ロココ期のフラゴナール、仏アカデミズムのベナール(ベスナール)など、技巧的学問的傾向の強い人が使っている例がある(ゴッホの「ひまわり」あたりは黄色というより褐色だろう)。何度も名前が出てくるが、ロセッティも鮮烈な黄色を使うし、モローの水彩(黄色の巧みさでいえば「化粧」あたり)なども印象的である。


絵画の題材として女性が描かれるというのは非常によくあることで、鑑賞者の中心がながらく男性であったこともあり、性的な意味合いが噛んでくることも多い。

フランス写実主義の時代に活躍したファンタン=ラトゥールの「イモータリティ」などは、デーメーテル*5と思しき女性が半裸で描かれているが、文字通り豊穣な印象を与えるだけで卑猥な感じはまったくしない。

ロートレックの描く女性は、露出は少ないものの、性的なあざとさ悪どさを強く感じさせる。これは間違いなく意図的なものである。仏アカデミズムのブーグローなどに至っては完全な変態さんなのだが、あのくらい正面切ってやられると却って清々しい気がしないでもない。ラファエル前派のレイトン、ウォーターハウス、ハッカーや、ロマン派のアイエツなどは、春画にしか見えない画面を描きつつも卑猥なだけで終わらせない技術を持った人たちである。

また、芸術家というのは生来的に天の邪鬼な性格をしているため、題材と内容の逆転もしばしば見られる。たとえば、神聖なはずの宗教画を描いているとなぜか下衆なものを描きたくなるようで、サンテールという人が1700年ころに描いた「スザンナ」*6などは、筆者が見た中でもっとも卑猥な絵画のひとつである(パソコンの画面だと暗い部分が見難いかもしれないが、闇に潜む長老たちの迫力と、光の中のスザンナの無警戒さの対比が、この絵のキモになっている)。反対に、世俗画を描いているときにふと神様を描きたくなることもあるようで、貴族の肖像画ばかり描かされていたロココ期の画家の作品に妙に神々しいものがあったりもする。ロココ期からロマン派の時代への転換期に活躍したゴヤ(着衣/裸のマハで有名)の作風を見ると、ロマン派形成への動きに現実逃避の含意があったことがうかがえる。

女性の肖像で有名なものといえばやはり「モナリザ」だが、筆者は正直どこがよいのかよくわからない。コローの「真珠の女」ならまだわかるが、それだって幾分いやらしさが残る。一方、1800年ごろカウフマンという人(女性)が描いた「ウェスタの神官服を着た女性の肖像」*7などは、やさしい感じと奥行きのなさが同居する秀作である。


破綻する寸前の、微妙なバランスを好む画家がいる。中でも、1900年代に活躍したエゴンという人のバランス感覚は凄い。卑小な感じのする絵もあるが「Gerti Schiele」(詳細はわからないが、作者とファミリーネームが同じなので身内なのだろう)などは絶妙である。筆者は本物を見たことがないので、ぜひ見てみたい。前出のロートレックやモローなども破綻寸前の危うい世界を描いている。

同じく前出のルドンの他、後期印象派のクノップなどは完全に崩壊した世界を描いている。不健全な作風ではあるが、彼らに限って言えば、潔い態度で創作に臨んでいるのも事実である。


1:古代ギリシアの女流詩人。未婚の女性を集めて私塾を開いていたとされる。失恋して海に身投げしたという伝説が残っており、よく絵画の題材にされる。情熱的な詩を多く書いたことがキリスト教社会で批判の的になり、出身地のレスボス島がレスビアンの語源になった。
2:トロイア戦争の発端となったスパルタの王女。メネラーオスの妻となったが、トロイアの王子パリスにさらわれる。
3:「声」と同じモチーフだろうか。
4:イタリアの、ゴシック期の画家。ルネッサンス絵画の先鞭として「西洋絵画の父」と呼ばれる。
5:ギリシアの豊穣(穀物)の女神。
6:キリスト教の聖人。長老たちに水浴を覗かれ、自分たちと関係を結ばなければ密通罪(当時は死刑)をでっちあげて申し立てると脅されるが、断固として拒否する。
7:ローマのかまどの女神で、ギリシアのヘスティアーと同一視される。ウェスタの神官には処女であることが求められ、これに違反すると生き埋めにされる。

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