金矢倉に組みたい


といっても、相手が応じてくれないと相矢倉にはならないわけで、その周辺をいろいろと調べてみた。

駒組みなど

まず知っておきたいこととして、金矢倉には大きく分けて3通りの組み方がある。1つは一般に24手組みと呼ばれるもので、角を7九から退去させて入城するもの。世間で指される持久戦の相矢倉はほとんどがこれだろう。もう1つは7七角で8筋を守ったまま高美濃の入城1手前(升田美濃に近い形)まで組んで、角を引いて金銀玉を上げて組み替えるもの。後手番でたまに見られる。もう1つは7七角から8八銀と7八金(と6七金)を上がって菊矢倉から角を引くもの。5三や2二への角打ちを消してしまうと相手に8筋からの角交換があり、無理をした分工夫が必要。

24手組みにも新旧いろいろあるようで、2010年ごろは▲7六歩、△8四歩、▲6八銀、△3四歩、▲6六歩、△6二銀、▲5六歩、△5四歩、▲4八銀、△4二銀、▲5八金右、△3二金、▲7八金、△4一玉、▲6九玉、△7四歩、▲6七金右、△5二金、▲7七銀、△3三銀、▲7九角、△3一角、▲3六歩、△4四歩という手順で組み、▲3七銀や▲4六角に出るパターンが多かったらしい。これに対して▲7六歩、△8四歩、▲6八銀、△3四歩、▲6六歩、△6二銀、▲5六歩、△4四歩、▲7八金、△5二金右、▲4八銀、△4二銀、▲5八金、△3二金、▲6九玉、△4一玉、▲7七銀、△3三銀、▲7九角、△3一角、▲3六歩、△7四歩、▲6七金右、△5四歩という順もある(こちらが比較的古い)。

必ず組めるものではない

いくら先手を握っていても、2手目で振られたら相居飛車は諦めるしかない。四間と三間はプロの公式戦でも指されるし、中飛車も例があるようだ。振られないようにどうするかを考えるよりも振られたときにどうするかを考えた方が早いのは、このことだけを考えてもすぐわかる。先手さえ握っていれば相振り美濃でも居飛車穴熊でも間に合うだろうからそう慌てることではない。また後述するように、先手番で相矢倉を目指すと右四間飛車にかき回されることがよくある。これはぶっちゃけ仕方ないというか、右四間飛車にかき回されて泣きが入るなら矢倉は目指さない方がよい。

金矢倉は上からの攻めに強い囲いだが、角の当たり、8五桂による拠点、飛車の支え、銀の切込みなどが重なればそう長くは持たない。囲いに問題があるのではなく、飛車角銀桂を捌かせてしまった運用に問題がある。矢倉は単純な守備陣形ではなく、角などを利かせて相手の攻め駒を捌かせないことや、端を突破されつつの逆襲などバランス感覚がものを言う(とくに後手番の場合「どこか1箇所」を突破されるのはやむを得ないところもある)。このほか、9七の地点に相手の角が利いた場合にも注意したい。

途中経過に合わせて少し変わった矢倉になることもある。金矢倉の5七に銀をつけた総矢倉、総矢倉から6筋の位を取り右銀を6六に上げて確保した菱矢倉(玉が7八に構える船囲い系の菱矢倉もある模様)、金矢倉で7七にいる銀が入城前の8八に引く菊水矢倉(左桂を跳ねて玉を8九に潜らせると左銀冠の8筋が平行移動したバージョンになる)、銀を6八に引いて5七を目指す流れ矢倉(左桂を跳ねて入城することもある)は、形だけでも覚えておいた方がよい。7七角のまま銀を6八に上がり角が8六から出て行くことで流れ矢倉が、銀を8八に上がったまま角が引いて菊水矢倉ができることもある。

後手が振り飛車模様から思い直して矢倉を志向した場合、飛車先不突だと先後同形の矢倉早囲い(6七金>7七銀>7八玉とした同形から先手が3六歩3七銀を入れ、端を突き越し合い先手が香を避けた状態で開戦)が安定した対応になるので、これも覚えておきたい(形勢不明だが先手の方が気分よく指せそう:他の対策は後述)。

2手目△8四歩から

おそらく受けて立つつもりなのだろうと思われる。次は普通に▲6八銀でよい。△3四歩と角道が通ったら▲6六歩で塞ぐ。初手▲7六歩から△8四歩、▲6八銀、△3四歩、▲6六歩まで進むと、後手にいくつか有力な変化がある。

覚えておいた方がよさそうな手順

後述するように初手▲7六歩に後手が△8四歩と指すのは難関の多い手(俗に王者の一手と呼ばれる)なので、相手は相応の自信を持って指している人か、居飛車が大好きな人、ということになり、たいてい前者なので初心者相手の平手なら相矢倉に付き合ってくれるだろうと思われる(先手石田流を避けるために指す人もいるかもしれないが、中飛車の対応が面倒になるので劇的に有効ではない)。そのため最初から分岐手順を徹底的に叩き込む必要はないのだが、いちおうさらっておいた方がよい手順はいくつかある。

いきなりの振りがあるとしたら3二飛だろうか。これには定跡があるらしく、▲6六歩から△3二飛、▲6七銀、△4二銀、▲7八飛、△7二銀、▲7五歩、△8三銀、▲5八金左、△4四歩、▲4六歩、△3五歩、▲3八銀、△4三銀、▲4八玉、△3四銀、▲5六銀、△3三角、▲3九玉、△2四歩、▲6五歩、△5四歩、▲6八飛、△5二金左と進み、先手が飛車先の歩を払ってまずまずの形。後手が望まないと出現しない変化だし長いが、覚えておかないと不利を引くはめになりそう。

棒銀や右四間を狙うのはよく見る手。▲6六歩から△6四歩、▲7七銀、△6二銀、▲5八金右、△6三銀と進めて▲5六歩だと、△5四歩、▲4八銀、△4二銀、▲6七金、△3二金、▲7八金、△7四歩、▲6九玉で飛車先を保留したまま矢倉が完成するが、後手に△5二飛と回る選択肢が残り、続けて▲2六歩、△5五歩、▲同歩、△同角、▲2五歩、△3三銀、▲5六歩打、△4四角、▲4六歩、△5四銀、▲4七銀、△6二角、▲9六歩、△9四歩、▲3六歩、△4一王、▲7九角、△3一王、▲5七角と長い定跡があり、それなりに指せそうに見える。△6三銀に▲2六歩だと後手に△3二金の権利があり、以下長い定跡に乗って結果的に先手苦しい模様。なお、△6三銀に▲5六歩として△5四歩、▲4八銀、△4二銀に▲2六歩を突くと、右辺が膠着して先手が高美濃から桂を跳ね銀冠の手前まで届き、仕方がないので穴熊に組み替えると途中で中飛車に振られるというとても長い定跡に乗る。指せるようだがうっとおしいので避けたい。

△6四歩に▲7八金と応じると後手に△4二飛と回る手がある。ここから▲2六歩と突くと「後手が高美濃を組んでいる間に居玉のまま全体に押し上げて4筋は厚みでなんとかしたい」という雰囲気の長い定跡に乗る。いっぽう△4二飛に▲6七銀と振り飛車を目指すと「振り直されて、とりあえず片美濃に囲って、2筋にまた振り直されて、結局先手は銀冠もどきで後手は天守閣美濃もどき」という、これまた長い定跡に乗る。前者は指せるようだがちょっと手が出ない。△6四歩からの展開を見比べると、極端に難解でないのは、6手目△6四歩に対して▲7七銀、△6二銀、▲5八金右、△6三銀、▲5六歩、△5四歩、▲4八銀、△4二銀、▲6七金、△3二金、▲7八金、△7四歩、▲6九玉と進んで飛車を振られるパターンではないかと思う。長い定跡だがこれだけ覚えれば他を避けられる。△6四歩と指しながらやはり相矢倉に応じるパターンもあるが、ツケが回るので普通に指せば自然とよくなるのではないか。

6筋を守りたい

初手▲7六歩から△8四歩、▲6八銀、△3四歩、▲6六歩、△6二銀、▲5六歩まで進んでも、△6四歩から多数の変化がある(相矢倉自体の膨大な変化に比べたら定跡の数は少ないようだが)。ぶっちゃけた話、矢倉に組もうと思って右四間にかき回されるのは、居飛車を指すなら避けて通れない。

5手目を▲5六歩に代えて▲7七銀にすると6筋は守れるが、とくに中飛車など、中央を狙われたときに左銀が離れすぎる欠点がある。現在は、先手カニ囲いで後手は角道を空けたままの状態を数手保留して、後手△7四歩を見てから先手が金銀を上げ、銀が上がって角睨みの準備ができたのに応じて後手が銀を上がり角道をいったん止めるのが主流のようだ。

この辺はどちらを受けるのが得意かにもよるのだと思う。筆者は、後手がさっさと8筋を突き越した場合だけ▲7七銀を前倒ししている(いまさらの振りはやりにくいだろうし、持久戦になればツケが回り、強引な急戦は7七銀の防御力で凌げる)。


2手目△3四歩から

初手▲7六歩に対して△3四歩はごくストレートな対応で、ようするに「相矢倉は受けません」という意思表示である。続けて▲2六歩から横歩取りや角換わり、相手の振り飛車に対して居飛車穴熊というのが本筋なのだろう(王者の一手に対して覇者の一手と呼べるかもしれない)。ここから△8四歩だと横歩取りや相掛かりが順当だが、▲6六歩で断ると変則的な矢倉の順になる(田中寅彦プロが比較的多く指している)。もうひとつの本格派な対応に▲6六歩からの振りがあり、後手が居飛車穴熊や相振りに出てきても対応できるなら有望な手(先手右銀冠に対して後手居飛車穴熊だと速度面で先手のメリットが出る)。四間飛車の中央を厚くして高美濃を組み、4四銀などの形から居飛車穴熊を叩く手筋を体系化したものが鈴木システムと呼ばれるらしい。ともかく、居飛車表明の▲2六歩と振り飛車志向の▲6六歩(と先手石田流の▲7五歩)がおもな対応になる(▲7八金も有力だが難解:後手番の項で後述)。

なお、初手▲7六歩に△3四歩、▲6六歩、△8四歩なら▲6八銀で矢倉の定跡に合流する(2010年ごろの24手組みと同場面)。基本的には、ここで△8四歩以外の手なら後手に矢倉を指す気はない(ありえるとしたら先手が強引に巻き込む形)。△8四歩に代えて△6二銀なら、▲6八銀で様子を見て変則の矢倉模様または後手右四間、先振り(振り場所は選べるが、四間か石田流が有力な模様)、▲7八銀で後手に選択肢、▲5八金右で居飛車を決めるなど対応が幅広い。分岐としては後手飛車先不突の居飛車または先手振りなので、どちらか選ぶなら後者か。後手は△8四歩に代えて△3五歩や△3二飛で三間飛車に出ることももちろんできる。先手は囲いにくい形で居飛車での対応はなかなか面倒。▲7六歩、△3四歩、▲6六歩、△3五歩、▲6八銀、△3二飛、▲6七銀くらいから後手はいつでも仕掛けられ、△3六歩、▲同歩、△同飛、▲7七角から△三桂などの速攻もある。先手が悪いということはないようだが、こうなって焦るなら3手目▲6六歩は指しにくい。もちろん、振られたら相振りにしてしまうのもひとつの手(というか、先手は振り飛車を強く意識した指し方で、後手が特定の対応をすると居飛車に戻る順もあるというだけ)。

ここまで見てきた対応はどれもちょっとコワモテなので他の手を探すと、初手▲7六歩に△3四歩なら▲4八銀と受けるのがわかりやすそうに思える(プロの間ではマイナーな指し方のようだが、順位戦でも年に1~2回は採用されているし、持ち時間が短い将棋での採用もけっこうある)。船囲い棒銀、船囲い斜め棒銀、船囲い角換わり、山田定跡、鷺宮定跡、新鷺宮定跡などをさらって、居飛車で振り飛車に仕掛ける手筋や避けるべき急所を覚えておく。急戦にも出られるし、中央を厚くして振り飛車を受けつつ穴熊に組ませ、左桂と角の連携や端攻めや8筋位取りなどでオイシイ勝ち方を狙うこともできる。居飛車穴熊(とくに後手がすぐに角道を止めたときの右四間穴熊は抜群のうっとおしさを誇る)の含みもあるので、後手としても一目散に穴熊を目指すのには抵抗があるはず。

上記の「本格派な▲6六歩」とは(手順は同じだが意図として)別に、3手目▲6六歩から四間飛車と矢倉を両天秤にかけるのも無難な指し方、だと筆者が何十年も前に読んだ将棋入門に書いてあった気がする。しかしすでに触れたように、▲6六歩を決めてしまうと囲いに制限があるので、後手が振ると対応が窮屈になる。相手が居飛車を決めたら振るというよりは、後手に「相矢倉やろうよ」と働きかける意味だったように記憶している(初心者は穴熊も居飛穴も相振りもしない、という前提なら理に適った指し方:矢倉の定跡に合流する順があるのは前述の通り)。

振り飛車にするもうひとつの指し方として先手石田流がある。▲7六歩に△3四歩なら▲7五歩と決め込んでしまうのは有力な案だろう。振りどころが三間なので相振りになっても押し込みやすい利点がある。ただ、後手を持ったときに矢倉を強く指そうとすると先手石田流になりにくい(後述)ことから、攻め方や受け方を効率よく覚えるという点でちょっと劣るかなという気もする(その点、四間飛車なら相手をすることが多いため手順を覚えやすいし、後手を持ったときに有力な作戦である一手損角換わりならもっと自然に練習できる)。

▲7六歩△3四歩▲4八銀から

この出だしからは4手目△8四歩が課題なのだが、長くなるので他の対応から見ていく。先手は右四間の含みを残しつつ居飛車をほぼ決めた形(後で紹介するように、奇襲的に振れなくはない)。ここでいう右四間は、4五に利きを集め桂跳ねで守り駒をはがしてから突破する派手なものも(とくに相手が四間飛車なら)含むが、コンセプト的には4七銀や腰掛け銀(5六銀)の守備力で相手の飛車を捌かせず、機会があれば飛車をバックにつけての飛び出しという2段構えに近い。

3手目▲4八銀に△4四歩なら、まず玉を7八に逃がし、後手四間飛車(プロの3手目▲4八銀採用例は半数近くがこれの模様で、先手も右四間でぶつける形か5五歩から一般的な対抗形に戻ることが多い)なら5四歩か4四歩、三間飛車なら4四歩を突いて銀を進めれば指しやすい(向かい飛車は2五歩を早めに決めなければ怖くない)。急戦なら5八金右をさっさと上がって船囲いにもできるし、後手から角道を遮断すれば一直線に穴熊に組まれても居飛車穴熊(プロの採用例としては2004~2005年の順位戦に少なくとも3回現れている)が間に合うはず。角で睨めていれば穴熊を咎める手もあるかもしれないし、後手の角道遮断には右四間での急戦もある。▲6六歩に対して△6二飛や△6二銀には、普通の6筋攻めと同様に対応するだけ(右四間対抗での急戦もあるのかもしれない)。

3手目▲4八銀に△5四歩だと後手中飛車の含みがある(△8四歩よりは採用例が多く、2007年くらいまではけっこう指されていた模様)が、4三銀で守って角交換から左高美濃に囲う丸山ワクチン系の指し方があるので、そう困りはしない(見苦しさはあるかもしれないが、即角交換しても普通に指せる:後手は飛車で取り返して向かい飛車にするのが自然な模様)。4手目△5四歩から、▲4六歩、△5二飛、▲4三銀、△6二王としたところが分岐点で、▲二角成、△同銀、▲7八銀と美濃囲いをスタンバイすると、8八に角を打っても手得の角打ち(矢倉を目指すことになるのかな)で消せるため、△7二王、▲6八玉、△3三銀、▲7九玉と潜ってから高美濃を組める。囲いの堅さで勝れるだけでなく、後手の左銀が4四に上がったのを見て飛車先を伸ばすと角打ちか向かい飛車くらいでしか受からず、先手指しやすそう。角交換しないと船囲いでの急戦になり、こちらは形勢不明。他に、4手目△5四歩に▲3三角成と角交換すると筋違い角の定跡に乗るようだ。後手石田流には、▲7六歩、△3四歩、▲4八銀、△3五歩、▲4六歩、△3二飛、▲4七銀、△6二王、▲6八玉、△7二王、▲7八玉、△8二王、▲2六歩と進んで後手に選択肢。1四歩だと船囲いvs美濃対抗から角換わりの長い定跡に乗り、4四歩だと急戦模様、7二銀を先に決めると先手に選択肢(6八銀、2五歩、2二角、3八金など)ということのようだ。この辺も3手目▲4八銀の気楽なところ。

4手目が金銀の上がりなら居飛車模様か右四間なので騒ぐ事はないが、4手目△6二銀から先手が矢倉を志向すると後手に飛車先不突の無理矢理矢倉があり得る。いまさら飛車先を突いても2筋の歩交換には遅いので、方針転換対策の矢倉早囲いか、3筋での交換を目指すか、一目散に(ただし759筋の歩は突いておく)居飛車穴熊を目指す形が有望(今度は後手が飛車先を突いていないため咎めにくい:結果的に後手石田流になり、高美濃には届くが桂跳ねは間に合わない長い定跡がある)。4手目9四歩は振りの準備だが、4六歩で受けてやると角道を止めた四間飛車以外はやりにくくなり、右銀を上げてから船囲いにして飛車を4筋に振り、相手が高美濃に組み替えようとしたところで3筋に振り直す定跡に乗る(手順がいくつかある)。5八金右で先に船囲いを作って受けると後手三間飛車の定跡で、指しやすい方を選べばよい。5六歩でも受かるが後手に選択肢が豊富でやや面倒。4手目に1四歩は、2六歩と返して3四歩に6六歩で居飛車模様。即の角交換は、この形なら無理がたたるだろう(4二王なら4五角打で筋違い角、5二金右なら飛車先を突いて様子見、3二金ならひとまず玉が7八まで避け飛車先を伸ばすか筋違い角か端歩を突いてから1七桂で押す)。

▲7六歩△3四歩▲4八銀△8四歩から

▲4八銀に△8四歩は後手が微妙によくなるらしく、2007~2008年の順位戦に少なくとも3回現れている。

2007年9月21日の順位戦で井上慶太プロが先手を持った一戦では△8四歩以下、▲6六歩、△8五歩、▲7七角と守って先手無理矢理矢倉風の序盤から角交換が入り、飛車を銀で追い返してそのまま銀冠、後手天野矢倉という流れから、後手入玉勝ちとなった。このほか矢倉右玉(これも通常の後手番バージョンとはちょっと異なる)のような形にもできるようで、どちらも変則的な序盤になるが、そういう将棋が得意なら▲6六歩はありかもしれない。

2008年9月9日の順位戦で増田裕司プロが先手を持った一戦では△8四歩以下、▲2二角成、△同銀、▲6八銀と、いわば先手一手損角換わりのような格好になった。まったく同じ序盤が2004年の順位戦と銀河戦でも各種1回現れており、合計の結果は1勝1敗1分。いづれの棋譜でも先手はカニ囲いで右銀を4七から5六に腰掛けている。2004年の2例(銀河戦は同じく増田裕司プロ、順位戦は中尾敏之プロの先手)では右四間飛車で4六角打ちを(相手に消されながらも)繰り返す形、2008年の例では飛車を回りそうな形のまま途中で飛車を追われている。

2008年9月19日の順位戦で先崎学プロが先手を持った一戦では△8四歩以下、▲3六歩、△8五歩、▲3七銀、△3二金、▲7八金と、3筋を押し上げてからの角換わり模様。そこから後手が飛車先を伸ばして、相掛かりのような押し入りがあってから先手が飛車を追い返し、数手進んだところで後手から一手損角換わり、先手も飛車先を進めて棒銀のような格好で歩交換といった流れ。

△8四歩への対応として他に▲5六歩というのもあるようだが難しそう。1990年ごろの順位戦や棋王戦で、田丸昇プロが▲7六歩、3四歩、▲4八銀、△8四歩、▲5六歩、△8五歩、▲5五歩、△8六歩、▲同歩、△同飛、▲7八金、△8五飛、という手順を複数回指している。その後流行はしなかったようだが、なにか咎めどころがみつかったのだろうか。1987年の順位戦で田丸昇プロ、1993年の王座戦で池田修一プロが指した▲7六歩、3四歩、▲4八銀、△8四歩、▲5六歩、△8五歩、▲5七銀という順もあり、これを発展させたものを英春流かまいたちというらしい(発案者の鈴木英春さんの棋譜が、2001年の平成最強戦と1998年の都名人戦の2例見つかったが、どちらもストレートなかまいたちにはならず、8筋の交換を許しながら菊水矢倉ないし銀冠を目指す形で、結果的には後手が勝っている)。

素人目には▲7六歩、△3四歩、▲4八銀、△8四歩、▲2二角成、△同銀、▲6八銀の先手一手損角換わりが指しやすそうに見える。2筋を徹底して保留すると駒組みを加速でき、終盤になって2四桂打のような手もありえる(3筋は突き合ってあることが多いので、飛車はそっちから出してもよいし、相手が変な動きをしたら普通に2筋を伸ばして咎めてもよい)。角交換の前に4六歩を入れるパターンも見られ、2002年の王座戦で土佐浩司プロが先手を持った一戦では、右四間からほとんど玉を囲わずに仕掛けるも後手入玉勝ち、2003年のNHK杯で前田祐司プロが先手を持った一戦では、右銀上がりから向かい飛車、銀美濃のような変則右2枚囲いに金がくっついて金美濃が上に平行移動したような形になり、結果は左銀冠が堅かった後手の勝ち。


後手を持ったら

将棋というのはヘタクソな方が先手を持つタテマエになっているので初心者のうちは心配しなくてよいはずなのだが、実際には「先手番しか指せません」では厳しい。

初手▲7六歩に矢倉を強く指すならなら△8四歩でよい。▲7六歩、△8四歩、▲6八銀、△3四歩から、先手に角交換や銀の早上がりなどがある。即の角交換は仕方ないとして、7七銀を先に決められた場合は6二銀と応じておくのが無難。6六歩で先手が角道を止めたら、やはり6二銀でよく、すでに触れたように後手が右四間などを志向しなければ矢倉模様になる。

後手を持ったときに棒銀や右四間や急戦矢倉が指せるということは、先手にプレッシャーを与えながら通常の相矢倉に向かえるということでもある(見知らぬ人と指す場合にはあまり関係なくなるかもしれないが)。これに限らず「咎めないと相手がよくなってしまう手」を「ちゃんと咎められる」ことが、後手居飛車の序盤ではとくに重要だと思う。咎める指し方を覚える近道は自分が咎められることなので、先手を持ったときにいろいろ仕掛けてみるのも経験になる。

▲7六歩、△8四歩、▲6八銀、△3四歩、▲6六歩、△6二銀まで進んで即▲2六歩を決めてくるのはちょっと様子を見た方がよく、とりあえず△4二銀で受ければ以下▲7八金、△5四歩、▲5六歩で後手に選択肢があるし、△6四歩で右四間を見せると先手の対応待ちになり、さっさと△8五歩を突き越して▲7七角を決めさせても後手に選択肢がある。▲7六歩、△8四歩から▲2六歩で相矢倉を断られた(いわゆる「角換わりの注文」を出された)場合の展開は次の段落以降でまとめて。▲7六歩、△8四歩に▲7八金という比較的新しい指し方もあり難解。続けて△8五歩だと▲7七角、△3四歩、▲8八銀となりちょっとキモチワルイ形、△3二金だと角換わりや矢倉もあるが▲5六歩からの中飛車が面倒で、△3四歩だと先手の選択肢が広い(都合▲7六歩△3四歩▲7八金△8四歩と同局面で、こちらは△8四歩に代えて△4四歩もある)。

初手▲2六歩は相掛かり志向で、受けるならやはり△8四歩。先手が相掛かりを選ばず▲2六歩、△8四歩、▲7六歩になると、▲7六歩、△8四歩、▲2六歩と進んだのと同じ結果で、続けて△3四歩と角道を空けると横歩取り模様、△8五歩と飛車先を伸ばすと角換わり模様、△3二金は一手損角換わり模様。有望なのは一手損角換わりのようで、代表的手順を追っておくと、▲7六歩、△8四歩、▲2六歩、△3二金(1手目と3手目は順不同)が出だしで、▲7八金、△3四歩、▲2五歩または▲2五歩、△3四歩、▲7八金と進んで、△8八角成、▲同銀、△2二銀。後者の手順は△3四歩に▲2四歩と横歩取りに戻る分岐があり、ここを勉強しておかないと自信を持って指せない。

飛車先突き越しの角換わりは、▲7六歩、△8四歩、▲2六歩から、△8五歩、▲7七角、△3四歩、▲8八銀、△3二金、▲7八金、△7七角成などと進む。こちらも、△8五歩に▲2五歩、△3二金、▲2四歩と突く手があり、以下△同歩、▲同飛、△2三歩打、▲2六飛、△8六歩、△同歩、▲同飛、▲7八金などと相掛かりに戻る。どちらかといえば、本筋が有望な一手損角換わりの方が勉強のしがいがありそうに見える。相掛かり模様からの無理矢理一手損角換わりもいちおうあるようで、▲7六歩、△8四歩、▲2六歩から、△3四歩、▲2五歩、△8八角成、▲同銀、△2二銀と進み、後手は右四間含みのような感じで挽回を目指すことになる模様。

なお、▲7六歩、△8四歩、▲2六歩、△3四歩の順は、後手が「矢倉なら受けようと思ったけど角換わりもあるなら横歩取りの方がいいです」と言っているようでみっともないという理由から、プロでは好まれないようだ(ただし上で触れた通り、先手にも後手にも横歩取りに分岐する手順はある)。▲7六歩、△8四歩、▲2六歩まで進んだら、△3二金から▲7八金、△3二金から▲2五歩、△8五歩から▲7七角(これだけ金上がり省略)のいずれかで角交換、横歩取りは▲7六歩、△3四歩、▲2六歩、△8四歩から入るのが主流らしい。

相掛かりを受けないなら△8四歩に代えて△3四歩で、飛車筋を突き越されても△7三角で振り飛車や無理矢理矢倉が指せる。これに限らず早い▲2五歩には4四を止めて角で守るのが無難。初手▲2六歩から△3四歩、▲7六歩というのはごく自然な進行で、結果的に▲7六歩、△3四歩、▲2六歩と進んだのと同じ、先手としては「居飛車にするから何でもやってきなさい」と強く出た格好。後手としては、△8四歩で横歩取り模様、△4四歩なら四間飛車志向、△3五歩で石田流模様、△3二金で角換わり含み、△3三角で直接の交換要求になる。他の出だしで指している形と似たようなもの、あるいはよく相手にして受け方や攻め方がわかっているものを選べばよろしかろう。

持久戦にこだわらない

先手番での右四間対策と同様、後手番では角換わりが指せないと序盤が成り立たない(先手は一手損しても後手に回るだけ)。▲7六歩、△8四歩、▲2六歩から先手が飛車先を突進させてくると、浮き飛車からその場しのぎを継ぎ足していく順はあるものの後手窮屈、素直に横歩取りに応じるか、歩が2四に届く前に角交換を断行するくらいになる(先手は銀でしか取れず、後手も2二に銀を上げて一手損、以下先手の出方次第:定跡がいくつかある模様)。▲2六歩、△3四歩、▲7六歩からの△7七角も角交換に自信がなければ指せない(これも先手の出方次第)。

先手振りの対応はよくわからない。すでに触れたように後手の居飛穴は速度面を補う工夫が必要で、素人が指すと簡単に悪くなるのだが、先手四間飛車に4四歩型なら組めそうな感じもする(先手の右銀冠が速いが圧倒はされなさそう)。三間飛車(▲7六歩、△8四歩、▲7五歩、△8五歩という出だしなら普通の石田流にはならないはず:さっさと飛車先を突いて先手に7七角を強要してから3四歩とすればよいため)と中飛車にはどうせ専用の対策が必要。先手藤井システムなら後手に選択肢があるので不満ではないだろう。先手振り全般に共通して、8五歩や5二金を保留するか先に決めるか考慮する必要がある。居飛穴に代えて2二玉型左美濃を採用する案もあるが、端歩を突くところまで含めると1手しか短縮できないので効果は限定的(先手が隙を見せたなら片美濃のまま攻め込む案もあるし、まったく使えないわけではもちろんない)。

初手▲5六歩の中飛車は後手を持った時点で避けようがなく、居飛車に構えるか△3二飛で振ってしまうか迷うところ。▲5六歩、△3四歩、▲5八飛、△5四歩からは、▲7六歩、△6二銀、▲4八玉と進むのが自然で、ここで後手から角交換なら後手丸山ワクチン(▲同銀に△3二銀か、佐藤新手なら△1四歩)だがやや苦しい模様(未確認)。角交換せずに△4二王だと今度は先手に角交換か囲い合いかの選択権がある。角交換からは▲2二角成、△同銀、▲3八玉、△5三銀、▲7八銀、△3三銀、▲2八玉、△8四歩、▲3八銀などと進み、先手が5筋の歩を飛車で交換して開戦ということになりそう。囲い合いからは、▲3八玉、△3二王、▲2八玉、△8四歩、ここで角道を止めると居飛穴模様なのでおそらく▲7七角、△8五歩、▲6八銀などと進み、船囲いvs片美濃の構図から▲4六歩に△4四歩が合図で先手が歩交換する形か。▲7六歩に△8四歩と応じたところでの中飛車は、2012~2013年くらいのプロの棋譜だと▲7六歩、△8四歩、▲5六歩、△8五歩、▲7七角、△5四歩、▲5八飛、△6二銀、▲4八玉、△4二王、▲3八玉、△3四歩、▲6八銀、△3二王、▲2八玉、△5二金くらいまでがお約束になっているようで、角換わりも左高美濃も居飛穴もあり得る普通の対抗形に見える(多少の前後はあり、後手居飛車から早くに角交換する場合は前もって5三銀とするようだ)。△8五歩、▲7七角から先手向かい飛車というのも有力ではあるが、▲5六歩の負担で嫌われることが多い模様。▲7六歩、△8四歩、▲1六歩、△3四歩、▲5六歩と後手に角道を開けさせてから態度を決める指し方もあり、5手目▲5六歩なら大差はないようだ。

ちょっと問題なのは▲7六歩、△8四歩、▲7八金、△3二金、▲5六歩からの中飛車で、以下△8五歩を決めさせられて▲7七角、△5四歩、▲5八飛、△6二銀などと進み、さっさと歩交換される。この形が不満なら△3二金に代えて△8五歩か△3四歩で、△8五歩に▲2六歩なら△3二金で角換わり模様(横歩取りにもできる)、△8五歩に▲7七角だと角換わりや矢倉模様となり、横歩取り以外に進むと飛車先を決めさせられた形でちょっと悔しい。△3四歩は先手に態度を決めさせる手で、力戦模様を含め分岐(▲6六歩や▲5六歩からのマイナーな手順も有力)は多いが、先手にとっても▲2六歩とパスを返すのが自然な手。手が返ってきたら、△4四歩や△3二金でさらに様子見、△8五歩で横歩取り、△8八角成でさっさと角交換といったあたり。△4四歩で受けて矢倉含み(先手の銀が角の壁になるのと、先手に飛車先を突かせているので、角上がりを強要されてもトントンくらいか)というのが無難かなと思える(△3二金だと角換わりか横歩取り)。

気弱に対応するなら、初手▲7六歩に対して△3四歩としておき、次に▲2六歩を突かれたらさっさと角道を止めて四間飛車にしてしまう案もある。片美濃から銀冠までをうまく使い分ければそこそこ指せる(四間飛車だけでなく、△4四歩に▲2五歩なら向かい飛車にもできるし、▲4八銀なら△8四歩や△6二銀での様子見もできる)。また2手目△3四歩なら先手振りに相振りも選択肢になり、対抗形とは意味合いが異なるが、高美濃銀冠系の構えは対穴熊に有力(お互い正面には強いため自然と中央が争点になり、左金が攻撃参加して片銀冠になった形でも意外と守れて、受け切れば反撃の目がある:右桂はギリギリまで跳ねない方がよさそう)。ただ、後手の飛車先不突での矢倉志向は、先手があえて許さないと好形にならない(先手番の項を参照)のと、先手石田流への対策が必要になる。ここを考えると、やはり初手▲7六歩なら△8四歩と応じておくのが実用上も得に思える(中飛車相手なら船囲いで美濃と押し合う将棋になるだけというか、先手の居飛穴に対抗形でキリキリ舞いするよりはよほどマシな気がする)。

結局、矢倉を強く指せる人というのは、先手を持ったときの後手右四間対策や後手を持ったときの横歩取りないし先手振り対策に自信を持っている人だということになる。ただまあ、どんなゲームでも負けないと強くならないので、かき回されても2手目△8四歩を指し続けて慣れるのが近道かなという気がする。また居飛車云々を別にして、少なくとも開始数手以内の角換わりには対応できないと、(先手でも相当窮屈になるが)後手を持っただけで必敗ということになってしまう。機会があれば、自分より上手い人に香落ちで相手をしてもらうと、後手で指せるようになるために必要な要素が豊富で練習になる。


ひとまずまとめ

▲7六歩、△8四歩、▲6八銀、△3四歩、▲6六歩は矢倉模様の出だし。ここから△6四歩、▲7七銀、△6二銀、▲5八金右、△6三銀、▲5六歩、△5四歩、▲4八銀、△4二銀、▲6七金、△3二金、▲7八金、△7四歩、▲6九玉と進んで飛車を振られる定跡と、△3二飛、▲6七銀、△4二銀、▲7八飛、△7二銀、▲7五歩、△8三銀、▲5八金左、△4四歩、▲4六歩、△3五歩、▲3八銀、△4三銀、▲4八玉、△3四銀、▲5六銀、△3三角、▲3九玉、△2四歩、▲6五歩、△5四歩、▲6八飛、△5二金左と相振りになる定跡を覚えておきたい。後手右四間にはじっくり取り組む。

▲7六歩、△3四歩には▲4八銀として、△8四歩なら▲6六歩、△5四歩なら角交換して、△2二飛、▲8八銀、△4二銀、▲7七銀、△5三銀、▲6八玉、△6二王、▲5六角打、△7二王という筋違い角の定跡に乗る。後手が△5三銀に代えて△6二王とすると、以下▲7七銀、△6二王、▲6八玉、△7二王、▲7八玉、△6二銀、▲4六歩、△4四歩、▲4七銀、△4三銀、▲9六歩、△2四歩、▲2六歩、△7四歩、▲6八金、△3三桂、▲1六歩、△4二金が定跡で指せそうな雰囲気。▲4八銀に△9四歩は▲4六歩で受けてやると後手動きにくい。△1四歩なら▲2六歩、△3四歩、▲6六歩で居飛車模様。後手から即の角交換は8八銀で取り返して、後手4二王なら4五角打で筋違い角、5二金右なら飛車先を突いて様子見、3二金ならひとまず玉が7八まで避け飛車先を伸ばすか筋違い角か端歩を突いてから1七桂で押す。3手目4八銀がどこまで有望なのかわからないが、とりあえずの妥協策としては機能する。

後手を持って相掛かりないし横歩取りが指せないなら角換わりや振り飛車でしのぐ。初手▲2六歩なら△3四歩で受けておけばそれなりに無難なはず。▲7六歩、△8四歩、▲2六歩の出だしは手強いが、指せないと強く受けられないので覚えるしかない。誤魔化すなら△3四歩のハッタリ相掛かりから無理矢理一手損角換わり、強く指すなら普通の一手損角換わりで横歩取りは受けて立つ。もちろん普通の相掛かりも選択肢だが、先手が望んでいるなら初手は▲2六歩だろうから、実際にはあまり出現しないと思われる。▲7六歩、△8四歩、▲2六歩は先手としても難易度が高い指し方で、居飛車に自信がある人か、先手石田流をメインに2手目△8四歩なら▲2六歩という方針で決め打ちしている人だと思われる。中飛車への対応は2手目△3四歩の方がしやすいようだが、先手が中飛車を強く指してくるなら初手は▲5六歩だと思われる。

ともかく居飛車を指す以上、船囲い系と角換わりがそれなりに指せて、石田流と中飛車にいちおうの対策を持つところまでは揃えないと、相手の出方によって必敗ということになる。これらをさらうのを優先とするのが妥当だろう。また自分がどう指したいかに関わらず、後手を持ったら初手▲5六歩からの中飛車を断れない。三間あたりで相振りにしてしまうのも手かもしれない。


矢倉とセットで覚えたい戦法

あまり限定しようとせず幅広く指すのが理想ではあるが、とりあえず「知っている指し方」に目鼻がつくまでこれで凌げるというパターン。

矢倉+対抗形+後手一手損角換わりのセットが、おそらくもっとも自然な形(もちろん、どれも先手後手両方指せる前提)。先手を持って▲7六歩に△8四歩なら▲6八銀で矢倉の出だし。▲7六歩に△3四歩なら▲2六歩で対抗形か角換わり、続けて△8四歩からの横歩取りは▲6六歩で断れる(ここがちょっと変則になる)。後手を持って▲7六歩△8四歩に▲2六歩だと一手損角換わり模様(△3二金だと横歩取りに戻る分岐があり、直接の△8八角成だと角換わり振り飛車の含み)、4手目△3三角で交換要求もでき、後手から振って対抗形にもできる(四間も中飛車も有力)。▲7六歩、△8四歩、▲5六歩は先手中飛車志向で難解、△3四歩としておけば対抗形にはなるか。▲7六歩、△8四歩、▲7八金には△3二金で応じておけば矢倉か角換わりか対抗形にはなりそう。初手▲2六歩には△3四歩とすれば▲7六歩くらいしかなく▲7六歩、△3四歩、▲2六歩と同局面で、角換わりでも振り飛車でもいける。

この方針でネックになるのは、先手を持って▲7六歩、△3四歩、▲2六歩、△8四歩から▲6六歩で横歩取りを断ったとき変則的になるのと、後手を持って▲7六歩、△8四歩、▲7八金に△3四歩として、▲2六歩、△4四歩とアッサリ進まなかった場合。前者は横歩取りを覚えれば断らなくて済む。後者は序盤に自信がある人しかやってこないだろうが、先手がそちらへ誘導するなら後手は付き合うしかない。初手▲5六歩または▲7六歩、△8四歩、▲5六歩からの中飛車は、考えようによっては「普通の対抗形」にすぎず、大騒ぎせずに受けておくのがよさそうに思える。先手を持った側が先制するのはある程度仕方ないというか、ぶっちゃけ、右四間で突撃されるのも中飛車でかき回されるのも初心者レベルでは大差ない話で、わざわざ避けるようなものではないと思う。

上記に加えて先手石田流を覚えると、先手を持って▲7六歩に△3四歩とされたときの対応が増えるとともに、後手を持ったとき初手▲7六歩に△3四歩という対応ができる。矢倉を指したいなら▲7六歩には△8四歩だろうが、先手石田流さえ捌けるなら、△3四歩でもそこそこ馴染みのある局面ばかりになるし、先手が態度を保留したら矢倉に誘導することもできる。基本セットにとりあえず慣れて他に何かないかなと思ったときの選択肢としてはなかなかだと思う。相振りを試してみたい場合にも、三間は有望な振り先。ただ居飛車の相掛かりや角換わりと同様、一気に終わる順も含めなんでもありの複雑な展開になり、どちらかというと振り飛車の本格派を目指す人に合う指し方で、居飛車メインの人の裏芸にはちょっと難易度が高いかなという感じもする。もちろん、優先順位としては後手番で初手▲7六歩に自信を持って△8四歩とできるようになるのが先なのは言うまでもない。


オマケ(棋譜検索の結果)

以下は2013年11月に将棋の棋譜でーたべーすのフリー手検索v2で探した結果。

こうしてみると、5~6万件の例のうち、▲7六歩、△3四歩、▲2六歩の先手居飛車表明(初手2六歩からの合流を含めると2万件くらい)が目立って多く、▲7六歩、△8四歩、▲6八銀の矢倉模様(1万件くらい)がそれに続く。▲7六歩、△3四歩、▲6六歩の先手振り飛車志向と、▲2六歩、△8四歩、▲2五歩相掛かり模様も、それぞれ5千件くらい。これらを合わせると4万件くらいになり、大半の棋譜がこのどれかを辿っているらしい。居飛車を強く指すならやはり、先手を持って▲7六歩、△3四歩に▲2六歩、後手を持って▲7六歩に△8四歩という2つの手を(毎回指すかどうかは別として)指せなくてはならないのだろう。後手を持っての初手▲2六歩に対しては、相掛かりに受ける人も、初手▲7六歩、△3四歩に▲2六歩で先手に態度を決めさせる人もいるようだ。

本編で触れた先手右四間について、紹介した出だしを含む全体として、

大体の傾向として、先手右四間に対する後手は、四間が半分くらい、居飛車が3分の1くらいで、残り6分の1を中飛車と三間飛車が分け合うような格好。ぱっと見穴熊が多そうに見えるが、居飛穴を組んだ後に6六銀などの形から右四間で迎え撃つ行きがかり上の右四間が大半のよう。プロが公式戦で行きがかりでない先手右四間を志向することはあまりないようで、2010年の順位戦に少なくとも3回現れており、後手は居飛車か四間飛車(または後手の居飛車表明を見てからの右四間)というのが相場のようだ。

2000年前後のプロ公式戦では、初手はやはり▲7六歩についで▲2六歩が人気(どちらに対しても△3四歩が安定した指し方だったようだ)、▲5六歩が続く形だったらしい。羽生善治プロが一時採用していた2手目△6二銀というのは、相掛かりを片掛かりに変えてやる対応に見える。まあプロの将棋は研究の速さが尋常ではないので、短期の勢いで何が有力だとも言いにくいのではあるが。

初手▲2六歩はコンピュータ将棋にとって興味深い手ではないか。ほとんどの将棋ソフトは定跡ファイルを利用するが、これはようするに序盤をハードコードするということである。とするなら、先手を持ったら相手が何をやっても▲2六歩から▲2五歩と決め打ち(志が低い手としてプロには好まれない傾向がある)して、その場合に現れる状況に最適化した思考をさせると、どんな状況にも対応できるよう組み上げたソフトに対して優位性を持てるかもしれない(あるいは、出だしの形に応じて思考を変えるようにする)。いわゆる居飛車党のソフトとか振り飛車党のソフトみたいなものは現在一般的でないが、特化型のソフトが現れて、さらに合議制などで複数のタイプを組み合わせるような格好もあり得そうに思える。


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