タイヤとスリップ

よく「タイヤは適度に滑っている方がグリップ力がある」という言い方を目にする。決して間違った表現ではないのだが、ここでいう「滑っている」は「タイヤと地面の間でスリップが発生している」ことを示しているわけではなく(静止摩擦よりも動摩擦の方が小さいので、ここでスリップが発生するとグリップ力は下がる)、非常に語弊のある言い方である。なお、WGPがMotoGPになったくらいからタイヤの性能が上がり、1次滑り(タイヤが不可逆に変形する滑り、だと筆者は理解しているが違うかも:レーシングタイヤは表面が溶けるように設計されているので、可逆な弾性変形だけでなく不可逆な変形も大きく生じる)と2次滑り(粘弾性による可逆な変形が支配的な領域、という意味なのだろうと思う、たぶん)の間が重要になっているようだが、そんなのサーキットでレーシングタイヤを使う場合にしか問題にならない(というかWGPをやってた頃はスリックでも区別は厳密でなかった)ので、ここでは無視する。

どういうことなのか、具体的に見ていきたい。

スリップ率

まずは定義から。スリップ率(S)は、車体速度(Vv)と車輪速度(Vw)の差を車体速度で除したものを指す。すなわち、S=(Vv−Vw)÷Vvとなる(タイヤが逆回転することも許せば、理論上、任意の実数値を取り得る:ブレーキングに限って言えば、0<S≦1の範囲だけ考慮すればよい)。

たとえば、車体が100km/hで動いていて、タイヤが(本来なら)80km/hで走るはずの速度で回転している場合、S=(100−80)÷100=0.2なので、スリップ率は20%ということになる。ではこの場合「タイヤと地面の間」にスリップが生じているのかというと、必ずしもそうではない。

これは、タイヤの粘弾性(変形)が原因で、図に示すと以下のようになる、

図の赤線は、タイヤが(地面と車輪の速度差で)引っ張られて(可逆に)変形した部分だが、タイヤは常に引き伸ばされた状態で地面に接するため、本来(=タイヤがまったく変形しない場合)よりも1回転あたりに進む距離が長くなる。

もし車体速度90km/hでのブレーキングでタイヤが(一様に)20%引き伸ばされたとすると、タイヤ1回転で進む距離も20%増えて本来の1.2倍となり、タイヤの回転数は1.2分の1になる(この例では、車輪速度が90÷1.2=75km/hになる)から、スリップ率は(90−75)÷90=1.666...≒16.7%になる。タイヤと地面の間にスリップが生じないブレーキングに限定し、タイヤの変形率をεとして公式化すると、S=1−{1÷(1+ε)}となり、εについて解くと、ε={1÷(1−S)}−1となる。

上記の状況では、いわば「タイヤ自体が滑っている」わけだが、この「タイヤの変形による滑り」と「タイヤと地面の間の滑り」を区別して考える必要がある。


ABSへの応用

ブレーキングの効力(タイヤのグリップ力と言い換えてもよい)が最大になるのは、タイヤと地面の間に「滑り出さないギリギリまで大きな力」を加えたときで、滑り始めてしまうとブレーキの効力が落ちるだけでなく車体のコントロールも困難になる。そこで、タイヤと地面の間に滑りが生じたら自動でグリップを回復させる装置がABS(Antilock Brake System)である。

ABSでは普通、車体速度と車輪速度を比較してスリップ率が大きくなると自動的にブレーキを緩めるようになっているのだが、車体速度と車輪速度だけからではタイヤの変形による滑りとタイヤと地面の間の滑りを判別できない。そこで「タイヤはこれ以上変形しない」という上限値を定めて、それ以上のスリップが検出されたらブレーキを緩めることになる。

たとえば、タイヤの変形率を最大25%と見積もった場合、地面との間で滑りが発生しないときのスリップ率は1−{1÷(1+0.25)}=0.2なので、20%以上のスリップ率が検出されたら「地面とタイヤの間が滑っている」(=ブレーキを緩めなければならない)と判断できる。

もちろん、タイヤの構造や材質の他、速度域や積載重量なども考慮する必要があるから、単純計算を即実際の装置に当てはめることはできないが、基本的な考え方は上記の通りである。


手動ブレーキ時の制御

ABSがない場合、手作業でスリップをコントロールすることになるが、事情は同じである。

地面とタイヤの間は滑らずかつタイヤの変形が大きい場合「ヌルヌル滑っている」ような感覚になる(人によって「タイヤがうねる」「静かに滑る」「グリップとロックの中間」など様々に表現されるが、指しているのは同一の現象)。

剛性が高く変形率の小さいラジアルタイヤでこれを感じ取るのは難しいが、バイアスタイヤだと比較的容易に判断できる(バイアスの方が限界がわかりやすいとか、ラジアルは一気に滑るなどと言われるのはこれが原因)。


リアの場合

トラクションがかかった状態のリアタイヤではまたちょっと別の事情がある。エンジンからの力はシリンダーで爆発が起きるたびに飛び飛びで加えられる(ただし実際には、慣性系による遅延や伝達経路の遊びである程度均される)。たとえば4スト2気筒360度クランクのエンジンが6000rpmで回っていると、1秒に100回「ぐっと力が伝わる」ことになる(0.01秒間隔)。このときの速度が仮に72km/h(秒速20m)だったとすると、20cm走るたびに爆発が起きる計算になる。

リアタイヤの挙動としては、爆発が起きて強いトルクが生じたときに滑り始め、トラクションが抜けてグリップを回復し、また滑るというサイクルを繰り返すことがある。この場合いったん滑り出しても次の爆発(というかトラクションの高まり)までにグリップを回復できれば「連続して滑っている」状態にはならず、かといって滑っていないわけでもなく、やはりグリップとスリップの中間的な状況が生じる。

反対に、スロットルをある程度当てたままリアブレーキを強めにかけると、断続的に制動力が弱まる現象も起きる。


横滑り

面倒になるので舵角だけを考える。ブレーキングの場合と同様、タイヤの変形によって「本来の前輪の向き」よりも直進側にずれて進行することになる

同じ条件で舵角だけを変えた場合、前輪の向きと進行方向のずれ(スリップ角=前輪と赤矢印のなす角)は舵角が大きいほど大きくなるはずである。同じ条件で速度だけ変えれば、速度が大きいほどスリップ角も大きくなる。

地面とタイヤの間は滑らずかつタイヤの変形が大きい場合に「ヌルヌルと外に滑る」感触が得られるのもブレーキングと同様だが、やはり、バイアスタイヤの方が容易に感じ取れる(ここではあくまでタイヤの変形による滑りだけに注目しており、地面とタイヤの間を積極的に滑らせるスライド走法とは別物)。


ラジアルとバイアス

妙な誤解が広く流通しているようだが、バイアスタイヤに対するラジアルタイヤの1次的な利点は「設計の自由度が高いこと」と「軽いこと」である。軽いのは、カーカスが1枚少ないだけでもまあ当たり前だし、偏平率を稼ぎやすい分でも有利である。

設計の自由度については、ベルトによってトレッドの進行方向剛性を比較的自由に決められるため、トレッドのみ高剛性(力を加えられても変形が少ない)にしつつサイドウォールで衝撃を吸収することが可能になる。ようするに「トレッドはカチカチでサイドウォールがフニャフニャ」のタイヤを作れるわけである(バイアスだと「両方カチカチ」か「両方フニャフニャ」になりがち)。速度が上がると遠心力でトレッドにものすごい力がかかるので、高速走行時の性能を上げるためにはラジアルが有利である。バイアスはトレッド剛性の上限が低いうえに重いため、民生品だとせいぜい150~200km/hくらいの速度域までしか本来の性能を発揮できない。ホームストレートを250km/hで突っ切ってフルブレーキから第1コーナーへ、などという使い方には、ラジアルの方が明らかに適している。

では低速度域ではラジアルに優位性がないのかというとそんなことはなく、すでに述べた軽量さは大きな利点だし、変形が少ないということは転がり抵抗(発熱や燃費に直結する)も少ないということだし、トレッドパターンが詰まる恐れが小さくレインコンディションでも有利で、平らなトレッドが好まれる4輪車との相性もよい。トレッド剛性を高く取れるので、トルク(低速ほど強まる傾向がある)が大きい大型車にも向く。もちろんデメリットもあり、サイドウォールだけで担当する衝撃吸収は苦手だし、2輪車に使うとクセが出やすい。クセを緩和するには偏平なタイヤ(リアだと扁平率60くらい)にしてやればよいのだが、そうするとサイドウォールが短くなってサスペンションの負担が増す。

・・・と書くと一長一短に思えるかも知れないが、実用上は「軽い」という絶対的正義がモノを言って、オンロードでの性能ではラジアルの圧勝となる(剛性を求めなければバイアスでもそう重くならないので、小排気量車なら話は別:速度域が低く低扁平が求められるオフロードタイヤも、普通はバイアス)。おおよそだが、速度記号で「S」(180km/hまで)くらいだとバイアスが多く、「H」(210km/hまで)くらいだとほとんどラジアルになる。ニーハンがちょうど混在ゾーンで、フロント54S+リア66Sのバイアスと、フロント54H+リア66Hのラジアルが、よくあるパターン(負荷能力54は212kgまで、負荷能力66は300kgまでを示す)。カワサキインドネシアのNinja 250SLなんかは、速度記号「H」だがバイアスで、かなり重たいタイヤなのではないかと思う。


ハイサイド

車体が傾いているときに、低くなっている(地面が近い)側に転倒するのをローサイド転倒、高くなっている(地面が遠い)側に転倒するのをハイサイド転倒と呼ぶ。俗用で、コーナリング中にアウト側に倒れる(ないし倒れそうになる)ことをハイサイドと総称することが多い。

ハイサイドというのは「車体(車輪)が横を向いているときにグリップする」ことで発生する。ここでいう「横」とは「慣性力に対して直角に近い角をなす方向」のこと。もし車体が前や後ろを向いているときにグリップしても、たとえば直進中にフルブレーキでタイヤを滑らせてからブレーキを戻しても、普通ハイサイドは起こらない。また、車体が横を向いていても、グリップしなければそのまま横滑りするだけである(途中に障害物でもあれば別だが)。

ではなぜ車体が横を向くかというと、たいていの場合それは「コーナリング中にタイヤが滑る」からである。コーナリングの遠心力がタイヤのグリップ力を超えたとか、路面状況が変わって急にグリップしなくなったとか、まあ常識的に理解できるだろう。なぜグリップが回復するかというと「グリップ力が上がる」または「地面と水平方向にかかる力が小さくなる」からである。これはちょっと話が面倒になる。

グリップ力が上がる原因は、摩擦係数が増えるか鉛直荷重が増えるかのどちらかである。摩擦係数が増えるパターンは、自転車のハイサイドなどでよく見られる。コーナリング中にマンホールのフタを踏んで、横を向いたところでアスファルトにグリップして飛ぶようなケースである。鉛直荷重が増えるのは、搭乗者が意図的に荷重をかけたとか、ピッチング挙動が出たとか、そんなところだろう。

地面と水平方向にかかる力は2種類あり、アクセル/ブレーキと遠心力である。前者は、アクセルを開いて強く前に引っ張っていたのを急に閉じたとか、ブレーキで強く後ろに引っ張っていたのを急に放したとか、そういうケースである。4輪オンロードラジコンのハイサイドはこのパターンが多い。後者について、車体が横を向いたら遠心力は強くなるはずだが、サスペンションの動きも考慮する必要がある。タイヤが滑り始めるとサスペンションが自由になり、サスペンションが自由になるとタイヤが車体から自由になる、という面倒な事情がある。

たとえば今2輪車が真横を向いて滑っている(転倒はまだしていない)としよう。アクセル/ブレーキは操作しておらず自由な状態である。このとき車体には横方向に大きな力がかかっており、もしサスレスの車体ならグリップする可能性はかなり低い。しかしサスつきの車体であれば、グリップを失ったことによりサスが伸びきっているはずで、地面と水平方向にかかる力が小さくなっており、グリップが回復する可能性はかなり高い。これは、スキーで足を谷側に転倒し横滑りした場合(足を突っ張らせるか地面から完全に上げておかないとハイサイドで飛ぶ:転び慣れれば、弱いハイサイドをあえて起こして何事もなかったように立ち上がることもできる)と状況が似ている。

やや例外的だが、路面に微妙な窪みがあった場合もハイサイドにつながりやすい。逆バンク状態でタイヤが滑り出し、横を向いたところでバンクになってグリップが回復するパターンである。もっといえば、障害物に引っ掛かってグリップが回復するのも原理としては同じである。

では、ハイサイドを防ぐにはどうしたらよいだろうか。一番よいのは、グリップを失わないことである。もしグリップを失った場合、車体が横を向く前にグリップを回復させればハイサイドは起こらない。車体が横を向いてしまった場合はグリップを回復させないことである。とくに真横を向いた場合はブレーキによって水平方向にかかる力がゼロになるので、アクセルを開け続けるか、イン側に思い切り車体を倒して荷重を抜いてしまう(車輪を浮かせてしまう)以外にグリップ回復の阻止手段がない。サスのイニシャルを強くしておくのも手だろうが、タイヤのグリップを失わせるほど強くするとサスとしての機能を失うためあまり有効そうに思えない(ただし、飛ぶ前に底付きして再びグリップを失ってくれれば、ハイサイドではなくローサイドで済む)。あとは地面が平らであることを祈るくらいだろうか。



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