イフェクタを知ろう


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<この記事は書きかけです>


イフェクタを使うにあたって、仕組みや特徴を理解していると何倍も手早く設定することができる。


歪み系

歪み系の基本は過剰増幅である。

上図でいうソフトな過剰増幅はオーバードライブ、ハードな過剰増幅は(もっとも原始的な構造の)ファズに相当する。

ファズを深くかけると奇数倍音が増加し出力が矩形波に近付くが、倍音の豊富な代表波形としては矩形波のほかに鋸波もあり、両者を折衷することができる。

カドの削り方を深くすれば鋸波に、浅くすれば矩形波に近い特性になる。

鋸波歪みにはもう1つ多用される派生があって、上下で逆相の波形を合成すると下図のようになる。

これをさらに応用すると、

こんなこともできる。図ではパルスを別に用意して足し合わせるように書いてあるが、アナログでやる場合、矩形波の位相や突入応答が乱れると勝手にこういった波形になる(カドを逆相で削っただけの波形は、矩形波とあまり変わらない周波数分布で低域の位相がやや乱れた感じになる:位相の乱れについては後述)。

実際のイフェクタで処理した波形を見てみよう。

これはBEHRINGERのエレキギター用コンパクトイフェクタTO800(ゲイン最大トーン最小)とOD400(ゲイン12時トーン最大)に小さめの信号を入力したところで、上が元の波形、真ん中がTO800、下がOD400の出力である。TO800はソフトな過剰増幅に近い応答で、オーバードライブ的な振る舞いをしている。OD400は上下逆相鋸波を少しソフトにしたような感じだろうか。大信号を突っ込んでやると振る舞いが変わり、

TO800は矩形波系歪みに通して位相を乱したような形だが、スペアナに通すと偶数倍音も弱く出ており、わずかながら鋸波っぽい性質も得ているようだ。OD400は偶数倍音がもう少し出る。どちらもこの後(おそらくはアンプで)さらに潰されるはずで、この通りの出力がスピーカに届くわけではないことに注意。

ディストーションと呼ばれる深い歪みを目指した機種では各種の歪みを総動員することが多く、同じBEHRINGERのUM300(ゲイン低めEQ全部12時)にエレキギターのコードストロークを入力すると下図のような出力になる。

カドを削って毛羽立てた矩形波歪みが主に見えるが、波形が微妙に波打っている。これは低音成分(波形がゆっくり上下する)が強調されているためで、歪ませる前の波形から低音部分だけコピーしておいてあとから足し合わせる(バススルー)機種もある。なお、この手の出力を後段でさらにオーバードライブすると、パルス成分や鋸波成分が潰れて質感が大きく変わる。その音が好きならば問題はないが、音色を変えたくない場合は十分注意しよう。

ヒゲの部分の形はパルス成分の処理によって変わり、たとえば鋭いローパスフィルタで高域を削ってやるとこんな感じになる。

もちろん、上図はデジタルシンセで作った純粋なパルス波をSinc近似フィルタ(というかlameのローパス)で加工したものなので、アナログでやる場合はパルスの生成方法などでも出力が変わる。

ついでなので波形とハイパス/ローカットフィルタについても触れておこう。シンセなどでは矩形波や鋸波にローパスをかけて音色を作るのが一般的だが、ハイパスでも面白い効果が生じる。

上図は純粋な波形を12db/octでQ=0.7のフィルタで切った場合。

ちょっと変わった歪みに電圧折り返しがある。

あまりパルスっぽく見えないかもしれないが、ようするに「休んで、大振幅になって、休んで、大振幅になって・・・」を繰り返すのがパルスの仲間だと考えれば、これもパルス系の歪みに入れてよろしかろう。真空管アンプの一部やそのシミュレータが折り返し歪みを生成する。

だいたいのイメージとして、矩形波系は比較的丸く下がボフっとして上がクリーミー、鋸波系は比較的鋭く下がジリっとして上でキリキリ、混ざると下でゴワゴワ上でヒリつくような感じになる(と言っただけじゃわかんないか)。パルス系はジョリジョリ感やザラザラ感を演出し、低域ではRMSが小さい。元が鋸波系やパルス波系でも、出力がクリップするまで過剰増幅すれば矩形波系に近くなる(三角形の頂点やトゲ部分が潰される)。ハードクリップし始めたときのチリチリした歪みもパルス系の仲間に入れてよいだろう(振る舞いが間欠的なので)。

もちろん、過剰増幅以外にも歪みを得る手段はいろいろとある(過剰増幅が代表選手なだけ)。たとえば、

こんな感じに歪ませることもできる。実機イフェクタでいうと、オクターブファズに全波整流回路に似たものが採用されている。

上の例でクロスオーバー歪みというのが出てきたが、これは波形を分割してまたくっつけるときに何かしらのズレを作ると得られる。
  
プッシュプルのアンプなどで生じる。

上下で非対称な歪みとしては2次高調波歪みも代表的。

真空管を使ったシングルアンプなどで見られる(歪み部分だけ取り出すと、元の周波数の2倍で位相がずれた成分になっている)。なお、上下とも丸くなると3次高調波歪み(というか矩形波系)、上下とも尖るとパルス系に近い歪みになる。

エレクトリック楽器では(倍音成分の)ドップラー歪みもほぼ常に生じており、弦(やトーンバー)がピックアップに近付く信号でスピーカのコーンが前に動くようにしてやると、群遅延の少ないシステムでかつシングルユニットスピーカなら歪みが減る(弦の変位とスピーカの変位は等速でないため、消えるわけではないし、現実的にどの程度減るのかは眉唾だけど)。位相を反転すると歪みが相殺せず累積するが、再生に用いる環境によって効果が異なる。

歪み始めのキャラによって適する運用方法が異なることもある。

原則として、歪み始めが急激だとその境界を跨いだときの変化が目立ちやすいが、出力音量の変化幅(ダイナミックレンジ)は小さくできる。このため、たとえばエレキギターで、本体のボリュームを調整して音色を変えるような運用に適する。歪み始めが穏やかだと自然な変化が得られるが、出力音量の変化幅(ダイナミックレンジ)が大きくなりがちである。このため、ダイナミックレンジの広い演奏を自然に歪ませる運用に適する。急激な歪み始めを逆手にとって、演奏のごく一部だけチリっと歪ませる運用ももちろんある(波形が大きく変わる手前の部分でも穏やかに歪んでいるとより使いやすい)。


コンプ

ローコスト制作の感想コーナーにあるfish filletsシリーズなどのページでも触れたが、コンプは「閾値(スレッショルド)よりも大きい音を小さくする」もので、後からアンプ(増幅)をかけることで結局「閾値よりも小さい音を大きくする」効果になる。

設定を考えるときは、機器の構成上可能な最大の入力、想定する最大の入力、想定する標準的な入力、想定する最小の入力、ノイズフロアと、5段階のレベルを考慮するとわかりやすい。

それぞれが入力の時点で何dbで、期待する結果は何dbなのかということを具体的に数字で把握しておくと話が早い。

たとえばリアルタイム録音でヘッドルームを圧縮する(音量オーバーのリスクをあまり上げずに音量を稼ぐ)コンプでは最大音量周辺に閾値を設定する。

こうすることで、演奏部分のダイナミクスには影響を与えずに常用域の音量を上げられる。いっぽう演奏のダイナミクスを圧縮する(音量を揃える)コンプでは、最小音量と最大音量の間のどこか(小音量域に設定するほど深くかかる)に閾値を設定する。

閾値を最小音量よりも下に持っていってもノイズが増幅されるだけで意味がないし、最大音量より上に持っていっても一律に増幅されるだけで音量は揃わない。

繰り返しになるが「閾値よりも大きい音を小さく」「閾値よりも小さい音を大きく」する効果なのだということを再確認しておこう(おもに楽器用として、荒っぽく潰れて歪みの大きいコンプで「パコパコの音」を作ることもあるが、基本の使い方は音量操作である)。

コンプの理解を深めるのに適した使用方法として、上で挙げたヘッドルームのマネジネントがある。GVSTシリーズのGComp(GComp2ではない)を例に、ちょっと紹介してみよう。

図で「-12db」になっている線を収録する最大音量付近に合わせ、レシオを調整すればよい。図が見やすくなるよう高めのレシオにしてあるが、最初は閾値-12dbのレシオ2:1くらいを試すとよいだろう。

RMSとピークは、前者が自然な効きで後者がカッチリ数字どおりの効きだと思っておけばよく、この場合とりあえず真ん中くらいでも問題はないと思う(RMS方向に振っておくと演奏音量が閾値に引っ掛かったときに穏やかな潰れ方になり、ピーク方向に振っておくと瞬間的にごく大きな入力があった場合にもしっかり効く)。アタック(ここで設定した時間だけコンプの効きが遅れる)の設定も似たようなもので、短いと急激に効き、長いと穏やかに効く(リミッター的な動作を期待するなら0にするが、ヘッドルーム潰しなら突発的な大入力で多少波形が暴れるのは気にしなくてよいことが多く、0.1~0.2msくらいは入れてもよいだろうと思う)。

リリースは設定にある程度慣れを要するが、だいたい25~250ms(=0.025~0.25s)くらいのオーダーで選べばよい(コンプの効果がフラついたり、コンプが掛かった部分の歪み方が目立ったりしないラインを最低線、大きな音の直後に背景ノイズが目立つ立ち上がり方をしたり、大きな音の直後の小さな音が潰れたりしないラインを最高線にして、あとは適当に決めてよい)。そんなに神経質になる必要はない。このくらいまで設定できれば普通の使い方はだいたいできると思う。

潰し方にこだわりたい人は、ソフトニーも試してみるとよい。設定がちょっとわかりにくいが、機種によって異なるので仕方ない。GCompの場合おそらく、100%でニーが閾値より下に3.05db、50%だと2.36db伸びる(100%のとき、スレッショルドの上3.12dbまで影響が及ぶ)。ニーが下に3dbちょうどになるのは57%のときらしい。

まあ、ニーが1dbや2db伸びたか縮んだかはあまり問題でないので、ソフトニーの効果が欲しいなら100%で使えばよろしかろう。スレッショルドを-9dbにすれば、ドライ換算でニー部分6db+リニア部分6dbくらいになり、今回の用途にちょうどよい。

GUIでは右のカドも取れるが、リミッター動作になる直前(100%だと、レシオによりクリップレベルの3.6~4.6db下くらいまで影響、0%時に比べ出力換算で3.5dbくらい突っ込める)の話なので、普通に使っている分にはあまり影響はない(同梱のGcomp_hr18-12_hard.fxpはこれを利用したリミッター的動作だが、だったらRubyTubeやW1 Limiterの方がいいかなという気もする)。

コンプにはもっと奏者寄りの活用法もあって、アタックタイムとリリースタイムを調整するとエンベロープシェイパーのように使うこともできる。たとえば、長いアタックタイムとごく低い閾値と大きなレシオでスタッカート的な音を作るとか(Audacityコーナーで紹介したサンプル)、長いアタックタイム長いリリースタイムと低めの閾値と小さなレシオのRMSコンプで全体をごくゆるやかに均らす(音量が急激に変わるところがかえって強調される)といった小細工ができる。すでに紹介したパコパココンプも奏者寄りの使い方のひとつだし、ピークコンプによる歪みをオーバードライブのように使うこともできる。


エキサイター・エンハンサー・帯域ブースター

名前にちょっと混乱があるが、実機でいうとBBEのx82シリーズ(482iとか)のような、音を強調するイフェクタである。歪ませるなどして倍音成分を足すハーモニックエンハンサーや、イコライザとフェイズ補正を組み合わせたバスブースターなど様々なものがあり、どれも音色を強調する点は同じだが、MS式のステレオエンハンサー(左右チャンネルの差を強調してステレオ感を強める)はモノが異なるので注意(ただし「ステレオ仕様のハーモニックエンハンサー」を「ステレオエンハンサー」と呼んでいる例などがあって紛らわしい)。

エキサイターを導入する最大のメリットは、EQを振り回さなくて済むことだろう。エキサイター自体「高機能EQ」的なデザインのものも多く、SPLのStereo Vitalizer MK2なんかは「an equalizer concept」を謳い「processes only the original signal and generates no artifacts」と断っているし、dbxの286に搭載されたものは低域用が80Hzブースト250Hzカットで高域用は入力に応じて自動補正するらしい。こういった機種を使う利点は、音の強調を行う際に求められる作業をまとめてあることで、ここを持ち上げたらこっちを落として、あっちを削ったらそっちを盛って、といった配慮をイフェクタがしてくれるということである。もちろん定型処理だけで賄えない場合もあるが、そういうときは普通のEQを使って手で補正してやればよい。

ジェネレータータイプのエンハンサーは、上記の処理に加えて(あるいは上記の処理の代わりに)倍音成分などを追加する。このタイプのエンハンサーとオーバードライブなどの境界は曖昧で、ThermionicのCulture Vultureなど両方を名乗っている機種もある。単純に穏やかなチューブアンプに通すだけでも倍音成分は追加できるし、帯域などを選んで追加してくれるものもある(デジタルものは後者が多く、前者ならチューブアンプシミュレータなどを名乗っているのが普通)。特殊なものでは下方倍音を生成するものもあり、サブハーモニックシンセサイザーなどと呼ばれる。

音色に迫力や明瞭さが欲しいときに役立つ。




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